XX歳 あとがき

「『今日も氷結乙女は紅茶の魔女の魔法に魅了されている。ということだ』ねぇ。エミリー、これさぁ出版したら流石にアリサ様とセシリーさん、ブチギレたりしない?大丈夫?」

「いいじゃない、そうなったらあの夫婦の居場所がわかるだろうし」


「いや女性と女性のカップルだから夫婦って言い方はおかしいかな」と呟く目の前の人間。こいつはエミリー、『執筆』の子供で、このよくわからん本を書いた本人だ。


「それで?これを僕に読ませたのには何か理由があるわけ?」

「もちろん宣伝してもらうためよ。『広報』の子供カリンさん」

「はぁ……そんなことだろうと思った」


 この物語の最後に語られてるアリサ様の残した10人の子供。そのうちの2人が目の前のこいつとわたしだ。


「それで?宣伝するのはいいけど、まずなんでこんな本書いたの?」

「別に何にも考えてないわよ、売れそうじゃない。主人とメイドの禁断の恋。しかもあの英雄とまで言われたアリサ・ルビーのお話。絶対に売れるわよね!」


 ……はぁ?なんでこいつの自己満足のために僕が働かなきゃならないんだ馬鹿馬鹿しい。しかも育ての親の人生をロマンス小説みたいにしたやつを。

 まぁこいつは才能見出されて呼ばれたわけで、親とかそんな感情ないのかもしれないけど……。

 にしてもこんな短絡的な考えするやつだったか?こいつ。


「そんなことに使う労力は僕に残ってないよ。ただでさえ色んなところ走り回ってるんだからさ」

「うーん、そっかぁ……合間を縫ってちょっとだけでもいいから……無理?」


 なんでここまで食い下がってくるんだ。いつもなら無理って言ったら引き下がるのに。

 基本引きこもり体質のこいつは――口調はめちゃくちゃ強気だが――強気に他人にお願いすることはほとんどない。子供達の間でもそうだ。

 あぁうーん……あぁ……ここまでこだわる理由……。あっ!


「もしかしてアリサ様とセシリーさんの物語を最初に書いた人間になりたいとかそんな理由ある?出版しても結局売れなかったら後々の売れた作品に『最初』を取られちゃうから僕の『広報』の力を使おうとしてるってこと?」

「そそそそそ、そんなことないわよ!」

「わかりやす!それなら意地張らずにそうだって言いなよ、協力するんだからさ」


「だってそんなこというの恥ずかしいし……」と指をイジイジしながら下を向く。

 子供達からの、あのカップル関係の話なら僕は大体断らない。なぜなら断った方が面倒くさいから。

 昔『騎士』の「セシリーさんにサプライズで誕生日祝いをしたい!」ってのを、仕事が忙しすぎて無理、他の人に頼めって言ったら追っかけ回された。

『管理』に「アリサ様の仕事に付き添え」と言われた時に、その日は休みだ、別の人間使えって言ったら僕しか余ってないから行けと自分の管理ミスを棚に上げ説教くらった。

 子供達はアリサ様とセシリーさんにわたし含め並々ならぬ思いを持ってるから仕方ないのかもだけれど。


「そういえばエミリーはどうやって子供達に入ったんだっけ」

「それに関しては何回か言ったと思うんだけど?」

「本読んだら聞きたくなっちゃった」


 彼女はアリサ様の作った学校の一期生だったらしい。ディートハルトさんが講師をするという噂を聞きつけ商家の両親が権利をもぎ取ってきたのだ。

 そうして1年間学んだが別に可もなく不可もなしといった成績、あとついでに友達もいなくて孤立してた。

 そして最後にアリサ様へと感謝文を送ろう!みたいなイベントがあって、それを送ったらアリサ様とセシリーさんが家まで来てスカウトされたらしい。


「あの時のアリサ様の『あなたには執筆の才能があります、わたしのところで生かしてみませんか?』の一言は一生忘れられないわ……!」

「よだれ出てるよ、よだれ」

「じゅるっ。ごめんなさいね。あぁーわたしが話したら、貴女がどうして子供達になったのかまた聞きたくなったわ。『最初の子供達』さん?」

「厳密には僕は最初じゃないんだけどね、12歳の旅行の時に『騎士』に会ってるから、そっちの方が先な気がするし」


 わたしの幼少期はもうこれ以上ないくらい底辺の生活をしていた。

 ゴミを漁り、人から物を盗み、生きるために他人を傷つけるそんな世界での生活。

 そんなクソみたいな毎日のある日、日課のゴミ漁りをしていた時、少し離れたところを、いかにもという感じの令嬢とちょっとトロそうなメイドが歩いていた。護衛はいるが、別の人間の対応をしておりチャンスだと思った僕は、トロそうなメイドのポケットから三日月のモチーフのついたネックレスを盗み、逃げ出した。

 足の速さには自信があったし、それに街の裏路地は僕の庭だ。絶対に逃げられる自信があった。

 けれど結果から言うと令嬢に捕まった、般若のような形相の令嬢に。

 胸ぐらを掴まれ、盗んだ物を返せと言われた時は本気で殺されるかと思い、涙でぐちゃぐちゃになった顔で命乞いをした。

 掴まれていた手を離された後は地面に頭を擦り付けながら本気で命乞いをした。それくらいにしてあげてください!相手は子供なんですよ!って声が聞こえたがそれでも命乞いを続けた。


「それでその時に言われたんだよ。『顔をあげなさい。あなたのその言葉、わたしが出会った誰よりも説得力に溢れる言葉でした。その才能わたしのところで生かしてみませんか?』って」

「それで?そのままついていったの?」

「いや?ダッシュで逃げたよ、その後護衛に捕まって拉致された」


 ハハハハッ!っとエミリーは爆笑する。

 殺されるかと思ったんだ、簡単についていけるわけないだろ。


「ハハハハッ!ハァ……ハァ……。貴女のその話いっつも笑っちゃうわ……」

「涙流すまで笑わなくてもいいだろ。それで、その後屋敷に詰め込まれてディートハルトさんとクラーラさんにめっちゃ指導された。死ぬかと思った」


 そのあとは地獄だった、ディートハルトさんはことある毎に心にナイフぶっ刺してくるし、クラーラさんは鬼教官みたいだったし。何度逃げようかと思ったか……。

 ディートハルトさんに一目置かれるアリサ様はおかしいし、クラーラさんの指導を運命の人に仕えられるから!って折れずに耐えていたセシリーさんはポンコツなんかじゃないと思う。


「あぁーそういえばさカリン、あの2人が付き合ってるって気づいたの屋敷に来てどれくらいだった?」

「あぁー、どのくらいだったかなぁ、2ヶ月くらいだった気がする」

「あら?意外に時間かかったのね」

「まぁ、あの時は恋愛なんてわからないくらい小さかったから。確か屋敷から逃げようとした時だったはず。いつもは逃げようとした先にアリサ様本人かアリサ様に命令受けた使用人の人がいて捕まってたんだけど、その時は誰もいなかったんだよ。今日は絶対に逃げれる!って思ったからどっかの部屋から生活のために金目の物盗んでやろうとして。その時知った」

「えっ?なんでそれでわかるのよ。」

「アリサ様の部屋の扉が少し開いてて、覗いたらアリサ様がセシリーさんの股舐めてた。2人とも裸で」


「あっ……」っとセシリーは呟いた。察してくれてたらしい。

 あのシーンは子供だった僕には刺激的すぎた。そして2人の交わりから目が離せなくて扉の隙間からずっと見てたら巡回してたクラーラさんに捕まった。

 クラーラさんも扉の隙間から見て呆れた顔をして、子供の好奇心だと思ったのだろうその日はあまり怒られなかった。あと、あの2人は夜にああいうことしてることが多い、だから気になるからって部屋に行くのはやめなさいって怒られた。でも僕はその注意を無視して5回くらい覗きに行った。




「そうだ、エミリーはさ、アリサ様が僕たちを育てたのって自分の身代わりを作るためだって思う?」


 懐かしい話をしているとアリサ様とセシリーさんがいなくなってから、ずっと頭の中にある疑問を質問してしまう。

 うーん、でも子供達にこんなこと聞いたら逆上されるかも。と心配していたが、


「そんなことないでしょ。貴女もそれくらいわかってると思うけど」


 なんて心配も無駄なほどの即答が返ってきた。


「アリサ様とセシリー様、二人とも私たちを実の子供のように思って育ててくれたわ。ご自分も相当忙しい身だったのに真摯に私たちに向き合ってくれてたし。『わたしの父は、忙しいを理由に娘を放置する人間でした、そうなりたくないんですよ。』なんて冗談めかしながらね」

「そうだね、誕生日は僕たちの食べたいものを2人で協力して作ってくれてたしね」

「そうそう、プレゼントも自分で街まで行って選んでくださってたし」


 貴族なのに手料理を披露してくれたり、街にお忍びで出かけてプレゼント買ってくれたり、普通の親でも貰えないかもしれないような愛をもらった。

 アリサ様はめちゃくちゃ厳しかったけど優しかった、セシリーさんは逆でめちゃくちゃ優しかったけど厳しい人だった。

 あれを身代わりを作るための演技なのだとしたら、『広報』を引き継いだ僕もびっくりの演技力だ。……アリサ様はありえるけど、セシリーさんは絶対に演技じゃない。


「私たちの前からいなくなったのも、認めてくれたんでしょう、ルビーの名を継ぐものとして立派に成長したって」

「いなくならずにアドバイザーとして僕らの近くにいて欲しかったけどね、ディートハルト夫妻みたいに」

「そこはまぁ、王の御前でも言ってたじゃない。セシリー様を愛する気持ちが何を差し置いても最上位だったのよ」

「あーあ、やっぱり子供じゃ、愛する妻は超えられなかったかぁ」


 まぁ仕方ない、あの2人はラブラブなのだ。完璧なアリサ様が側から見てると、なんか抜けてる……って感じるくらいにはラブラブだ。セシリーさんの誕生日の時とか特にそう。

 セシリーさんもいっつも一緒にいて笑顔だったもんなぁ……うん勝てない。


「はぁ、今頃何してるんだろうねあの2人」

「本の最後にも書いたじゃない、2人で愛し合いながら紅茶飲んでるわよ、きっと」


 ルビー家の名に恥じない人間になれたなら向こうから来てくれるかな……?いやその時はこっちから探し出して会いに行ってやろう。子供達10人の力合わせればそれくらい余裕だろうし。


「昔話はここまでにして、この本どう売り込んでいくか考えましょう!」


 ……未来のことよりとりあえずは目の前のことに集中しよっか。

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氷結乙女と紅茶の魔女 黒百合猫 @kuroyurineko

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