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「本日はありがとうございました、とても有意義ですごく楽しかったです」


 玄関で見送っているわたしに、ギルバート様が礼をしながら告げる。

 客間で紅茶を楽しんだ後は、そのまま客間で話したり、中庭を2人で歩いたりした。

 そんなに長い時間ではなかったがギルバート様と過ごした時間はとても有意義だったなと感じる。

 この国の未来の政策や問題、それを話すのも楽しかった。でも何気無い会話も楽しかった。好きな料理だったり、訪れた場所の話、そんな話もすごく楽しかった。

 こうして楽しんでいるとすぐにお別れの時間になってしまった。


「また気軽に訪ねてきてくださいね。ギルバート様」

「わたしのことはギルとお呼びください、親しい者にはそう呼んで貰ってます」

「それではまた、ギル様」


 そうしてまたわたしに一礼し、外に準備していた馬車に乗って去っていく。

 その馬車に小さく手を振りながら見送る。次に会えるのはいつなのだろう、そんなことを考えながら。

 浮かれ気味のわたしには、いつもわたしを支えてくれる1番大切な人の顔が曇っていることに気づくことはなかった。





 ディナーの時間、セシリーの姿はなかった。

 やはり体調が悪かったのだろうか、少し無理をさせてしまったのかもしれません。

 そうして長らく無かったの1人での自室への帰り道

「お嬢様、少しよろしいですか?」

 という声に呼び止められる。振り向いた先にいたのはクラーラだ。


「いいですよ、わたしの部屋で話しましょうか」


「ありがとうございます」そう言ってわたしの後ろにつきわたしの歩幅に合わせて歩く。

 クラーラがこうして話があると言ってくるというのは最近では珍しい。

 セシリーが専属メイドになってすぐは、フォローに入ったり、様子を伺ったりと話す機会は多かった。でも時が経つにつれ徐々に少なくなり、最近ではほとんど無い、年に何回かぐらいだろうか。

 それにわたしを呼び止めた時の顔が神妙な面持ちだったこともある。もしかしてセシリーの体調が悪いことに関係があるのだろうか、少し不安になる。


 そうこう悩んでいるうちに自室へとたどりついた。

 中に入りすぐに報告があるのかと思ったが、クラーラは話しださない。

 口を開けようとしてまたきつく口を閉じる。本当にいうべきがどうか悩んでいる、そういうふうに見える。


「失礼を承知でお聞きします……お嬢様は本当にギルバート様と御結婚なさるのでしょうか?」


 そう絞り出すような声で話し出す。話し出したクラーラは何か決意をしたかのような顔をしている。

 ギルバート様に暗い噂でもあるのだろうか、そんな人には見えないが……。そうだとしても


「この婚約は国が決めた物です。わたしは国より宝石の名を賜った貴族、国が決めたことを反故にすることなどできません」


 簡単に無かったことにすることはできません。わたしは貴族だ。国に育てられ、国のために働き、国のために死ぬ。そうするために生きている。

 たとえわたしを道具のように扱う男だろうと、被虐的な趣味を持っていようと、不正を働……まぁそれは監査役としての役割で糾弾して反故にできそうだが。

 簡単に反故することはできないのだ。

 わたしの言葉にクラーラは少したじろいだが、それでもひかずに話を続ける。


「お嬢様ならそう言うと思っていました。それでこそわたしの敬愛する主人です。ですがそれは貴族としての……ルビー家のアリサとしての言葉だと思います。

 アリサ様の個人の意見はどうなんですか?大切な人がいるのではないでしょうか?」


 クラーラは確信を持った目で一心に見つめながら言ってくる。

 わたしの……大切な人……。そんな人なんて……。


 ふと頭の中に1人の少女が思い浮かぶ。赤髪で、いつも笑顔で、ポンコツしてしまうことが玉に瑕だけど、わたしのことを一生懸命に支えてくれる人。

 彼女の紅茶のおかげでわたしの心はドンドン溶けていった。彼女のおかげで色んな楽しいことがあった。

 ……セシリー、わたしの大切で好きな人。


「私はお嬢様の大切な人が誰なのか知ってます。いや、私だけじゃありません!屋敷のみんなが知ってます。

 わかってるからこそ言わせてもらいます、あなたに幸せにはなってほしい。だから」

「黙りなさい!」

「黙りません!私は生まれた時からずっとあなたを見てきました。奥様が亡くなる寸前、あなたのことを任されました、その時に絶対あなたには幸せになってもらうって誓ったんです。だから!自分の幸せから逃げてほしくない!」


 こんなにも感情的なクラーラを見たことない。それくらいにわたしのことを思ってくれてるんだ、そう思う。


 自分の幸せ……毎朝セシリーに髪を梳かしてほしい、毎日セシリーの紅茶を味わいながら休憩をしたい、セシリーと色んなところに行ってみたい、セシリーと抱き合いたい、セシリーに頭を撫でてほしい、セシリーとキスがしたい、セシリーと愛し合いたい……。


 この思いは本物。でもわたしは知らず知らずのうちに蓋をしていた。そんな事望めない、望んではいけない。

 だってわたしは貴族だから。国のために生きることを義務付けられているのだから。


「ありがとうございます、クラーラのおかげで自分の気持ちに気がつけました」

「お嬢様……なら……」

「でも、この思いに正直にはなれません。だってわたしは貴族ですから。国のために生き、国のために死ぬ、その義務がわたしにはあります」


 わたしははっきりと告げる。これ以上伝えることは無いという強い意志を込めて。

 クラーラは何か言おうとしていたが、口を閉ざす。その意志が固いと伝わったのだろう。

 そして爪が食い込むほど拳を握りしめながら踵を返す。その背中にわたしは


「もしもわたしが貴族じゃ無かったら、もしもわたしか彼女が男性だったら、もしももっと違った形で出会っていたら何か違ったのかもしれませんね」


 と声をかける。


「お嬢様……あなたが自分の気持ちに正直になるのならば、わたしはなんでもいたします。旦那様にだって、国王にだって、こんな運命を作った神にだって逆らってみせましょう。わたしはいつだってアリサの味方ですから」


 返ってきたのは悔しさのこもった涙声で、決意の言葉だった。

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