14歳 氷結乙女と紅茶の魔女

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「えーと、婚約者の方と面会ですか……?」


 このいきなり入った予定に少し困惑しているのがわたしの専属メイドのセシリーだ。

 その首元には、16歳の誕生日に贈った三日月のネックレスが今日もある。

 誰か屋敷外の人に会う時は流石に身につけてはいないが、メイド服のポケットに入れて持ち歩いてはいるらしい。ポケットに入れたまま洗濯に出してしまい、ランドリーメイドに謝っているところも何度か見たことはあるが。こんなにも大切にしてくれると贈った側としては本当に嬉しいですね。

 彼女の17歳の誕生日の時にはイヤリングを渡そうと思ったんですが、遠慮されてしまったので黄色のフリージア贈って、わたしの作ったビーフシチューを食べてもらいました。贈り物以外は16歳の時と一緒ですね、これが毎年恒例になりそうです。


「婚約者というよりは、今回婚約になった方、と言った方が正しいですね。」

 話は冒頭に戻りますが、婚約者……今回婚約関係になった方と今日お会いすることになった。

「向こうから訪ねてくださるみたいですから、移動することはありません。とりあえずいつもの午後のティータイムくらいに尋ねてくるらしいので客間に案内する用意をお願いします。それとセシリーには紅茶、お願いしますね。きっと貴女が作る紅茶を飲めば婚約者様の緊張も解れるでしょうし。」


 セシリーの紅茶を飲んでいただくと話がスムーズに進むんです。紅茶の魔法使いの名はやはり伊達じゃありませんね。


「えっと、わかりました。客間の準備をしておきます。」


 セシリーの様子が何かおかしい気がします。昨日の深夜、お父様との話で決まったのでこの予定はまだセシリーには伝わっていなかった。

 いきなりの予定でスケジュール調整に頭を悩ましているんでしょうか。まぁ昨日のお父様もいきなりでしたしね……。

 というかお父様も仕事忙しいのはわかりますが夜中にそんな大事なことを伝えるのはどうかと思います。わたしが起きていたからよかったものの、寝てたらどうする気だったんでしょう。夜勤になってる人へと伝えてってする気だったんでしょうか。






 ――時は深夜に戻り


「婚約者ですか?」

「そう婚約者だ。」


 日が変わる寸前、少し明日のために資料をまとめていると屋敷に帰ってきたお父様に呼ばれた。

 にしても14歳の娘を夜中に自分の私室に呼びつけるというのは父としてどうなのでしょう。

 お父様的には娘というより半分部下って感じなんでしょうが。

 私たちみたいな不器用親子にはそれがちょうどいいかもしれません。


「子を産み、その血を継いでいく事は貴族の義務だ。それはわかっているな。」

「そんなことわざわざ言われなくてもわかってます。血を引き継ぎ国ために奉公する。そのくらいこの家に生まれた時からわかってます。」


 ……ならいいんだ。とお父様は言い淀みながら納得される。

 庶民と恋愛してるだとか、そんなロマンチックな色恋沙汰なんてわたしにあるはずなのにお父様はなぜ言い淀んだのだろう。


 そうしてその婚約者というのは我が家と同じく宝石の名を持つ貴族、サファイア家の三男、ギルバート・サファイア様だそうだ。

 三男のため家督を継ぐことはできないが真面目で聡明なお方だ。

 らしいではなく知っているのは夜会などで何度かお会いしているためだ。物腰も柔らかく、悪い印象は全然ない。

 弱みを握られる、と怖がられている氷結乙女のわたしにも何も気にせず話かけてくる。三男だから別に弱み握られてもって感じなのかもしれませんね。

 サファイア家は財政を司る家だ。監査を司るルビー家との関係を強くし。国内の横領等のお金の不正を徹底的に潰す。そういう考えなのだろうこの国は。


「わかりました、明日の昼過ぎ位には時間を作れるよう調整しておきます。」

「よろしく頼む。」


 報告はここまでなのだろう、明日も朝から忙しくなりそうだ。もう寝なければと思い、お父様の私室を出ようとすると。


「セシリー、本当にいいのか?」


 そう呼び止められる。なぜそんなにも心配なのだろう、お父様の考えはわからない。

 もしかしたら父として娘が結婚するのが寂しいなんてそんな考えなのかもしれませんね。なんて事を思いながら父の方を振り向く。

 そこには今までの国の監査役としての厳格な姿はなく、わたしを心配する顔の父の姿だった。

 もしかしたら本当に寂しかったのかもしれませんね。なんて事を思いながら、心配させないよう


「本当にいいんですよ。それが貴族の義務ですから。」


 強く言い切る。

 しかしお父様の顔が晴れる事はなく、納得してない顔で小さくわかった、とそう言うだけだった。







 ――そうして今の時間へ


 とりあえず仕事に関しては一旦区切りをつけれるところまでは終わらせることができた。

 ディートハルトにすごく手伝ってもらいましたが。……明日あたりまた嫌味を言われそうですね。

 ギルバート様の玄関でのお出迎えはクラーラに任せて、今は客間の方にセシリーと移動中だ。

 だがすごい不安がある。婚約者に会うことが心配なわけではない。なんだかセシリーの元気がないような、そんな気がする。

 いつもの彼女なら移動中楽しそうにわたしに話かけてくる。他愛のないことをすごく楽しそうに。

 だが今日は一言も話さない。わたしが緊張することはあっても彼女が緊張するのはお門違いなわけで。

 紅茶を淹れることに緊張しているのでは?って考えるかもしれないがそれもない、紅茶を淹れている時の彼女は最高に自然体なのだから。


「セシリー?体調でも悪いんですか?」

「いえ……そういうわけではないんですけど。」


 口では大丈夫と言っても、セシリーはいつも自分の中に溜め込んでしまう。

 わたしが氷結乙女と蔑まれている時も、去年の誕生日の時だってそうだ。

 いつも誰かに心配かけまいと我慢する。だからセシリーの大丈夫は信用ならない。


「セシリー、体調が悪いのなら別の人に給仕をお願いしますよ。クラーラもこの時間なら大丈夫でしょうし。」

「いえ!それはわたしにやらせてください!お嬢様の専属メイドなんですからそれくらい完璧にやります!」


 と強い口調で言われる。こうなったセシリーは頑固だ、きっとどう言っても譲らないだろう。

 まぁ給仕、それに紅茶に関してセシリーの右に出る人はいませんし、体調は本当に心配ですが、ギルバート様に楽しんでもらうために頑張ってもらいましょう。

 そうして歩いているうちに客間へと辿りつく。まだギルバート様も到着しれませんし、セシリーに休んでもらいながらゆっくり待っておきましょう。





「お嬢様、ギルバート様をお連れいたしました。」


 というクラーラの声と共に扉が開かれる。

 そこに立っていたのはいかにも貴族という男性。整った茶色の髪に青色の瞳。

 そして着崩すこともなくぴっしりとしたドレスコードで真面目な印象を受ける。


「突然の訪問ですがご対応いただきありがとうございました。はじめまして……ではないですが一応。サファイア家三男、ギルバートと申します。今後ともよろしくお願いします。」


 そしてお手本のような礼をする。印象ではなく真面目みたいだ。


「ご丁寧にありがとうございます。こちらもはじめましてというわけではありませんが一応。ルビー家長女のアリサと申します。これからよろしくお願いしますね、婚約者様?」


 わたしは立ち上がりカーテシーをし微笑みながらそう告げる。

 少しギルバート様の様子を盗み見ると、緊張していた顔は和らぎ笑顔を浮かべている。

 わたしの茶目っ気が通用したようで少し嬉しい。


「いつもムスッとした顔しか見たことがなくて怖い印象でしたが、微笑んだ貴女はすごく美しいですね。」


 彼は真面目なだけでなくお世辞も上手らしい。

 婚約者との初の邂逅は上々そうだ。






「ふむふむ、6歳から12歳までの間に教育の権利を与えるですか。今の国の財政状況を考えると大きく行うことは難しそうですが……。」

「最初はこの王都を中心に小さく行いたいと思います。……教会の孤児たちや財政上教育を受けるのが難しい子たちの中にはその才能を生かせず搾取され続けている子達も居ます。国の発展には我々のような血だけで決めるのではなく実力を持つものを広く受け入れ、そして育てるべきだと思います。」


 わたしたちはこの国の今後という共通の話題で盛り上がっていた。

 14歳と16歳の男女、しかも未来を約束する2人の話ではない。ロマンチックのかけらもない。

 それにしてもギルバート様は聡明なお方のようだ。サファイア家の何恥ずかしくなく、国財政についてすごくお詳しい。

 それでいてわたしの意見も無駄無理と一蹴するわけでなく、なぜそれが必要なのか、やるにはどのくらいの予算が必要なのかなど色々な観点から話してくださる。

 2人で熱弁を交わしていたが。


「お嬢様、ギルバート様、少し休憩いたしませんか?」


 とセシリーが声をかけてくる。

 ふと時計を見ると半刻ほど過ぎていた。……少し熱くお話し過ぎましたね。


 そして彼女が紅茶を淹れる。いつ見てもセシリーの所作は美しいですね。普段のポンコツはどこへやらって感じです。

「これが噂のルビー家の紅茶の魔女ですか、確かにすごい。」

 そんな呟きが聞こえる。

 呟きの聞こえた方、ギルバート様の方を見てみると彼もセシリーの姿に見惚れていた。

 やっぱりわたしの専属メイドはすごいんですよ、普段はドジっ子ですが。と言いたくなるが、流石に子供っぽすぎますねやめておきましょう。

 ……でもなんだかいつもと違うような、気もするようなしないような。


「本日の紅茶は……」


 お客様に紅茶を振る舞う時、セシリーは紅茶の説明をいつもする。自分が用意した最高の紅茶を知ってほしいし楽しんで欲しいかららしい。

 最初はティータイムの時わたしがいつも質問していた。それに返答するときのセシリーが本当に楽しそうだったのだ。それにすごく詳しいので聞いてる側も楽しいし紅茶がさらに美味しくなる。

 なのでお客様にもしてあげてくださいと提案した。最初は絶対に無理ですと言っていた。しかし、誘導しながら無理矢理させるようにしていると、お客様の喜んでいる顔が嬉しかったのだろう徐々に自らやるようになっていった。

 あと、この紅茶の知識、どこで仕入れたんだろうと思うがルビー家に勤めだしてから寝る間も惜しんで勉強したらしい。さすが紅茶の魔女、紅茶に関しての才能はすごいですね。


「お茶菓子ともすごく合いますのでお楽しみください。」


 なんてことを考えていたら、セシリーがカーテシーをして下がっていく。説明聞いてませんでした本当にごめんなさい。

 心の中でセシリーに謝りながら紅茶を飲む。それはとても優しい味がする。飲んでくれる人を大切に思っているそんな気持ちが紅茶から伝わってくる。

 ギルバート様も同じような感想を抱いてくれているみたいだ、すごくびっくりした顔をしていて、わたしがやったことではないがなんだか鼻が高くなる。

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