幕間 メイド長と姪

 私の人生はアリサの母、アリス様に全て捧げた。

 街道沿いに捨てられていた私をアリス様は見つけてくださり、助けていただいた。そんな境遇だからか本当の両親の顔は思い出せない、でもそれを不幸に思わない、アリス様とその両親に愛をたくさん頂いたからだ。


 拾われてからの日々は忙しくも幸せであった。

 最初はアリス様の妹のように育てられたが、1年ほど経った時、私はアリス様のメイドになりたいとお願いした。拾われただけの私が家族のように過ごすのは子供ながらに罪悪感があった。それならばと提案したのだ。

 その日からメイドとしての勉強をしながらアリス様とその家の為に働いた。命を救っていただいた恩を返すために全力で。

 アリス様は妹がいなくなったと少し悲しんでいたが、それでも「クラーラには、わたしの専属メイドになってもらうんだから!1流のメイドになってよね!」と言ってくださった。

 その言葉を胸に私は一層努力した。


 アリス様はあまり体の強い人ではなかった。

 体調を崩し、1日をベットの上で過ごすことも少なくなかった。


「体調を崩した時は、1日中クラーラと一緒に居られるから嬉しいわ」

「ご冗談はおやめください」

「冗談じゃないんだけどなぁ……」


 という会話をするのが体調を崩した日の常だった。

 体の弱いアリス様だったが、そのお姿は太陽のような人だった。いつも笑顔で、周りに元気を与える。

 他の貴族にも、屋敷の使用人にも、領地の人間にも皆に好かれるそんな人間。

 私も例に漏れず、彼女の事を好いていた。一生をかけてアリス様の仕えるのだ。そう思っていた。

「クラーラの少し青みがかった長い黒髪とその体つきにはこの服が似合うわね!わたしも髪伸ばそうかしら。うーん、でも淑女のかけらのないわたしには似合わないからこのままでいいのかも。そうねこの服とこの服で双子コーデにしましょう。あなたが妹でわたしが姉!最高ね!」

 ……そしてわたしの服飾趣味もここからだ。


 そのあとアリス様は領主である父の手伝いを行いながら歳を重ねていった。それでもアリス様の体調がよく崩れるというのは解消されなかった。

 そんな折、ルビー家の時期当主のクリス様とのお見合いが行われた。

 見目麗しいという事、父の領地の管理能力が高く、その手伝いをし父に負けず劣らずの能力を発揮している事。それが評価された結果であった。

 お見合いはアリス様が色々と話し、寡黙なクリス様がそれに答えると言った感じで、なんだかよく見る光景と男女逆な気がしましたが、仲睦まじく相性もいい。このまま結婚しアリス様はルビー家に嫁ぐのだろうと誰もが思った。


 だが私は反対した。ルビー家に嫁ぐということは子供を求められる、もしかするとアリス様の体は出産に耐えられないかもしれない。それなら結婚せず領地経営を行うべきだと。

 しかし


「わたしさ、クリス様と一緒になりたいの。この体が耐えられなくていい、あの人との子供が欲しい」


 と長らく見ていなかった少女のような顏で言われては、反対することはこれ以上できなかった。



 クリス様と結婚し、環境が色々と変わった為、はじめの方はアリス様の体調が崩れることは増えたが、それも徐々に落ち着いていき、クリス様の仕事を手伝い、そして愛を育んでいく。

 そしてアリス様はアリサを身籠った。夫婦共に喜び、わたしも嬉しかった。


 わたしは毎日のように苦しむアリス様の体調を気遣い。その体が耐えられるよう天に祈った。

 そんな献身と願いが天に届いたのか、無事アリス様はアリサを出産なさった。

 クリス様は仕事先から全力で戻り、部屋へと飛び込んできた。あんなにも焦ったクリス様を見たのは後にも先にもあの時しかない。

 アリサを抱くアリス様を見て泣きながら喜ぶクリス様、その姿、今でも忘れません。



 しかしその幸せな日々は長く続かなかった。

 クリス様はお父様が倒れ引き継ぎに忙しく奔走することとなり、ほとんど屋敷に戻ることができなくなっていた。

 そしてアリス様は、体調を崩しベッドから立ち上がることすら困難になっていた。

 その日に日に弱くなっていくお姿を見るのは、本当に辛かった。


「わたしが死んだらさ、アリサをよろしくね」

 ある日、アリス様がアリサを抱きながらそんなことを言う。


「そんなこと言わないでください、私はただのメイドです。アリサ様を育てるのはあなたの使命です」

「あはは、自分の体のことだからわかるんだ、もうわたし長くないって」


 この時、彼女の時間はもう残りわずかだった。多分1ヶ月と持たないだろう、それが医者の見立てだった。


「あの人の娘だからきっとこの子は自分を押し殺すそんな子になると思うんだ。わたしがいればちょうどいいくらいの子になると思うんだけど……それはできないから」

「アリス様!そんなことを……」

「いいの!今は聞いて。この子が義務だとか使命だとかで雁字搦めになって、自分を見失わないように、あなたが協力してあげて。あなたは……クラーラはわたしの妹なんだから、この子の叔母さんなの。だから、よろしくね」


 それがアリス様からの最後のご命令になった。



 旦那様はアリス様の最後を看取れなかった後悔からだろうか、それともアリス様との幸せな日々を思い出して辛いのか屋敷に戻ることも徐々に減っていった。

 アリス様の両親にこっち戻ってこないか?いい話があるんだ。と言われたが私はお断りしアリス様のご命令を遂行するため屋敷に奉公を続けた。

 そうして世間的にいき遅れと言われる年齢になったその時、気づくと私は屋敷のメイドを管理するメイド長になっていた。


 アリサはアリス様の予想通り、貴族として、そして不正を断罪する仕事を持つ家の娘として立派に育っていった。100年に1度の才女と呼ばれ、8歳の時には旦那様が遂行できなかった仕事をやり遂げる優秀な人物になっていく。

 しかしそれを見るたび私は寂しくなった。同時にアリス様のご命令を守れない自分が嫌いになっていった。



 そんな後悔の日々の中、旦那様が新しいメイドを連れてくるとの連絡を受けた。

 屋敷のメイドは足りていると思うんですけど……愛人……?いやそれはないでしょう、あの人はアリス様一筋ですし。

 ということはリンさんと同じく、アリサのためになる人物を連れてきたって感じですかね。

 旦那様は定期的にこういうことがある、先ほど言った庭師のリン、それに教師のディートハルト様、と色んなところから人を引き抜いてくる。旦那様が直接お会いすればアリサもすごく喜ぶと思うんですが……それにアリサも直接来てくれって甘えればいいのに……不器用な似た者親子です。

 ……アリサにアリス様のように接することができなかった私に言えることではありませんね。



「メイド長、セシリー様をお連れいたしました」

「どうぞ、通してください」

 予定された時間になり、新しいメイドが到着する。名前はセシリーというらしい。


「よ、よろしくお願いします。セシリーと申しましゅ、申します!」


 盛大に噛んだ。

 あとめちゃくちゃ緊張してますね。これから大丈夫なんでしょうか……。


「ふふっ、そんなに緊張しないでください。今日は顔合わせみたいなものですから。どうぞ座って下さい」

「はい!ありがとうございます」


 満面の笑みを浮かべながら彼女は席に着く。

 その笑顔にあの人を思い出す。私が一生をかけて仕えると決めた主のことを。

 太陽のように誰かを照らし、周りを笑顔にするアリス様のことを。


「セシリー、お嬢様の専属メイドになりたくはないですか?」


 なぜだろう気づいたらそう声をかけていた。この子ならきっとアリサを導いてくれる。

 彼女の凍ってしまった心を溶かしてくれる。なにかそんな風に感じてしまったのだ。


「せ、専属メイドですか!?えっと……もちろんがんばります!なんてたってアリサ様はきっと私の運命の人ですから!」


 この時は早まったかな?と思いましたが、結果は今のお嬢様を見れば明らかだ。





「お嬢様に婚約者ですか?」

「そうだ、しかもこれは国からの命、簡単には断れない」


 アリサがセシリーとディートハルト様を連れて視察へと向かった日、入れ替わりで帰ってきたクリス様からそんな報告を受ける。

 お嬢様には大切な人がいるのに……。貴族というのはなんでこんなにも……。


「クラーラ、君が何を言わんとしているかはわかる。だが仕方ないんだ、私もアリサも貴族なんだ。」

「仕方なくなんてありません!旦那様だって、このままではアリサが不幸になるってわかってるでしょう!」

「わかってる!自分の娘の事なんだ!そのくらいわかってる!」


 旦那様が声を荒げる。

 こんなに声を荒げるのは久々に見る。アリス様が亡くなった時以来でしょうか。


「私はあの子の選択を尊重する」

「それではダメです、きっとアリサは自分を押し殺します」


 アリサは貴族としての義務を第一に考える。そんな子だ。

 彼女には幸せになってほしい。短かったけれど自分の自由に生きたアリス様のように。


「断ればアリサの貴族としての特権を失う、それにあの子は神童だ、国が手放すわけない。そうなれば国を敵にまわすこととなるかもしれないぞ」

「アリサは、貴族の特権なんて望んでいません!アリス様は自分の体が弱いことを、子を産むことに自分の体が耐えられないことをわかっていながらあなたとの愛を貫きました。あの子はその娘です、きっとどんな障害があっても大切な人と添い遂げたい、そう思うはずです!国が敵にまわる?そうなったなら私がアリサを守ります!国王にだって、神にだって何人たりとも彼女を傷つけさせません!そのために私はここにいるのですから!」


 そう言い切り。これ以上話すことはないという意思を込めて部屋を後にする。

 部屋から「クラーラ、お前はやっぱりアリスの妹だよ」そんな呟きが聞こえる。



 きっとあの紅茶の魔女がアリサの心を溶かしてくれる。

 だから私は叔母としてアリサの背中を押し、その小さな背中を守るのだ。

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