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 その日はお嬢様だけじゃなくて屋敷全体の様子がおかしかった。

 いつも厳しいメイド長はなんだか優しく、仕事も少なくなるように調整してくださっていた。

 いつも休憩時間になると、紅茶を入れていただけませんか野良犬さん?っと言ってくるディートハルト様も今日は何も言ってこなかった。

 リンさんはすっっっっっっごい気を使いながら話しかけてきた、あとなんかクッキー貰った。

 他の同僚メイドたちもなんだかわたしの仕事を手伝ってくれる。

 おかしい、おかしすぎる……。


 それに極め付けはお嬢様だ。

 今日のスケジュール表は、基本的に毎日ある予定以外全部真っ白だった。

 のにもかかわらず午後のティータイムが無かった。予定がいっぱいで時間の取れない時は無い時もあるが、今日みたいに予定もなくてってのはまずない。

 むしろお嬢様も毎日の楽しみにしてくれていて、わざわざお仕事を切り上げたり、予定を空けておいたりする。

 なのに今日は無かった。うぅ……わたしの日々の癒しの時間が……。

 それにお嬢様と全然会わない気がする。遠くで移動してるのを見つけるくらいで、朝の予定確認以降会っていない。移動の際はいつもわたしが付き添っているのだが、今日はそれも断られた。


 そして今はディナー前の時間。いつもならお嬢様をお呼びして食堂にお連れするという作業をしている時間だが今日はそれもしなくていいとメイド長に言われている。

 わたし、何かお嬢様に失礼なことしてしまったんですかね。

 いつもポンコツしてるので、いつも失礼なことをしていると言えばしてるんですが……。

 最近は花瓶を割ったりしてないですし、カーテンも破いてません、何もない場所で転んだり中庭の花壇に突っ込んでリンさんに怒られたりはよくしてますけど。

 ……もしかして専属メイドを解除されてお屋敷から放り出されてしまうんでしょうか。

 そうですよね、わたしみたいなポンコツお嬢様の隣にふさわしくないですもんね。

 お嬢様に直接言われるともう立ち直れそうにありませんし、先に荷物を片付けましょうか……。あははっ、なんだか目の前が滲んで見えてきましたね。

 そう思いわたしは自室へと向かっていると。


「はぁ……はぁ……やっと見つけましたよ、セシリー!」

 肩で息をしているメイド長に呼び止められた。


「あなたのことなのでディナーに付き添わなくていいと言っても食堂近くで待機していると思ってましたが……まさか自室の方に戻っているとは思いませんでした……」

「えっと、すいません……」


 わたしは反射的に謝ってしまう。そしてわたしはやっぱりポンコツなんだなって実感して、また涙が溢れてくる。


「えっと……なぜ泣いてるんですか?」

「あの……わたし……もうお屋敷から出て行かされるんですよね……?今日は、皆さんなんだか不自然に優しかったですし、仕事もあんまり回ってきてませんでした。それは別の人に引き継いでる途中だったからわたしに回ってきてなかったんですよね、だから……だから……」


 と話せば話すほど涙が止まらなくなってくる。最後の最後までポンコツだな、わたし。

 そんなふうに下を向くわたしを柔らかいものが包む。メイド長に抱きしめられていた。

 小柄なメイド長では大柄なわたしを包み込むことは難しいだろうに、背伸びまでして必死にわたし安心させようと包み込んでくれる。


「はぁ……セシリーは体が大きくなっても、こういうところは変わりませんね。大丈夫ですよ、お嬢様が貴方のことを手放したりなんてしません」

「でも……でも……」

「ふふっ、ならこのまま食堂に行きましょうか、貴方の不安もきっと解消されます」


 そうしてメイド長はわたしの手を取って、食堂へ歩みを進める。

 食堂はこの時間、お嬢様が使っている。わたしが行ってもやることなんてない。

 なのになんでわたしを連れて行くんだろう。


 食堂に直接行くと思っていたがそうではなく一度別の部屋に押し込められ、同僚のメイド達に赤色のマーメイドドレスに着替えさせられ、髪型も整えられる。

 わたしだけが困惑し、他のみんなはニコニコしている。

 訳がわからない、なんでこんなことに……。

 わたしの姿を見てメイド長は、すごく似合ってますよ。とニッコリとした表情で言ってくださる。その言葉は嬉しいけど、なんでこうなっているのかだけ教えて欲しい。


 今さっきまで辞めさせられるのでは、と考えていたのに気づいたらドレスアップさせられ、席に着かされる、落差が凄すぎる。

 食事をなさってるお嬢様の姿もないし、どうなっているのだろう。

 なんてことを考えながらキョロキョロしていると、キッチンワゴンに食事を乗せ運んでくる人の姿が目に入る。

 問題はその運んできている人だ。


「お嬢様……?」


 いつもより簡素な動きやすい服装に、エプロンをつけたお嬢様が料理を運んでいた。

 なんでお嬢様が料理を御運びに?それにあの服装は……?いやいや、お嬢様にそんなことをさせるのは……とりあえず代わりにわたしがやらなきゃ!とメイド心を発揮し立ち上がろうとする。

 だが、食堂の出入り口に立っているメイド長が座っておけとジェスチャーをしているのを見て立ち上がれなくなる。……どういうこと?


「こちら本日のディナー、ビーフシチューになります」


 そう言いながらお嬢様は本業のメイドに引けを取らない所作で配膳をする。

 目の前にはすごく美味しそうなビーフシチュー、わたしの大好物だ。

 えっと……えっと……。これはどうすれば……?

 わたしは状況がわからずあたふたしてしまう。そんな状況を見かねたのか。


「毒なんて入ってませんよ、セシリー。このビーフシチューを作ったのはわたしですから」

「えっ!?お嬢様がお作りになったんですか!?」

「そうですよ、わたしが丹精込めて作らせてもらいました。だから冷める前に食べてくれませんか?」


 お嬢様が料理を?わたしのために?

 もうなにがなんだか理解できない状況だが、わざわざお嬢様の作ってくださった物で食べてくれって言ってくださってるんだ、頂きましょう。

 そして、一口食べる。……美味しい。一流のシェフが作るような完璧な味ではない、でも優しい味がする。教会でリズお姉ちゃんの作るシチューもこんな味がしたな……。

 その美味しさに食べる手が止まらず、すぐに食べ切ってしまう。用意されているバケットにもすごく合う、おかわりほしい。


「そんなに夢中になって食べてもらって貰えるなんて、すごく嬉しいですね」


 食べ終わりの至福の時を過ごしているとお嬢さまに声をかけられる。

 そういえばお嬢様の前だった、そのことを思い出し背筋を整える。


「ふふっ、そんなに肩肘張らなくてもいいですよ。今日の主賓は貴女なんですから」

「いや、あの、主賓と言われましても理由がわからないんですけど……。こんな分不相応なドレスも着させていただいて、お嬢様の手料理までいただいて……。」

「忘れたんですか?今日は貴女の誕生日でしょう?」


 誕生日……?

 正直に言うと自分の誕生日というのをわたしは知らない。物心つく前に教会へと引き取られ両親のことすら覚えていないからだ。

 だからってお嬢様が適当言ってるわけではない。教会に初めて引き取られた日を誕生日にしましょうーと言ってリズお姉ちゃんが毎年ささやかだが祝ってくれていた。

 っということは……。


「もしかしてリズさんに聞きました?」

「はい、聞きました」


 あのおっとりお喋りシスター……。

 問い詰めても、あらあら、言っちゃダメだったかしらー。ごめんなさいねー。という悪気のない笑顔であの人なら返すだろうところまで予想がつく。


「去年の旅行行った時に聞いたんですけど、その時には過ぎてしまってましたから。だから今年こそと思ったんです」

「だからってここまでしなくても……」

「……いつも言ってますが、貴女はわたしの大切な人です。その大切な人の記念日を祝いたいと思うのは普通です」


 なんでお嬢様は恥ずかしげもなくこういうことを言えるんだ。

 わたしにはお嬢様から顔を背けながら、ありがとうございますと言うのが限界だった。


「ビーフシチューが好きだってのもリズさんから聞きましたよ。誕生日に何が食べたい?って聞くといつもビーフシチューをねだるんだってことも」

「あんのお喋りシスター……」

「ふふっ、リズさんのことを悪く言ってはダメです。あの人のおかげで貴女を祝える訳ですから」


 そう言いながらお嬢様は楽しそうに笑う。

 こんな可憐で無邪気な笑顔が見えたのでリズお姉ちゃんのことを許しましょう。わたしは寛大なのです。


「それとこれはわたしからの気持ちです」


 渡されたのは小さな花束、黄色いフリージアの花だ。


「フリージアの花言葉は友情と信頼、そして黄色のフリージアの花言葉は無邪気、無邪気な貴女に送るわたしからの友情と信頼の証です。リンに相談して決めたのでわたしが1人っで決めたわけではないんですけどね」


 少し照れながらお嬢様が話す。

 あの時リンさんとこの花束に付いて話していたんだ。それでお嬢様にわたしには話さないようにって釘を刺されてたからあんな反応になってたんだ。ごめんなさいリンさん……。

 ということは厨房でメモを取っていたのはビーフシチューの作り方に付いて聞いてたわけで、何度も厨房に行ってたのはその練習をしていたってことで。

 わたしなんかの為に……。


「本当は貴女の髪と同じ赤い花にしようとしたんです。でもリンが、お嬢様の髪と同じ黄色の花にした方が見るたびにお嬢様の愛を思い出すからそっちの方がいいのではなんてその見た目とは違ってロマンチックな事を言うので……。セシリー?なんで泣いてるんですか……?」

「違う……違うんです。お嬢様がわたしの事をこんなにも大切に思っていくださってるって思うと嬉しくて……」


 嬉しくて涙が止まらない。お嬢様を心配がらせるわけにはいけないから止まってほしい。

 でも幸せで……幸せで……。

 そしてわたしは柔らかいもので包まれる。今日2回目だな、なんて事を思う。


「ふふっ、貴女は感情豊かで見てると飽きませんね。そんな貴女が泣くまで喜んでくれるなんて、すごく嬉しいです」


 座ったままのわたしを胸元に抱いて耳元で囁く、少しくすぐったい。

 主人に慰められるなんて従者としてダメだろうと思ったけど、大切な人に抱きしめられてるんだ、もうちょっと堪能したかったが。

 ふっとお嬢様の柔らかさが消える。悲しい。


「コホン、ちょっと大胆過ぎましたね。それと最後の誕生日の贈り物がそれです」


 真っ赤な顔のお嬢様の呟きで、わたしの首にペンダントが着いていることに気がつく。

 そのペンダントには三日月のモチーフが付いている。


「それは町でわたしが選んできた物です。えっと、そんなに高価な物じゃないので安心してください、普通に誰でも買えるような物ですから。三日月を選んだのは……貴女はわたしの暗い夜を照らしてくれた光です。だから月のモチーフにしました」


 絶対、大事にしよう、いつまでも。


「わたしが月なら、お嬢様は太陽ですね。わたしはお嬢様がいないと闇に紛れてしまいますから」


 嬉しくて、恥ずかしげもなくそんな事を言ってしまう。

 嬉し泣きして前がぼやけていたが、少し見えたお嬢様の顔は真っ赤で、それでいて笑顔だった。

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