13歳 主人から従者へ
1
「最近お嬢様の様子がおかしいんです!お2人は何か知ってませんか!どんな些細な情報でもいいんです!」
ディナー前の最後の従者たちの休憩時間。
メイド長とディートハルト様の前で最近の悩みを相談していた。
最近お嬢様の様子がおかしい。
なんだかソワソワしていることが多いし、わたしが参加できないような用事はないはずなのに席を外して別の仕事をしていてくださいと頼まれたりする。
何かが、何かがおかしいのです。
「紅茶淹れます!なんでもします!だから一緒に休憩しましょう!とかすごい顔で言うもんですから、何事かと思ったらそういうことですか……。えーっと、アリサ様の様子がおかしい、ですか?うーん、私にはあまり変わらないように見えますがね。クリス様からの仕事も順調に進んでますし」
お嬢様は12歳半ばあたりから知識についての学修の時間はほとんどなくなり、旦那様のお仕事の手伝いに時間を当てている。完全に学修がなくなったわけではなく、剣術や礼儀というものは残っているが。
そしてお嬢様の知識の教師役であったディートハルト様は現在、お仕事の補佐役として働いてもらっている。お嬢様への助言や、連絡、スケジュールの管理等々だ。
「お仕事中も所々集中が切れてたりしませんか?こういっつもなら最初から最後までノンストップで書く文章とかも途中途中止まったり、ミスしてたり」
「あなた……アリサ様の犬だとしてもそこまで分かりますか?正直気色悪いですよ……?」
お嬢様の犬……?可愛がってもらえるのならそれもいいかもしれない。
頭や顎のところをヨシヨシしてもらいたい……。あぁお嬢様!お腹をなでなでしないでください!いけませんお嬢様ー!
「鼻血が出てますよ、野良犬メイド。うーん、メイド長様はアリサ様の様子でなにかおかしいところありますか?」
ディートハルト様はメイド長に話を振る。
この1,2年程でこの2人の中はすごく進展したみたい。2人一緒に休憩していても昔は見つからないようにしていたが、今では誰もが知る光景となっている。もう隠すことも無い、そんな関係になったということだろう。
「お嬢様のおかしいところですか……。私もそんなに特筆しておかしいと思うところはありませんが……」
メイド長も特に心当たりがあるわけではないみたいだ。
うーん、わたしの勘違いなのかなぁ、でも絶対にそんなことないと思うんだよなぁ。
ひとしきり考えた後、メイド長は「あっ!」っと何かに気がついたように声をあげる。
「そういえば、厨房でメモを取りながらシェフと話をしているのを見ましたね」
うーん?それは確かに変だ。お嬢様のような屋敷の主人が厨房に入ることはありえない。厨房は刃物や火、怪我につながるものの多い場所だ。なんの理由もなくシェフが中に入れることはないはずだ。
それにメモ取っているのもすごくおかしい。例えば仕事で何か使うために聞いていたっていう可能性もあるが、それもおかしい話だ。件のシェフなりコックなりを外に呼び出して聞けばいいわけで厨房に入らなくてもいい。
「料理に興味でも持ったんでしょうかね、お嬢様は」
「興味を持ったとして昼に厨房へと入ったりはしないと思います。仕事の邪魔になってしまうってお嬢様は考えるでしょうし。なので誰かに見つからないようにするため、あえてその時間にしたのではないでしょうか?」
なるほど、さすがは長年お嬢様のことを見てるメイド長、よくわかっている。
でも誰に見つからないようにしているのだろう。うーんわからない。
「あぁー、メイド長様くらいの違和感なら私もありましたね。最近、街の視察予定を入れること多いんですよあのお嬢様。大体突拍子もないので意味ないでしょ歳を取ってボケましたか?と却下はしているのですが」
「街の視察に行きたいなんてわたしは聞いてないですよ!」
「だから却下してると言ってるでしょう、この路地裏犬メイド」
路地裏犬メイドは言い過ぎだと思います、髪はいっつも跳ねまくってますがそこまで汚くありません。くぅーん。
というのはおいといて、お嬢様が街に行きたいって言うことなんてほとんどないんですけどね……。
仕事での視察なんだったらディートハルト様も納得して許可を出すはず、それどころか突拍子も無いって言ってますよね。
街に行きたい用事……用事……。
「はっ!もしかしてお嬢様には街に親友がいて一刻も早く会いた」
「街にあのお嬢様の親友がいる訳ないでしょう?氷結乙女とか言われて怖がられてるイタタタ!」
「言い過ぎです、ディートハルト様。ですが街に会いたい人はいない、という意見には賛成です。お嬢様は忙しいお方ですから、その合間を縫って友達作ったりというのは難しいと思いますね」
ディートハルト様の耳を掴んで引っ張っているメイド長の意見はもっともだ。
学修に、監査役としての仕事、貴族としての義務である夜会。そんな暇はない。
夜会で作った友達にというのもあるかもしれないが、いつも嫌々文句を言いながら行っているのだ、多分ないだろう。
……うーん、街に行きたい理由が全く分からない。
「それに街に行きたいのなら、まず最初はあなたに相談するでしょ?」
「えへへへー、そんなことありませんよー。お嬢様に1番信頼されてるなんてそんなことないですよー」
「体をクネクネさせるのをやめなさい。休憩時間ですが、そこまで気が抜けてるんでしたら教育しますよ」
その一言でわたしはシャキッとする、教育は嫌だ。
結局お嬢様が何か変な理由はわからなかったが情報は手に入った。ここから推理せねば……。
――名探偵セシリーの物語がこれから始まる!
なんてことを考えていたら、顔に出ていたのかメイド長にすごく怒られた。
そのあと、謝罪と情報ありがとうございますという感謝の言葉を込め、わたしのできる最大の所作で紅茶のおかわりを入れたら許して頂けた。やったね。
また別の日、中庭にてわたしは1人悩んでいた。
何に悩んでいるかというと、もちろんお嬢様のことだ。
何日か前、メイド長とディートハルト様の証言を元にお嬢様が厨房で何をしていたか、なんで最近街に視察へと行きたがるのかを直接聞いたが。
「別に何もありませんよ、仕事上必要なことだっただけです」とクールに返答をいただいた。
お嬢様がいつも通りすぎたのと、何の動揺も感じ取れなかったのでそれ以上は何も聞くことができなかった。
その日からわたしと一緒にならない時間が増えた気がする。
前までは移動する時もお嬢様の目的の部屋ギリギリまで一緒にいたが、最近だと向かう最初の時点で仕事を言い渡されて別々になる。
何も予定がない時や休憩時間はいつもわたしの紅茶を飲んでくださって休憩していたのに、時々、本当に時々だが別々になる。
うぅ……わたしお嬢様に何かしてしまったのだろうか……。いや定期的にポンコツしてるからどれがダメだったんだろう……。
なんてことに頭を悩ませていると、視線の先にお嬢様を見つける。
あれ?この時間は書斎で事務作業してるって聞いていたはずなんだけど……。
予定を変更したんだろうかと思い声をかけようとすると、1人でいるわけではなく誰かと話しているのだと気がつき、バレないように物陰に隠れる。
そーっと、もう1人は誰なのだろうと確認する。そこにいたのはリンさんだった。
うーん、何を話しているんだろう。わたしの隠れている場所からは2人は遠く、その声はほとんど聞こえない。
ここから見ている感じ、リンさんが基本的に話して、お嬢様がメモを取ったり質問を返してる……みたい?
リンさんに何か教わってるというのは確実みたいだ。
そういえば厨房でシェフから話を聞いてる時もメモを取ってたって言ってたような……。つまりその時も何か教わってたって事なんでしょうか。
シェフとリンさん……それぞれ料理と園芸のプロフェッショナルですしその2つについて質問してるんでしょうけど。それらを聞いて何をするんだろう全くわからない……。
全く謎が解けずうんうん唸っていると、お嬢様がリンさんから離れていく。
自分で悩んでも無駄です当事者に直接聞きましょうと思い、お嬢様の姿が見えなくなったのを確認してからリンさんへと駆け寄る。
「リンさーん!今さっきお嬢様と何をお話ししてたんですかー!?」
「げっ!……仕事忙しいからまた後でなー!」
見てはいてけない物を見てしまったかのような顔でわたしを見た後、今とってつけたような理由を作りどこかへ行こうとする。なぜならこの時間はリンさんの休憩時間だから。休憩時間と知っていて相談しようと中庭に来ていたから。
今逃したら次聞いても絶対はぐらかされる!そう思いわたしは全力で追いかけ、リンさんを捕まえる。
「ゼェゼェ……捕まえ……ました……」
「はぁ……はぁ……ポンコツで鈍臭い上、胸に無駄なものつけてんのに、なんでこんなに足が速いんだ……」
2人とも息切れ切れの限界状態である。教会で小さい頃から遊び回ったり、リズの手伝いしてましたからね、体力はあります。
とりあえず中庭に置いてあるベンチ座り、わたしとリンさんの息が整うまで待つ。
最後に言っていたセクハラ発言には目を瞑りましょう、そんなことより聞きたいことがありますから。
「リンさん、お嬢様と何を話していたんですか?」
「何も特別なことは話してないって、仕事上のことを聞かれただけだよ」
「ぜぇったい、嘘ですよね?お嬢様は今の時間、事務作業の予定なのでリンさんに聞くようなことはまずありえません!監査の仕事として毒やその他について聞くならリンさんに聞くこともあるでしょうが、今日は旦那様の書類の整理です、ありえません!」
ビシッ!っと背後に効果音が出ているような気がする。
なんでこいつはアリサ様のことになると鋭いし、ポンコツしないんだ……。とリンさんが呟く。そんなにポンコツしてません、3日に1回くらいメイド長に怒られるくらいです。
リンさんは上を向いたり、首を捻ったり、ひとしきり考えた後。
「あれだよあれ、査定ってやつ。旦那様の書類整理してたらあたしの査定だけ抜けてたみたいで、休憩時間前に聞いてたってわけ」
……嘘だ、絶対嘘だ。そんな目でダラダラと冷や汗を流すリンさんを見る。
最初の時点で逃げずにこれを言っていたならポンコツのわたしは信じたかもしれない。昇給とかそういう結果が出るのは再来月だ、ありえない話ではない。
でも散々逃げた上に、すごく悩んでますみたいな感じを出しそのあとに捻り出したかのように言われても誰も信じない。
「あぁもう!負けた負けた!本当のこと言うからその目をやめてくれ」
無言でじっと見つめるわたしのプレッシャーに負けたのか、手を上げ降参のポーズとる。
いつも揶揄われている人を負かしたこの瞬間に少し快感を覚えるが、今はそんな時じゃない。お嬢様と何を話していたか聞かなきゃ。
「大切な人に贈る花は何がいいのかって聞かれたんだよ」
「大切な人に贈る花……ですか?」
「そう大切な人に贈る花。それの候補を何種類か伝えてその花について色々教えてたってわけ。それをアリサ様がメモを取ってたってだけ。あぁーその大切な人ってのが誰かは聞いてないよ。こっちからも聞かなかったしね」
大切な人に花……?旦那様とかメイド長とかにってことなんだろうか?
うーん、でもそう言うのはこの時期には普段しない。
屋敷で働いてる人たちへの感謝は基本年末に行われて、旦那様に贈るとしても……うーん旦那様の誕生日はまだ先……。
「すごい熱心に質問されたよ、花言葉だとか、どれくらい持つのかとか、綺麗に咲く時期だとか。ホント、誰に贈るんだろうね」
そこまで真剣に考えてもらえる大切な人って誰……?
やはり街に親友が……いえもしかして視察の時、出会った方に恋をしてしまって……?
貴族と庶民の身分差の恋ということですか、ロマンチックですけど、ロマンチックかもしれませんけど……。
どうしてでしょう、胸の奥がすごく痛いです。
「はぁ……セシリー、あんたが何考えてるかまぁわかるけど、そんな顔する必要はないよ。お嬢様が花を送りたいって人はこの屋敷の誰もが知ってるような人だから」
「あ、そうなんですか……よかった……です」
それを聞いてホッとする。なんでホッとしたのか整理がつかないけど。
お嬢様のような高貴なお方に、街の庶民なんて似合いません。
サラサラで高級な絹糸を彷彿とさせる金髪、芯の強さを物語るような少しつり気味な目、そこにある宝石のルビーを彷彿とさせる緋色の瞳。均整の取れたスレンダーな体。
旦那様の補佐をできるほどの知性、正規騎士に並ぶほどの剣術、そして淑女としての所作。
全てがパーフェクトなのです、庶民など!釣り合うわけがありません!
となんだか暴走してしまいました。というか大事なことを聞き逃してしまったような……。
…………あっ!
「リンさん、慰めてくれたのは嬉しいんですけど」
「そうかいそうかい、感謝してくれてもいいんだよ」
「それは純粋にありがとうございます。でもさっきの言い方的に誰に花を贈るのか知ってますよね」
「…………あっ」
2人の間を沈黙が支配する。
そしてリンさんがベンチから飛び降り脱兎の如く駆け出す。それをわたしが全力で追いかける。
1回目も捕まえたのだから捕まえられるはず!と追いかけていたが、追いつく寸前メイド長に見つかり、その場に正座させられる。
リンさんも休憩時間を過ぎて走り回っていたのにどうしてわたしだけ……。
結局リンさんから誰に贈るのかの情報も手に入れられなかったし、踏んだり蹴ったりです……。
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