幕間 騎士(見習い)と姫様 後編

 25歳のおっちゃんと修行の毎日は辛かった。スパルタすぎた。

 短い間の修行だけど基礎は大事ということで、朝日が昇る前には起きておっちゃんに与えられた基礎トレをこなし、それから教会のみんなと朝ごはん。

 教会の手伝いをこなしてたらおっちゃんが来るので、手伝い終わりに基本の剣術を叩き込まれる。基本なのだが、頭の悪いあたしはおっちゃんの言ってることを理解するので手一杯で体がついてこない。わかんない!って適当にやるとおっちゃんに本気で怒られる。辛い。

 おっちゃんに教えてもらってると、自警団でやってたことはチャンバラごっこだったんだな、なんて思う。

 それから昼ごはんをみんなで食べて、また教会のお手伝い。リズお母さ……お姉ちゃんに「別に手伝わずに、剣術に集中してもいいのよ?」って言われるけどあたしだけ特別ってのもおかしいからちゃんと手伝う。

 それで夕方からは悪の親玉に勝つための訓練、これは楽しい、どう勝つかというのをおっちゃんと試行錯誤する、そしておっちゃん相手に実戦訓練をする。何度も叩きのめされるが何度も立ち上がって立ち向かう、悪の親玉の前にこの悪の手下をわからせてやる!

 そうしてボロボロになり夜ご飯を食べ、ベッドで寝る……前にあたしは庭へと出て剣の素振りをする。そして本当にヘトヘトになってからシンディーを起こさないようこっそり部屋に戻り死人のように眠る。そんな毎日。



 そんな日々が5日程続いた時、夜にいつも通り素振りをしていると。

「最近楽しそうね」とシンディーに声をかけられる。


「あっ、ごめん!シンディー起こしちゃった?」

「いっつも起きてた。気を使ってるつもりだろうけど結構物音してたし」


 そう言いながら少し離れたところに座るシンディー。あたしの素振りの邪魔をしないようにしてくれてるみたい。

 それならとあたしは素振りを続けながら話をする。


「うーん、物音には気をつけてたんだけど」

「アンにそんなこと無理。ガサツなんだから」


 はっきりと言うシンディーにあたしは苦笑してしまう。いやいや笑ってちゃダメだおっちゃんに怒られる。と再度集中する。

 シンディーはあたしと違って頭もいい、文字の読み書きだってすぐ覚えたし、難しい本も読める。このまま貴族の養子として引き取られるか、都会の学校に通ってその能力を更に活かすだろう。うーん、あたしとは何もかも違う。


「シンディーはさ、ここを出る年齢になったらどうするの?都会の学校に行くの?シンディーなら奨励金とかもらえるからお金気にせずに通えるだろうし」

「いや、行かない」

「えー?そんなに頭いいのにもったいないじゃん。何するの?やりたい仕事でもあるの?」


 はっきり言い切るってことはもう心に決めた進路があるんだろう。それをあたしは知りたかった。なぜならシンディーはここで長いこと一緒に育った姉妹みたいなものだからね!

 そんなあたしの質問にうーん、と少し悩むシンディー。姉妹みたいなものとはいえ流石に無粋なこと聞いちゃったかなと思った時。


「私、聖都に行ってシスターになりたいの」

「シスターに?なんで……あぁこの教会を引き継ぎたいってこと?」

「いや、リズと一生働きたい」


 一生……あぁ一緒に働きたいって事ね。シンディーってリズのこと大好きだもんなぁ。いっつも一緒にいるし、この塩対応シンディーからは信じられないだろうけど、ことある毎に甘えるようにくっついてるし。


「都会の学校の方は、シリルが行くと思う。あいつも頭いいし」


 あたしは「なるほどなぁ」と声を出す。あいつ、なよなよしてるけど頭はいいんだよなぁ。

 そういえばあの魔王になんか本もって質問しに行ってた。勉強の質問しに行ってたのだろうか。その時スラスラ魔王は答えてたけど、あいつあんまりあたしと歳変わらなかったよな……。おっちゃんが神童なんて言うわけだ。


「何も考えてないのはあたしだけかぁ」

「えっ」

「なんだよその声、シンディーもシリルもそれぞれやりたいこと決めてるじゃないか。あたしだけ何もないからさ」

「いや、もうやりたいこと決めてると思ってたから」


 あたしは勉強もできないし、シンディーみたいに譲りたくないものもない。好きなものも運動が好きなだけで特にない。

 だからやりたいことなんてない。

「本人が気づいてないだけか」って呟きが聞こえるが、あたしには意味がわからなかった。





「魔王!お前に決闘を挑む!」

「なんか悪の令嬢から世界を支配する人にレベルアップしてるんですけど」


 あたしは初日の勝負場所に魔王を呼び出した。そして宣戦布告する。今日勝ってセシリーお姉ちゃんを取り戻す!

 審判は前と同じくおっちゃん、師匠!よろしくお願いします。


「お嬢様、怪我しないようにしてくださいね。大事な御身なんですから」

「いえ〜い!アンちゃんやっちゃえやっちゃえー!」

「なんでリズお姉ちゃんはノリノリなんですか!?」

「リズ、動き回らないで腕に抱きつけない」

「シンディーちゃんはどれだけリズお姉ちゃんのことが好きなんですか!?」


 前と違うのは教会のみんなが見てくれてる。前回こっそりやったらめっちゃ怒られたので大々的にやってやるのだ。こそこそやってたのという点を怒られたわけじゃない?知らない!


「それではお嬢様、アン、剣を構えてください。良いですね?それでははじめ!」


 はじめの声と共にあたしは一目散に魔王のところへと突っ込む。

 身を限界まで屈め、地を這うように走る。一瞬でいい、魔王の視界から消えるのが目的だ。

 そうすれば迎撃するのではなく剣戟を避けようとする。きっと地面スレスレから振り上げた剣を魔王は一歩後ろに下がり避け、見え見えの隙を晒すあたしに魔王は斬りかかるだろう。その方法なら最低限の力で美しくあたしを圧倒できる。できるならだけど。

「っ!?」

 あたしは全力で状態を上げただけ、剣は振ってない。そして下がろうとした足の逆、軸足に足払いをかける。


 おっちゃんは、口を酸っぱくして『お嬢様は最少の動きで避け、最少の動きでアンを倒そうとするだろう。それが貴族の剣だ。そこをつくぞ』と言っていた。本当か?って思っていたが予想は当たっていた。


 軸足を蹴り飛ばされては負けになる。魔王は軸足だけで踏み切り後ろに飛ぶ。

 ……どういう反応してんだ。あとどんな体のバネしてんだ。

 足払いは当たらなかったが、当たらないのはあたしもおっちゃんも予想通り。当たらないこと前提だったから次の行動に移れる。あたしは全力で魔王に向けて突進する。今度は地を這うように走ったりはしない本当に全力で突進する。

 無理な体制で飛んだためバランスを崩している魔王は、迎撃することはできない剣戟を受け止めようとするだろう。でもあたしは剣を振らない。体と体がくっつくくらいまで突っ込む。

「っ!?近っ!?」

 魔王の狼狽えた顔が見える。きっと、剣も振れないような近くに寄ってきてどうするんだと思っているだろう。

 そんな顔を見たあたしは、今までの人生で最高の笑顔を浮かべる。そして歯を食いしばって魔王の頭に向かって頭突きをかましてやった。






 ……っと思ったがすんでのところで魔王は横に倒れ込むように避ける。

 倒れ込んでいるがその隙をつけない、一度走り出した馬の勢いは簡単には止められない。あたしもバランスを崩していた。


「騎士に師事を受けたにも関わらず、戦い方が山賊みたいですね」

「うるせぇ、教えたのはあんたの部下だろ」


「そういえばそうでしたね」と笑いながら魔王は体制を整える。

 完全に仕切り直しだ。

「受けにまわると危なそうですから、今度はこっちから行きますね」

 それにもう油断しないだろう、あたしが体制を整えた瞬間、全力で攻勢を仕掛けてくるはずだ。最少の力でなんて考えない。

 なので体制を整える前。

「降参だ。あたしの負けでいい」

 あたしは騎士のように潔く負けを認めるのだ。





「ごめんねおっちゃん、負けちゃった」

「惜しかったなー、頭突きまでは作戦通りだったんだが」


 このおっちゃん、騎士のくせに山賊みたいな戦い方をあたしに教えていた。

 理由を聞いたら「騎士は『守る『のが仕事なんだよ、守り方なんてどうでもいい。本当に大切な人を守るなら騎士らしさなんて捨てちまえ」そう言っていた。

 今あんたの説明をしてんだ、頭撫でんな。

 頭を撫でてるおっちゃんを睨んでいると、その向こうにさっきまで戦っていた魔王とセシリーお姉ちゃんが見える。

 汗を拭く布と、水筒に入れた水を魔王に渡すセシリーお姉ちゃん。その顔はこの教会にいた時には見えなかった幸せそうな笑顔だった。


「なぁ、アン?」

「なんだよおっちゃん、あと頭撫でんな」

「あぁすまんすまん。アン、俺の家の子供にならないか?」


 はぁ?いきなりどうしたんだこのおっちゃん。

 あたしみたいな不良を騎士一家の娘になんて迎え入れたら汚点だろ。


「お嬢様も言ってたがお前には剣術の才能がある。常人はこんな短期間でお嬢様の脳裏に剣戟を想豫させるようなフェイントなんてできやしないからな。うちの子供になれば、騎士学校にも通わせれるし、その才能を伸ばしていける」

「本気で言ってんの?」

「本気に決まってんだろ。まぁ、正直言うとさ俺の嫁さんは子供を授かれない体なんだ、だから誰か養子に取りたくてさ。お前も剣術好きだろ?俺の子になればもっと学べるんだからwinwinだろ」


 winwinってなんだよ。それに剣術が好き?騎士になる?どこをどう見たらそうなるんだ。おっちゃん人を見る目なさすぎないか。


「おっちゃん、あたしは」

「いいじゃん、アン、剣術学んでる時楽しそうだったし」


「わあああぁぁ!」とあたしは声をあげる。シンディーいつの間にあたしの後ろに……。

 気配もなく寄ってきてるし、あんたこそ暗殺者の才能あるんじゃないか。


「アン楽しそうだったじゃん。いっつも寝坊するくらい起きるの遅かったのに最近は誰よりも早く起きるし。おっちゃんの指導厳しい、優しくしてほしいって言いながらも顔は楽しそうだったし、夜だって誰よりも早く寝てたのに夜更かしして素振りしてたし。てか集中しすぎて数も指定より多くやってたよね、しかも止めても話聞こえてなかったし」


 ……そういえばそうだ。指導は本当に厳しくて辛かったけど、なにか楽しかった。

 夢中になりすぎて周りが見えなくなることも多かった。

 教会の手伝いをしてる時も剣のことを考えすぎて手伝いが手に付かなかったことも多かった。……これはダメなことだけど。

 ドンドン自分の思った通りに体が動かせるようになっていったのが本当に楽しかった。


「そうか!あたし……剣術が大好きだったんだ!」

「やっと気づいた」「気がついてなかったのか……」


 2人ともやれやれと言った顔をする。

 なんだよ!仕方ないだろ、自分のことは自分が1番知らないもんなんだよ!なんかの本で読んだってシリルが言ってたし!


 そして自分の思いに気づいたあたしはある宣言をするために魔王……アリサの元へと近づく。


「やい!アリサ!」

「なんですか……勝負はもう……ってわたしの名前初めて呼びましたね」


 あたしは決意を込めて言う。


「セシリーお姉ちゃんを幸せにできるのはきっとアリサ!あんただけなんだと思う!めっちゃ悔しいけど!だからあんたを守ってやる!あんたを守るためにあたしは騎士になる!でも油断するなよ!セシリーお姉ちゃんを悲しませたら騎士になったあたしが、あんたを叩きのめしてセシリーお姉ちゃんを連れて帰るんだからな!」


 あたしの決意を聞いたアリサは「わかりました」と憎たらしい笑顔で言う。

 その顔を見たあたしはおっちゃ……ローランの元へと戻る。誘いの答えを告げるために。


 あたしは騎士になる。あたしの大好きな姫様を笑顔にしてくれる姫様を守る騎士に。

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