幕間 騎士(見習い)と姫様 前編

「シンディー!セシリーお姉ちゃんをあの悪の令嬢から助け出そう!」

「はぁ?」


 あたしは隣で眠りにつこうとしているシンディーに宣言する。

 必ず、かの邪智暴虐な令嬢を除かねばならぬと。

 この教会を守るために身代わりとなったセシリーお姉ちゃんを助け出すのだ!と。


「はぁ?それ本気で言ってる?」

「もちろん本気だよ!」

「はぁ……。頑張って、じゃあおやすみ」


 あたしの本気の宣言はシンディーの心には響かなかったみたい。

 セシリーお姉ちゃんとあの邪智暴虐な令嬢がこっちにいる今がチャンスなのに……!

 というかシンディーもセシリーお姉ちゃん助けたいって思ってるはずなのになんで!?





「この悪役令嬢め!セシリーお姉ちゃんを返してもらう!」

「えっと……多分わたしは悪じゃないですし、役ってことは物語の話ですし、セシリーはわたしのメイドですけど奪った覚えはないのですが」


 と中庭で子供達と遊んでいる悪の令嬢は悪びれもせずに言う。この教会から連れ出しておいてなにを言ってるんだ。泣いてる子だってたくさんいたのに。

 周りにリズお姉ちゃんとセシリーお姉ちゃんがいないことを確認済みだ。いたらお尻ペンペンされそう、この歳にもなってそれされたら立ち直れない。

 悪の令嬢はスッと立ち上がり、「それで?わたしとなにをして遊ぶんですか?」とやれやれという顔であたしに言う。

 その余裕な顔を歪ませてやる!


「鬼ごっこで勝負だ!あたしが15分逃げ切れたらセシリーお姉ちゃんは返してもらう!はいよーいスタート!」


 という宣言と共にあたしは走り出す、この周辺はあたしの庭だし、足には自信がある!あんなぬくぬく温室で育ったようなお嬢様に負けるわけが……って追いつかれてる!

 おおお!セシリーお姉ちゃんを助け出すんだ!負けるわけには!

 あのルートを使うしかない!

 あたしは畑の方へと駆け出し、柵を飛び越える。この芸当はお嬢様にはできま……簡単に飛び越えてるー!あぁー!絶対に負けないぞ!!



 木から木へ飛び移るルートを使ったり、教会の裏の廃材置き場ルートを走ったり、色々なルートを使ったが10分くらいで追いつかれた。温室育ちの令嬢のくせになんでこんなに足が速いんだ……。


「これでわたしの勝ちですね」


 と勝ち誇った顔で言われる、息も切れてないしどうなってるんだこの令嬢。

 でもあたしはこんなところで引くわけにはいかない!


「はぁ……はぁ……今度は剣術で勝負だ!参ったって言った方が負けだ!」


 あたしは街の自警団のおっちゃん達に筋がいいと言われる剣術で勝負を仕掛ける。こんな令嬢が剣術なんてしたことがないはず、卑怯とは言うまいな!


「わかりました、ローラン!練習用の木剣持ってきてください、あと審判もよろしくお願いします」


 子供を肩車してるがっちりとした体つきのおっちゃんに令嬢は声をかける。肩車されてるのシリルじゃん!なに敵の味方と遊んでるの!?

 そうこうしていると軽めの子供用の木剣を渡され、令嬢と対峙する。


「そちらからきてもらって大丈夫ですよ。」なんてことを言われるが確実に挑発だ。攻撃する際になんらかのアクションを行い反撃する心算だろう。

 それならばこちらからは動かず素人であるはずの令嬢に攻撃させた方がいい、それを受け流して攻撃に転じる。そっちの方が簡単に勝てる。


「……こないのなら、こちらからいきますね」

 動かない状況に焦れたのか、そう言って一足飛びにあたしの目の前に姿を表す。は、速っ……!

 そのままあたしの首を斬るように剣を振る。その一閃をあたしは上体を反らして間一髪避ける。

 その速度、その振りなら隙もあるはず……!と考えたが、それは間違いだった。

 目の前の令嬢は次の攻撃に移っていた。横に振ったその木剣の重さに負けることなく袈裟斬りの構えに移行しそのまま振り下ろす。

 ギリギリで防御の体制に移り、その一撃を木剣で受け止める。しかしその重さに負け剣を手から離してしまう。そしてにこやかに笑いながら令嬢は木剣をあたしに突きつけ

「わたしの勝ちですね」

 そう言った。完膚なきまでに叩きのめされたあたしには。

「……参りました」

 そう言うことしかできなかった。




「というわけで俺が君の指導を請け負うことになったわけだが」

「というわけでってどういうわけだ!場面転換が終わったらさっき審判してくれたおっちゃんがあたしの剣術指導してくれるっておかしいだろ!読者もびっくりだ!」

「読者って何……?えっと、お嬢様が『街に帰るまでの間に攻撃を当てることができたらセシリーを返す』って言ってただろ?それで俺が君を指導すると」


 ……悔しさで記憶を失っていたみたいだ。

 そういえば剣術勝負に負けたあと「あなた、剣術の才能がありそうですね。ふふっ、ならわたしがこの街を出るまでに一度でも攻撃を当てることができたのならセシリーを返してあげましょう」なんてことを言われたんだ。

 でもなんでこのおっちゃんがあたしに協力してくれるんだ?


「なんでそんな顔をする。お嬢様が、『でもこのままでは何度やっても同じ結果でしょう。だからローランに指導を受けなさい。セシリーとリズには言っておきます』って言ってただろ?」

「全部忘れてたけど今思い出したぞ!なんで敵の施しを受けなきゃならないんだ!あたしは1人でも戦うぞ!」

「全部忘れてたんかい!あぁもう……このままだと正直1回も勝てないと思うぞ。あの人、見た目は箱入りの令嬢みたいに見えるが天才だ。俺みたいな正規の騎士でも正面から戦えば勝てない」


 正直それは肌で感じてる。あの瞬間移動みたいな踏み込み、勘で避けることしかできなかった首を狙った一振り、超速で振った後瞬時に次の攻撃に移ってからの袈裟斬り。あたしとそう変わらない子供のはずなのにあの実力はまさに神童というやつだろう。

 この強そうなおっちゃんでも正面から戦ったら勝てないらしいし……。

 うーん、どうすればセシリーお姉ちゃんを助け出せ……。ん?


「おっちゃん!もしかして『正面から』戦わなきゃ勝てるってこと!?」

「お、おう……。今さっきまでthe頭悪いやつみたいな感じだったのにいきなり鋭くなったな……。あとおっちゃん言うな、まだ25だ。えーと、今回の勝負は別に参ったって言わせなくていい、攻撃を1回でも当てればいいんだ。それなら勝機はある」

「師匠!一生ついていきます!」

「今さっきまでの施し受けない発言はどこにいったんだよ……」


 そうしてあたしの修行の日々が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る