12歳 メイドの故郷へ

1

「お嬢様、本日の予定は……」


 朝、いつものようにセシリーに髪を梳かしてもらいながら今日の予定を確認する。

 この日課の風景も、もう2年以上が経つ。


 11歳の誕生日の一件以降お父様とはよく話せるようになった。話の内容がお父様の仕事関連ばかりなので年相応の親子の会話とはいかないが。

 それに12歳の誕生日はディナーを一緒に食べましたし、仲がいいとは言えませんが親子として正しい形になったのではないかと思います。セシリーのおかげですね。


「本日の予定は以上になります。今日は外出する用事も無いですしゆったりティータイムも取れそうですね」


 予定の確認も終わり、セシリーがわたしから離れる。至福の時が終わってしまいました……。

 時が経ったといえば、セシリーはこの2年ですごく大人になった気がする。

 今年で15歳になった彼女は身長もぐんと伸び、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる女性の体になった。それに伴ってメイド服も何回か新調したはず……。

 その一方でわたしは、あいも変わらずちんちくりんのまま……。いや、まだ3年ある。悲観するのはまだ先だ。


「えっと……お嬢様……?わたしまた何かポンコツしてしまいましたか……?」


 じっと見つめすぎたみたいだ。あと頬を少し赤く染めながら腕で体を隠しながら言わないでくださいセシリー、わたしが胸やらなんやらを凝視している変態主人みたいになりますから。

「何もありません、今日の予定それで大丈夫ですね。」とフォローする言葉を伝えるが、セシリーは依然として腕で体を隠している。その妄想を早く止めなさい。


「そういえばお嬢様、今年の夏はどこに旅行に行かれるんですか?」


 必死に誤解を解こうと考えていたが、セシリーの方から話題を変えてきた。わたしの努力はなんだったんですか……。


 そうそう夏は1、2週間程度旅行に行くというのがわたしの毎年のルーティンだ。

 なぜそういう事をするかというと、屋敷に勤める人たちに一斉に休みをとってもらうため。わたしが屋敷にいてしまうと最低でも何人かは残ってもらわないといけなくなる。なので邪魔者は遠くに出かけて夏休みを謳歌してもらうのだ。

 お父様の時もそうみたいだったので、我が家の伝統みたいなものだ。


「去年は海辺の街でしたね、海の幸も美味しかったですし、海で泳ぐのも最高に楽しかったのを思い出します!」


 セシリーがこんなにワクワクしてるのは、専属メイドの彼女は旅行に付いて来るからだ。

 そのため彼女には夏休みがなくずっと仕事みたいなものなのだが……本人はとても楽しそうだ。

 でも今年は去年以上に仕事兼夏休みということになるだろう、なぜなら。


「今年の夏は、あなたの故郷に行きますよ」

「えっ……?」

「今年の夏は、あなたがこの屋敷に勤める前に生活していた。辺境の街に行きますよ」

「え……ええええええええ!」


 今年はセシリーの帰郷にわたしが付いていくのだから。






「お嬢様ー、別の場所に行きましょうよー」


 もう故郷へと向かう馬車に乗ってると言うのに今日もセシリーは文句を言う。

 旅行地を伝えてからずっとこんな感じだ。……実際少し鬱陶しい。


「セシリー、もう出発してしまったんですから、文句を言わないでください」

「そうです!中継地点の場所に有名な観光地が」

「セシリー?」


 うぅ……とうめき声を上げながらセシリーは体を小さくする。

 絶対に文句を言うだろうなぁとは思っていましたがここまで拒否をするとは。

 彼女は旅行地を伝えた時から顔を合わせるごとに別の場所にしましょう!と提案してきていた。

 最初は言葉だけの抵抗だった。次にセシリーにしては珍しく資料を持ってわたしにプレゼンしてきた、もちろん却下した。

 そして最終手段として紅茶に、別の場所に行きませんか?という想いをふんだんに入れてきた。旅行前の三日間だけでしたがあれはすごく辛かったですね……。


「それで?どうしてここまで拒否するんですか?仕事ついでに去年はできなかった帰省ができますから、一石二鳥じゃないですか?」

「それはそうなんですけど……。あの街に行くってことは、わたしの育った教会に挨拶なされますよね……」

「もちろん。あなたを専属メイドにした主人としての義務です」

「そうですよね……。えっと、その……恥ずかしいんです。すき……大切な人にわたしの小さい時とか、色々シスターが話しそうで……」


 顔を真っ赤にしながら小さな声でそんなことを言う。かわ……コホン。

 確かに、わたしの幼少期のことを、クラーラがセシリーに全て話したならすごく恥ずかしいでしょう。

 ……ふと思いましたが、わたしすぐに逆の立場になれますね。まぁクラーラはそんなお喋りじゃないので大丈夫だとは思いますが。


「うぅ……。もう出発してしまいましたからぐちぐち言うのはやめますけど、なんでそこまでしてわたしの故郷に行くんですか、あの街には本当に何もないですよ……?」

「簡単なことですよ、分かりませんか?」


 セシリーは少し考えてから、全然分かりません。とふるふると顔を横に振る。

 そう、街に行きたい理由は本当に簡単なことだ。


「セシリーのことがもっと知りたいからです。わたしと一生を共にする大切な人のことですから」


 ただただ大切な人のことをもっと知りたい。セシリーは専属メイドになったからにはわたしと一蓮托生の存在。もっとたくさんのことが知りたいのだ。


 だからセシリーの故郷に行こうと思ったんです。そう説明を終えるとセシリーは、


「なんだか……プロポーズみたい……」


 なんてことを真っ赤な顔で呟く。

 そんなこと……。そんなことありますね……もうちょっと考えて言葉を考えるべきでした。


 自分で恥ずかしいことを言って顔を真っ赤にするわたしと、突然プロポーズまがいの事を言われて顔を真っ赤にするセシリー。最初の休憩所までなんともいえない空気のまま馬車は進んでいった。






 何度か休憩を挟み、途中の街で一泊をする。

 メイドが主人と同じ部屋で寝るなんて!とセシリーは断ろうとしていたが、必死に説得しセシリーと同じ部屋に泊まった。

 ふふっ、友達とお泊まりというのを楽しんでみたかったんです。

 2人で夜更かししてしまったせいで出発の時間に間に合わず御者と護衛の騎士に少し怒られてしまいましたが……。


 そうして二日目出発して数時間ほど馬車に揺られると。

「ここがセシリーの故郷ですか」

 目的地に辿り着いた。


 そこはよくある田舎という感じの街。田畑が広がり、まばらに民家がある。

 最低限の商店があり。行商人がたまに来る。食事処も少なく固定客しか来ない。人が訪れることも少ないのだろう、宿屋もあまりない。

 そんな田舎街。


「そうです、ここがわたしの故郷の街です。何にもない田舎ですが、ようこそいらっしゃいましたお嬢様」





 馬車と馬を置かせてもらえる場所を探し、荷物も宿屋で整理し身軽になったわたしたちは早速目的の場所へと向かっていた。


「お嬢様……あの……心の準備ができてませんのでもう少し後にしませんか……?」

「どんなに待とうがあなたの心の準備は整わないでしょう?なので早いうちに行く方がいいと思いますよ」

「それはそうなんですけど……あぁ恥ずかしい……シスター余計なこと言わないですよね、いいやあの人は絶対にペラペラと話す、どうすれば……」


 少し心が高揚してるわたしと、俯きトボトボ歩いてるセシリーの姿は完全に対称だ。

 わたしたちがは今、セシリーの育った孤児院が併設されてる教会に向かっている。

 親を失った孤児たちは教会に引き取られ、そこで育つ。セシリーも例に漏れずそうだった。

 孤児院で成長した子たちはセシリーのように従者となり働く者、普通に街で働く者、類い稀なる才能が開花し騎士や学者そういう人たちになるための試験を合格し学園へと通う者とさまざまだ。

 と言うと良く聞こえるが実際には色々と問題があるのだが。


「昨日からずっとシスターの話をしていますが、何が心配なのですか?」

「えーと、リ……シスターリーゼロッテがお嬢様にご迷惑をおかけしないかと心配で心配で……」


 セシリーに心配される人間がこの世に存在するんですか……?本当に……?

 孤児院のシスターというのは言うなれば子供たちの親代わりだ。

 そんな人間がセシリーに心配される……?子供たちはきちんと育つんですかそれは……?


「お嬢様ー?もしかして、セシリーに心配されるなんてどんな人間なんだとか失礼なこと考えてませんか?」

「まぁ普段から色んな人に心配される側の人間に心配されてるんですよ?不思議に思いませんか?」


 うぅ……お嬢様にポンコツって言われた……。とセシリーはさらに気分を落とす。

 考え事をしていたので濁すことなく率直な感想を言ってしまった。いつもはもう少し傷つけない言い方をするんですが。


 そんなこんなで教会の前へと着いた。

 街の外れにあるのだろうか、今までの田畑の風景よりもさらに周りには何もない。

 しかしそこはやはり教会、周りの整った木々や建物の雰囲気から何か神聖な雰囲気を感じる。


「ここがわたしの育った教会です、少し……いえ相当ボロボロですけどね」


 そう言いながら扉をノックする。何度かノックしたところでドタドタと音を響かせながら……なんか転んだような音がしましたが……?

 昼も少し過ぎたところだったので忙しかったのでしょうか?

 はーいという声とともに開かれた扉の先、そこには修道服に身を包んだシスターがいた。

 ベールからはみ出した栗色の髪、ふんわりとした修道服であっても隠しきれない女性としてのスタイル。女性の平均より少し身長高いセシリーより頭半個分高い位置に頭頂部があり、高身長だ。


「あっ、リズさ……」

「あー!セシリーちゃんじゃない!こんなに大きくなってー!リズお姉ちゃんに会いにきてくれたのかしら、嬉しいわ!」


 そしてそのシスターはセシリーに飛びついて抱きしめていた。

 すごい勢いでぶつかってましたけど、首の骨とか折れてたりしませんか……?それに胸に顔を埋められてて息苦しそうですが……。いや悶えてる声が聞こえてくるのですごく苦しいみたいですね。


「あら?そちらはお友達かしら?セシリーちゃんがご迷惑かけたりしてないかしらー、あの子すごくそそっかしいから」


 わたしに気が付いたシスターは抱きしめていたセシリーをその場に置き、わたしの頭を撫でながらそんなことを言う。

 そそっかしいのはあなたもではないですか?と言いたい衝動をグッと抑えてわたしは撫でられ続ける。セシリー、あなたの親代わりでしょう?早くこの人を止めてください。

 助けを求めるようにセシリーを見ると、ダメージから回復したのか息を整え立ち上がっている。


「シスターリーゼロッテ!早く撫でるのを止めてください!」

「えー?セシリーちゃんのお友達がわざわざこんなところまで来てくれてるのよー?これくらいいいじゃない。それに!そんな他人行儀な呼び方やめて昔みたいにリズって呼んでちょうだい」

「とにかく!その方はわたしの雇い主のアリサ様です。あと!護衛さんがこっちを睨んでるんです!不敬になる前にその手を退けてください!」

「友達と主従プレイをするなんて……あなたをそんな風に育てた覚えは」

「プレイなんてしてません!シスターリーゼロッテ?そのお方はアリサ・ルビー様です」

「えっ?えっと……苗字持ちで……それがルビー……?」

「はい、それにシスターリーゼロッテはわたしがどこに奉公に出てるか知ってますよね?」

「えっ、あっ、クリス・ルビー様のところに奉公に……って!ええええええええええ!!」


 自分の誤ちに気が付いたのか、シスターリーゼロッテの絶叫が響く。確かに今日は町娘のような格好をしていますが、セシリーはメイド服のままですし、少し離れたところには護衛がいますしここまでわからないのはちょっと……。

 わかっていただけたのなら頭撫でるの止めてくれませんか、心地よいのは心地よいのですが、髪の毛が乱れてしまうので。


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