幕間 メイドの休日

――庭師との休日


「あぁーうめぇ!休日はこれに限るねー!」

「リンさん、昼間からお酒飲むなんて非常識ですよ、非常識!」

「休日なんだからいいんだよ!セシリーも飲め飲め。」


 リンさんがグイグイとジョッキを押し付けてくるが「まだ成人してないので飲みません。」と断る。

 ここは街にある大衆食堂、休日が被った彼女に誘われ食事に来たのだが。

 もしかして飲んで倒れた時に介抱させるために呼んだんじゃ……。

 そう思ってしまうくらいの勢いでお酒を飲んでいる。


 大衆食堂の雰囲気はお屋敷の食堂とは違い賑やかな雰囲気だ。

 リンさんのように昼間から酒を煽り仲間達で騒ぐ者。

 家族で食事を楽しむ者。

 仕事の昼休憩なのだろうか定食をすごい勢いで掻き込む者。さまざまな人間がいる。

 屋敷だと同僚同士で席を囲んだとしても、なんだかんだでマナーを守ったりするしこんな雰囲気にはならないですね。

 目の前の酔っ払いも屋敷だと淑女のように食事を食べる。この光景だけ見ると誰も信じられないでしょうが。


「なんでこいつ、こんなに粗野なのに屋敷でマナー守れるんだって顔してるね。」

「なんでわかったんですか!?」

「だから顔に出過ぎなんだって。

 まぁこれでも代々貴族の家に勤める庭師の娘だからね、小さい頃からマナーは叩き込まれてんのさ。」


「はぇーそんなんですね。」と感心した顔をすると「なんかあんたの感心した顔イラッとくるね。」と言われる。酔っ払ってるからって辛辣すぎません?


「そういえばこの前メイド長に怒られてたけど何かやらかしてたのかい?」

「この前っていつの事ですか?怒られすぎてもうわかりません。」

「そんなにドヤ顔で言われても困るんだけど……。あれだよあれ、アリサ様の誕生日の次の日かな?なんか夜更かしどうのこうのって言ってたけど。」


 旦那様にお嬢様を引き合わせる為に夜更かしした時の事らしい。

 夜更かしを容認したこと以外は怒られることはしてないし、別に隠す事でもないので詳細を話す。

 話しているとドンドン、リンさんが目を丸くする。


「あんたすごいね……。」

「あんなに怒られたんですからすごくないと思うんですけど……。」


 もっと上手くやる方法があったと思うんですよね。メイド長に先に報告しておくとか、他の人にも協力してもらうとか。

 そういうことすっ飛ばしてやるから怒られるし、ポンコツなのだ。


「ハハハハッ!あんたのお嬢様を思う気持ちは屋敷で1番だよ!あんたはずっとそのままでいてくれ。」


 と言いながらテーブルの向こうから身を乗り出し、雑に頭を撫でてくる。

 髪が乱れるからやめてください、元々跳ねまくってる髪ですけど!

 でもこうして撫でられると屋敷に来る前のことを思い出す。

 頭に浮かぶのはいつも優しかったリズさん。それに教会のみんな。元気してるかな……。





――メイド長との休日



 たまの休日、外に出る気力もなかったのでメイド達の住む棟の自室でゴロゴロしていると、

「セシリーいますか?いるんでしたら一緒に休憩しませんか?」

 というメイド長の声がノックと共に聞こえる。


 ルビー家は結構休みをくれる。普通使用人に休みなんてほとんどなく、特にわたしのような専属メイドには休みなんてなく付きっきりが当たり前だが、週1かたまーに2くらいで休みをいただいている。

 この話をシーラさんにした時、すごくびっくりされたのでやっぱりここが特別なはず。

 わたしが休みの時はメイド長が代わりに専属メイドの仕事をしてくださるのでうまいこと管理されているのだろう。管理しているのはお嬢様だって風の噂で聞いたこともあるけど。


 なのでわたしの代わりを務めてくださっているメイド長が休憩の時間を使って、休みのわたしを呼びに来たということだ。

 つまり……なにかやらかしてしまってますねこれは……。

 だらしない格好だったわたしはすぐに服装を整えドアを開ける。


「大丈夫です!一緒に休憩しましょう!」


 なんでこいつこんなに張り切っているんだ……。というメイド長の視線を感じましたが、怒られても泣かないように気合を入れているので張り切っています。



 休憩室に着き、震えながら席に座っていると。

「どうぞ。」とメイド長が紅茶を淹れてくれる、この香り……流石です、完璧ですね……。

 そして、メイド長も席に着いて。


「なんでそんなに震えてるんですか?」

 と声をかけられる、これはメイド長に詰められる前に先に言った方が良さそうです。


「えっと、仕事中のメイド長が休みのわたしを呼びつけるってことは相当なやらかしをしてしまったのではないかと……。」


 その言葉を聞いて「ふふっ」とメイド長が笑う。わたしは真剣に言ったつもりだったんですが……。


「ふふっ。あなたを呼ぶ時がいつも叱る時とは決まってませんよ。」


 と言いながら口元を抑えながら笑う。

 小柄な体と童顔も合わさって少女のように見える。笑うところは見たことある、けどこんな風に見えるのは初めてだ。……相当上機嫌みたいですね。

 というか叱る以外にわたしを呼び出す理由って……?


「もうそろそろ、あなたがこの屋敷に来て1年になるなと思いまして。」


 そういえばそうだ、仕事に必死になって気がつかなかった。


「その顔は自分でも忘れていたみたいですね?」

「えっ、あっ、完全に忘れてました!」

「ふふっ、やっぱりあなたは感情が顔に出やすいですね。」

「えっと申し訳ありません……。」

「徐々にでいいですから感情を表に出さないようにしましょうね。お嬢様も年々人とお会いする機会が増えてます、その時に側に仕えるあなたが表情を表に出し過ぎては交渉に不利ですから。」


 やはり怒られてしまった。うーん、感情を表に出しすぎないかぁ……。

 誰かの感情の機微を読むのとか、感情を誰かに伝えるのは紅茶の魔法もあるから得意なんですけど、自分の感情を抑えるのは苦手なんですよね……。

 メイド長を見本に頑張りましょう。


「あら、また説教くさくなってしまいましたね。ごめんなさい。

 とりあえずこの1年、よく働いてくれました。そして半年間お嬢様の専属メイドとしてよく支えてくれました。」

「はい!ありがとうございます!」

「わたしも厳しくしすぎたな、って思うことも多かったですがよく学んでくれました。そしてなにより、あなたのおかげでお嬢様がよく笑ってくださるようになりました、本当にありがとうございます。」


 そうしてメイド長は立ち上がり、深々とわたしに頭を下げる。

 えっ、そこまで感謝されるようなことはしてないんですけど!


「えっ、あっ、えっ!メイド長にそんな感謝される様なことは!いつもポンコツして迷惑ばかりかけてますし、お嬢様の誕生日の時もわたしがやりたい!って思ったことやってただけですし!」


 と身振り手振り全てを使って、そんな感謝される様なことはやってない!むしろ迷惑しかかけてない!というのを伝える。

 そんな不思議な踊りを踊っているわたしを見るのが面白かったのか、また口元を隠しながら笑う。


「ふふっ。あなたのお嬢様を思う気持ちは屋敷で1番です。あなたはずっとそのままでいてください。」


 と少女の様に見える笑顔で言われる。そのセリフ、前にも誰かに言われたような……。

 なんだか恥ずかしくなったので「メイド長はお休みの日なにをされてるんですか!?わたしと休日が被ることがないので知らなくて。」と話題を変える。


「休日ですか?うーん、なにかで呼ばれることが多いので部屋で本を読んでいることが多いですが……。街に出るときは服屋をまわることが多いですね。」

「服屋……ですか?」

「服買うのが好きなんです。自室のクローゼットがもう入り切らないくらいには。」

「えっ!?そこまでなんですか!?えっと、どんな服買われるんですか?」

「ワンピースが多いような気がしますね。わたしは小柄ですし少女チックな服ばっかりになってしまうんですが……。そういえばセシリーは背もドンドン伸びてますし体つきも徐々に女性的になってますね!それならリンが着るようなかっこいい服装も似合いそうです……。今度お嬢様に進言して一緒の日を休みにさせてもらって一緒に服屋に行きましょう!ですが専属メイドの代わりを誰に頼みましょう……うーん、お嬢様にお願いすれば、誰を自分に当てるか決めるでしょうか、ですが迷惑をおかけしてしまいますね……。」


 とすごい勢いで捲し立てられ、わたしは勢いに押される。

 これは近いうちに着せ替え人形にされそうですね……。なんてことを思うが、淑女なメイド長の新たな一面を見れてちょっと嬉しかった。





――秘密の休日


「これを低温でじっくり焼いて終わりね。」

「楽しみですー!」


 わたしは今、エメラルド家現当主の専属メイド、シーラさんとお菓子作りを楽しんでいる。

 夜会の待機室で出会ってから定期的にお会いさせていただいており、わたしの数少ないルビー家関連以外の友人だ。


「焼き上がるまでの時間で紅茶を楽しみましょうか。セシリー、お願いしてもいい?」

「任せてください!」


 間の時間や作ったお菓子と一緒にわたしの淹れた紅茶を楽しむ。これもいつもの行事だ。

 わたしが紅茶の準備をしているとき、シーラさんは席について待ってくださればいいのに、横に立ってじっと見つめられる。正直相当恥ずかしいです。


「わたし、あと一年もしたら故郷に帰ることになっちゃったの。」

「えっと、シーラさんってわたしと同じく専属メイドですよね。そんなに簡単に辞めれるものなんですか?」

「ふふ、元々そういう契約だったのよ。」


 そんな契約もあるんだなー、それくらいに思っていたが。


「わたしが故郷では姫って呼ばれてるって言ったら……信じる?」


 という言葉にシーラさんの顔を見る。その目は真剣で、言葉が嘘じゃないことがわかる。

 わたしは首を縦に振ると彼女は事情を説明し始めた。

 エメラルド家とシーラさんの故郷の小国は強い結びつきがあり、互いに重要人物を期限付きで奉公に出す。

 その時にどちらともの国の文化、内情を学び、互いの発展のために活用するらしい。


「……それをわたしが聞いてもよろしかったんでしょうか。エメラルド家は我が国とシーラさんの故郷が対立する状況になった場合裏切る、そういうことですよね。」


「ふふっ、どうかしらね。」と色っぽく彼女は笑う。

 色っぽいその表情に魅了されていると、顎をそのしなやかな指で掴まれ顔を上向きにされる。長身の彼女と視線が合う形になり、唇と唇の距離が0になろうとする。


 寸前でわたしは肩を強く押し返した。

 シーラさんはバランスを崩し尻餅をつく。

「あっ、ごめんなさい!ちょっとびっくりしちゃって。」と反射的に謝り、手を差し伸べるが彼女はその手を取らずに立ち上がる。


「ふふっ、振られちゃったわね。わたしあなたのこと愛してたんだけど。」

「ああああああ、愛!?ええええええっと!?」

「わたしと一緒に故郷に来てくれないかしら、待遇は今よりも良くするわ。メイドなんて地位じゃない、わたしの愛する人として。」


 シーラさんの目は嘘をついていない、本気みたいだ。

 だからわたしは、


「わたしには敬愛する主が居ます。この命はアリサ様の為に使うと決めましたので。」


 真っ直ぐにそう答える。

 その答えを聞いたシーラさんは「振られちゃった。」と肩をすくめたあと。

「恋人の関係は諦めるわ、でも友人としての関係はこれからも続けてくれる?」と言った。

 わたしの答えは「もちろん!」これだけだ。それ以上の言葉はいらない。


「主を思うその特別な気持ち、これからも忘れないようにしなさいね。」


 それだけを伝え、彼女は席へと向かう。その頬を伝う涙が少しだけ見える。


 ごめんなさいと心の中で謝る。そして、この想いは何にも譲れないものなんです。そう思いながらわたしは紅茶の準備を続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る