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 結局お嬢様は御夕飯を旦那様と召し上がることはなかった。

 メイド長から

「旦那様より、仕事が忙しく、約束に間に合いそうにないので先に食べておいてくれ。11歳の誕生日おめでとう。との伝言を頂いております。……お嬢様もう少しお待ちになられますか?」

 との提案があったがお嬢様はそれも断った。

 その時のお嬢様の顔は少しほっとしていたような気がした。


 そうして今わたしはお風呂上がりのお嬢様のために紅茶をご用意している。

 専属メイドなのでお風呂もご一緒しお手伝いするのが普通だが、風呂場で何かドジをされては命に関わるのでやめてくださいとちょっと赤い顔で言われたので別のメイドにお願いしてもらっている。ポンコツで申し訳ないです……。


 そうしてお風呂上がりのお嬢様は紅茶を飲む。お風呂上がりのお嬢様色っぽい…。って見惚れてる場合じゃない!

 いつもの1日の終わりの紅茶にはお疲れ様でした、ゆっくりお休みくださいっていう気持ちを込めて淹れる。でも今日はちょっと違う。


「セシリー?今日は何か私に伝えたいことでもあるんですか?」


 お嬢様にとてもとても伝えたいことがあるんです!そんな気持ちを少し加えた。

 なんでそれが伝わるんだって?わたしは紅茶の魔法使いですから!正直自分でもわかってないのは内緒です。


「お嬢様、今日は夜更かし致しませんか?」






 ――side クリス


 日も変わってしまいそうなそんな時間、私は屋敷へと馬車を走らせている。

 もうアリサは寝てしまっているだろうか……いやもう眠っているだろう。

 今年もアリサの誕生日を祝うできなかった。なんてダメな親なのだろう。

 自分の代わりにアリサに愛情を注いでくれというアリスとの約束も守れない。

 アリサは恨んでいるだろう。娘の約束すら守れず、仕事にばかりかまけるこの私を。


 思い出すのは2年ほど前、私はある領主の不正について調査をしていた。決定的な証拠は終ぞ見つからず、疑いのみで終わるところだった。

 そんな時、ディートハルトから不正の決定的な証拠が送られてきた。

 その資料についてディートハルトを問いただした。その資料は内部でしか手に入れれないような物だったからだ。

 その資料はアリサが領主の娘を使い集めてこさせたらしい事、その娘に罵倒されようがなんともないそんな顔をしていた事、そうディートハルトは伝えた。

 仕事にかまけてわたしにも会わないのに不甲斐ないですね。そう言われている気がした。


「旦那様、到着致しました。」


 そんな回想に耽っているうちに、屋敷に着いたみたいだ。

 すぐに戻るからこのまま待っていてくれと御者に伝え馬車を降りる。

 そうして玄関を開けようとした時内側から扉が開いた、私が帰ってきたのを見てクラーラが開けたのだろう。


「おかえりなさいませ旦那様」

「あぁクラーラありがとう。すまないがまたすぐに戻る、だからこれを誕生日プレゼントとしてアリサに渡しておいてくれないか。」


 クラーラはその小包を少し何か言いたそうな顔で受け取る。

 直接渡した方がよろしいのではないでしょうか?そんな顔で。

 そうして玄関を出ようとした時。


「お父様?そういうのは直接渡した方が娘も喜ぶと思いますよ?」


 そんな娘の声が聞こえた。







「夜更かしですか?」

「そう夜更かしです。旦那様が帰ってくるまで起きておきましょう、メイド長にはわたしが叱られますから!」


 旦那様が毎年誕生日プレゼントをお嬢様にお渡ししてるのはリサーチ済み。でも今日はまだ渡されてないって事は旦那様は今向かってるって事。

 きっと御夕飯も一緒に召し上がるつもりだったのだ。


「お父様はどれだけ待っても帰ってきませんよ、わたしの事嫌いでしょうから。」

「そんなことありません!旦那様は、お嬢様の事すごく!すごーく大切に思ってます!」

「まだ屋敷に勤めて1年も経ってない貴方に、何がわかるんですか!」


 お嬢様がわたしの前で珍しく声を荒げる。

 自分の家族の問題を他人に指摘されれば誰だって怒る、当たり前だ。

 でもわたしは知っている。


「旦那様はお嬢様のこと本当に大切に思ってます。」

「なぜ……そう思うのですか?」

「直接旦那様からお聞きしたからです。」


 旦那様に助けられ、このお屋敷で働くことが決まった時の道中わたしは旦那様に頼まれた。

 娘の友達になってくれないか、と。

 その前に永遠とお嬢様のこと聞かされたのだけれど。

 100年に1人の才女と呼ばれ、孤独に苛まれていること。周りは大人ばかりで同じような歳の子がいないこと。優しすぎるが故に誰にも甘えないこと。

 本当に色々なことをお聞きした。その時に思ったのだ、本当にこの人は娘の事を愛しているんだと。

 そのことをお嬢様にお伝えすると寂しそうな顔で


「そう……でもお父様にご迷惑をおかけする訳にはいけないでしょ…。」

「お嬢様、もっと旦那様に甘えてもいいんですよ。」


 お嬢様は旦那様に迷惑をかけるのが嫌なのだ。自分がわがままを言うことで旦那様の貴重な時間を使ってしまう。

 迷惑をかけるくらいなら自分が我慢すればいい、そう思ってる。


「娘に甘えられて迷惑なんて思う親なんてきっといません!なので今日は悪い子になりましょう!誕生日なんだからきっとみんな許してくれますよ!」


 わたしに親と過ごした記憶はない。でもあんなに娘の事を心配する父が迷惑に思うだろうか、絶対にそんな事はない。

 むしろ嬉しく思ってくれるはずだ。きっとそう、絶対に!

 そんな体全体を動かし、必死に説明をするわたしが面白かったのか少し笑顔で

「ふふっ、じゃあ今日くらい悪い子になってみましょうか。クラーラに怒られる時は一緒に怒られましょう。」

 そう言った。

 お嬢様との夜更かし楽しみ……もちろん旦那様を待つのが目的なのは忘れてませんよ!






「お父様?そういうのは直接渡した方が娘も喜ぶと思いますよ?」


 日付が変わる間際まで夜更かしをした甲斐あって、お嬢様は旦那様に甘えている。

 なんかポンコツしたわたしを責めているような感じで旦那様と話してますけど、甘えてますか?あれ。


「セシリー?あなたは……」


 ああああ!メイド長に怒られるー!こんな時間まで夜更かしさせたんだから当たり前ですよね!

 お嬢様、先立つ不幸をお許しください……。お嬢様の分までわたしが怒られますから安心してください……。


「セシリー、ありがとうございます。」

「えっ、あっ、えっと……。」

「セシリー、あなたじゃなければきっとお嬢様は旦那様の事をお待ちになろうとは思わなかったでしょう。だからありがとうございます。」


 あれ?怒られなかった……?

 少しビクビクしながらメイド長の顔を見る、その顔はすごく晴れやかで笑顔だった。

 きっとメイド長も親子仲をどうにかしようと思っていたんだ。でもお嬢様の父親に迷惑をかけたくないっていう想い。旦那様の娘に嫌われているだろうから邪魔をしたくないという想い。その2つを十分に理解しているからこそ、現状のままでいようとしていたんだ。


「いえいえ、わたしは空気読めないだけです!お嬢様がさらに喜ぶにはどうすればいいんだろ?ってことしか考えてませんから!今回はたまたま上手くいっただけで……。」

「それでいいんです。セシリーにはお嬢様を喜ばせることだけ考えてもらえればいいんです。お嬢様を幸せにできるのはきっとあなたしかいないのですから。」


 初めて褒められた……!メイド長に初めて褒められた!めちゃくちゃ嬉しい!

 そんな感じで心の中で小躍りしていたが。

「それはそれとして、後で夜更かしの件については少し説教が必要かもしれませんね……。」

 そうしてわたしの気持ちは上げて落とされた。


 でも嬉しそうなメイド長の顔、少し照れながらも幸せそうな旦那様、そして楽しそうに旦那様と話すお嬢様。

 こんな光景が見れたわけだし、説教されても別にいい……かな?

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