11歳 似た者親子
1
「おはようございますお嬢様、お目覚めでしょうか?」
わたしは扉をノックした後、こう声をかける。
アリサお嬢様の専属メイドになって半年間、この声をかけることがわたしの業務の始まりだ。たまにノックを忘れるなんてことは無い。
「入っていいですよ。」と扉の向こうのお嬢様から許可得て部屋の中へと入る。
そこには少し眠そうな目を擦りながら、ベッドの縁に腰掛ける天使がいた。
サラサラで高級な絹糸を彷彿とさせる金髪、芯の強さを物語るような少しつり気味な目、そこにあるルビーを彷彿とさせる緋色の瞳。
わたしは毎朝お嬢様を訪ねる度、この100人中100人が美人と答える黄金比で構成された顔に見とれてしまう。
うん、今日もお嬢様はお美しい。
いつもの通り着替えを手伝い、今日の予定を確認しながらお嬢様の髪を櫛で梳かす。
この髪に触れるのはわたしの特権、皆さん羨ましいでしょ。櫛に絡んで痛いとすごく怒られたことも今は昔だ。
「セシリー?今日の予定は本当にそれだけですか?」
っとアリサお嬢様に見とれてるところではなかった、今日の予定は学修くらいしか無いはず。旦那様の仕事の手伝いも誰かの訪問の予定も……
「お嬢様、誕生日おめでとうございます。」
大事な予定を忘れていた。今日はアリサお嬢様の誕生日だった。それと
「お嬢様の誕生日のお祝いの為、旦那様が夕食をご一緒したいと言ってらっしゃいました。」
家族団欒の約束があったのだった。
旦那様はお忙しく滅多にお屋敷に帰ってこられることはない。それもあってお嬢様と旦那様が団欒というものをしてるのは見たことがない。
お帰りなられたとしても長くて数十分、お嬢様との会話も学修の進み具合、近況を話すそんな程度だ。
そんなお二人の誕生日での夕食の家族団欒、こんな予定を忘れるわけにはいかない。
「そうですか、まぁ……少しは期待しておきましょう。」
あれ?何か思っていたような反応と違うような……。
「なんでお嬢様はあんな反応をしたんだろう……。」
自分の誕生日に家族と団欒、お嬢様ももっと喜んでもいいと思うんだけど。
確かにお嬢様はあんまり感情が表に出ないし、そのお美しいお顔にある釣り目のせいでいつも不機嫌に見られたりするけど、喜んだり悲しんだりはよくわかる。
笑ったりはしないけど楽しそうだなとかよくわかる。うーんでもなんか……
「はいはい!そこの君!仕事の邪魔邪魔!」
そう声をかけられハッとする、そして庭の掃除の途中だったことを思い出す。
「なに悩んでるのかは知らないけど、そうやってサボるんだったらクラーラさんに言いつけるよ!」
それだけは!それだけはー!仕事終わりに正座で1時間説教は嫌です!夜中までマナーの基本を書き取り、できるまで実演は嫌です!
「ハハハッ!いつもころころ表情が変わって面白いねセシリー!」
「サボってませんからメイド長には言わないでください!ちょっと考え事をしてただけなんです!」
わかってるわかってるチクったりしないって!と言いながら心の底から楽しそうにわたしのことをからかう彼女は庭師のリン。
身長も私より頭一つ以上も高く、外での作業で日に焼けた肌が健康的な、かっこいいという言葉が似あう女性だ。
男性社会と言われる庭師の世界で活躍してるというのもかっこいいポイントだ。
「それで?いつも能天気なセシリーが何を珍しく悩んでたのかな?」
いつも能天気というのも珍しくというのも余計だと言いたいけれどそこをグッと我慢して
今朝のお嬢様の反応について相談する。
「あぁーそういえば、あんたってここでまだ1年働いてないんだっけ。」
「そうですね、一応来月で1年になると思いますけど。」
「なら知らないのも無理はないか。端的に言うとクリス様は毎年お忙しくてアリサ様との夕食の約束を守れてないんだよ。だからアリサ様のその反応はまぁわからなくもない。」
えぇ!と大きな声を上げるほどわたしは驚いていた。
旦那様とは助けていただいてお屋敷で働くようになるまでの間しかしっかりと話しをしたことはない。
あんまり長いとは言えない時間だったが、それでもわかるくらい娘のことを……アリサ様の事を大事にしていることは伝わってきた。
それなのに家族団欒の約束を守れてない……?
「クリス様が約束を守らないなんて信じられないって顔してるね。」
「えぇ!なんでわかったんですか!?」
「あんたはいつも思ってることが顔にすぐ出るってことを認識した方がいいね……。
それはそれとして、その反応は正常だよ。貴族であんなにも娘の事を愛してる父親ってのも珍しいし。」
そういえばリンさんも旦那様にスカウトされてこのお屋敷で働いてるって聞いたような……。
そうだ思い出した!リンさんは庭師としての技能は申し分なかったが、女性ということで正しい評価を受けてることがなくて。
それに加えてリンさんのご両親も庭師として働くことに反対していて、お見合いの場をセッティングして早く結婚をって感じだったらしい、辛そう……。
そんな時に旦那様が、同じ女性の感性を使って娘が喜ぶような、そして落ち着くような庭園を作ってくれって頼まれて引き抜いてくれたんだって楽しそうに言ってくれたんだった。
「毎年の事だからアリサ様も諦めてるんじゃないかな?それでそんな反応になったんだと思うけどね。」
そうして、さぁ仕事仕事!と言いながらリンさん作業へと戻っていく。
諦めてるかぁ……うーんなんか違うような……でもそうなような……うーん……
そんなモヤモヤは消えないまま、わたしも庭の掃除へと戻っていく。
上の空で仕事をしていたので、段差に躓いてリンさんの整備した庭を崩してしまい本気で怒られ。持っていた箒も折ってしまい結局メイド長にも怒られたのは内緒だ。
いつもの庭園でのお茶会も終わり、図書室まで送り届けた後、わたしは屋敷の掃除をしていた。
お茶会の時もなんだかお嬢様は上の空だったなぁ。
いつもはわたしの一挙手一投足を逃さまいと見てくださってるし、紅茶もすごく楽しそうにお飲みになられるのに……。
紅茶の感想だって言ってくださるのに……うぅ、あのわたししか見たことがないであろう笑顔で紅茶を褒めてくださるのが一日の最高の楽しみなのに……。
あぁ、お嬢様のあの女神のような笑顔を思い出すだけで……。
「おぉ!その手入れの行き届いてない赤いくせっ毛は野良犬メイ……ってなんでそんな幸せな顔で鼻血を流してるんですか。」
わたしの心模様が鼻から漏れ出してしまったみたいだ。というかディートハルト様野良犬メイドって言いかけてませんでした?
お嬢様の学修は午前中だけのはずだったのでディートハルト様はお帰りになられてるものだと思っていたのだけど。
「あぁ、昼過ぎには帰ろうと思ってたのですが、メイド長様に説教があるからこの時間まで残れと言われましてね。」
私は何もしてないのにいつも怒られるんですよね。と肩を竦めながら悪びれもせずに言う。
いやいやいや、いつもお嬢様の事おちょくって遊んでるでしょ!何もしてないってことはないと思うんだけど。
それに昼過ぎにメイド長のチラっと見かけたけど少し楽しそうだったような……なるほどー!
「ディートハルト様はメイド長との逢瀬を、むぐっ!むぐむぐ!!」
「それ以上言うと手足を切り取って屋敷の玄関前にオブジェとして飾りますよ?」
「むぐっ!?むぐむぐむぐ!!」
口を塞ぎながら怖いことを言わないで!顔は笑顔なのに目は笑ってないめちゃくちゃ怖い!
助けて!誰か助けて!本当にオブジェにされちゃう!!
「まぁ、冗談はさておきまして。あなた、今日は輪にかけてポンコツですがどうしたんですか?普段からポンコツですがここまでではないと思うのですが。」
はぁはぁ……怖かった……。というかわたしのことポンコツって言ってますよね。
間違ってはないけど面と向かって言われると少し辛い……。自分で認めてるのもちょっと辛い。
――そうだ、お嬢様の事ディートハルト様にも相談してみよう。
「それはアリサ様が旦那様のことを恨んでるのではないでしょうか。」
「アリサ様が、旦那様のことを恨んでる……?」
「そうです、娘の誕生日の約束も守らない、自分の仕事を娘にやらせる。この二つだけでも恨む要素だと思いますが。」
そんなことはない、それだけははっきりと言える。
旦那様のお仕事を手伝ってる時、お嬢様はわたしにしかわからないだろうが少し嬉しそうだし。
旦那様が今どこでどんな仕事をしてるかいつも気にしてる。遠くに行かれてる時は心配そうにする。
そんなお嬢様が旦那様を恨む?絶対にそんなことはない。
「お嬢様が旦那様を「恨むなんてあり得ないそう言いたいのでしょう?」」
「そんなことわかってますよ、ジョークですよジョーク。」
ニヤニヤした顔でわたしの言葉を遮ってくる。
こんのぉ人は……!やっぱりこの人は他人を怒らせることだけを生きがいにしてますね。
お嬢様がいつもわたしに愚痴を言うわけです。あの人は他人を怒らせることに関しては世界一だって。
「この半年一番近くにいたあなたならきっとわかるはずです、あのツンデレお嬢様が何を思い、どのような気持ちで旦那様のことを思っているのか。」
「お嬢様が何を思ってるか、ですか……。」
「そしてあなたならきっとあのツンデレの側に寄り添えるはずです。わたしやメイド長様よりもずっともっとね。」
それではわたしはこれで失礼。そう言いながらディートハルト様は去っていく。
お嬢様が何を思い、何を考えているか……。お優しくて、いつだって他人のことを考え、そのせいで心傷つけている、お嬢様が……。
でも少しわかった気がする。あの少し寂しげな、そして何かに悩んでいるようなお嬢様のあの表情が。
……ディートハルト様のお嬢様の呼び方なんかおかしかったような気がするんだけど。
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