幕間 お嬢様と夜会

 貴族の集まりに夜会という物がある。

 国をより良くするための情報交換の場にしよう。横の繋がりを強め、協力関係を強くしよう。というのが目的らしい。

 というのは実際は建前で、税金を使って一流のシェフの料理に舌鼓を打ち、地方、国外から取り寄せたお酒を飲む。言うなれば貴族の特権を使ってどんちゃん騒ぎしたいだけなのだ。

 しかも参加が強制、やってられませんね。

 強制のはずだが、お父様は仕事が忙しいからとわたしに押し付けて参加していない。というか一緒に参加したことなど一度たりともない。


 そんなパーティの中、わたしは1人孤立している。

 それは当たり前だろう、わたしと交流なんてしていたらどこから弱みを握られるかわからない。一応わたしも宝石の名を冠する貴族、挨拶はされる。ただそれだけでそそくさと去っていく。

 同年代の子達は親や付き添いの者にしっかりとガードされ、わたし以外で交流を続けていく。

 あの時、もっと上手く立ち回っていれば、ここでの時間も有意義に使えるようになっていたのかもしれませんね。追放された後、わたしに文句を言うためだけにあの子が単身夜会に乗り込んでくるとは思いませんでした。


 しかし話をせずとも見ているだけで得られる情報はいくらでもある。

 あの人、キース様でしたっけ。前に見た時も上機嫌でしたが、今回はさらに上機嫌ですね。それに他の人と話す時。声のボリュームを下げることが多い。何か裏がありそうです、ディートハルトに進言しておきましょう、そうすればお父様も何か動きを見せるでしょうし。


 そんな感じで会場を俯瞰していると、女の子の姿が見えた。初めての夜会で浮き足立っているのだろう、すごく上機嫌な様子。

 そのまま父親とも思われる人に後ろから抱きつく、話をしている途中だった父親はびっくりするが、後ろを向き、ぶつかってきたのが娘だとわかると目線を合わせ頭を撫でる。そうして後から来た母親が話し相手に頭を下げ娘叱り、娘と一緒にまた謝る。


 わたしはその姿から目を背ける。

 眩しかった。ただただその光景はわたしには眩しかった。

 わたしが普通の女の子だったら、わたしを産んだせいで母様が亡くなってしまわなければ、わたしがお父様に愛されるような女の子なら。なんてことを考えてしまう。

 そんな心を落ち着かせるため手元の飲み物を飲み干す、それでも気休めでしかない。

 セシリーの……自らを紅茶の魔女と名乗る彼女の紅茶ならば心落ち着かせることができただろうか。そう待機室にて待つわたしの専属メイドに思いを馳せる。

 ……というか彼女、待機室で問題を起こさずに待っているでしょうか。他の家の使用人に迷惑をかけられると、わたしが面倒なのでやめて頂きたいんですが。






 夜会もお開きになり、いの一番に会場を後にする。

 この後まだまだ交流をする人たちもいるだろうが、わたしにはそんな人はいない。なのですぐに帰ることにした。居心地も悪いですし。

 門の前には、我が家の馬車と、わたしの帰りを待つセシリーの姿が見えた。


「おかえりなさいませお嬢様、お待ちしておりました。」

 その言葉と彼女の姿に、なぜだろうか少し安心する。

 いい事思いつきました。


「ポール、待機室でセシリーが周りに迷惑かけていませんでしたか?」

 セシリーより先に御者であるポールに先に話しかける。今日の無駄な夜会へのイライラの発散と、セシリーへのちょっとした悪戯だ。

 ポールは少し驚いた顔をしていたが、「いえいえ、大人しく……うーん……大人しくしてましたよ。」と微妙に言葉を濁しながら応える。何があったんですか……。

 最初は「なんで無視するんですかぁ……。」とわたしに食い掛かっていた彼女もポールが微妙な顔をしているのを見ると、斜め上を見て冷や汗を掻き出す。

 このメイドわかりやすすぎませんか……。


「それで?わたしの専属メイドのあなたは何をしでかしたんですか?」

「何もしておりません。」

「主人に嘘をつくんですか?」


「うぅ……。」と呻き声を上げながら頭を抱えるセシリー。いつものことですが顔に出過ぎです。


「えっと……エメラルド家のメイドと少し口論になりまして……。」

「それで?門の前で待てていたということはそんなに大事にはなっていないのでしょう?」

「はい!大事にはなってません!

 エメラルド家の付き添いのメイドさんが紅茶を入れてくださいまして。その時にこの紅茶はこう淹れるのが正しいって言っちゃいまして……。」

「それで大喧嘩になったと。」

「違います!少し口論になりましたが、わたしが実践してみせました。その紅茶を飲んでいただいて、納得していただき、仲直りいたしました。あと仕事が休みの日は一緒に遊びましょうという約束をしました。」


 話の展開が早すぎないだろうか。というか1日で他家のメイドと仲良くなるどころか遊ぶ約束を取り付けるっておかしくないでしょうか。


「シーラさん……えーと、エメラルド家のメイドさんも紅茶について造詣が深いみたいで、この国では手に入れることが難しいような紅茶も知ってたんです!それと紅茶に合うお菓子も手作りしてるみたいで、それは今度会った時に教えてもらうんです!」


 多分この勢いで話していたのだろう、待機室で目立っていたのは確実だ。

 ポールも焦ってたんでしょうね、口論になったと思ったらすごく仲良くなってるし、止めるべきかそのままにすべきか悩んでそのままにしてた。だからあんな微妙な反応だったのだろう。

 それにエメラルド家のシーラですか……あぁ!あの他国から来たという褐色肌のメイドですね。

 ……あれ?エメラルド家現当主の専属メイドだったような。まぁいいでしょう。


「楽しかったですか?」

「はい!他家の同業者とこんなにも話せることなんてなかったので勉強になりました!」


 セシリーは満面の笑みで答える。

 一応仕事で来ているはずなんですが、その反応はどうなんでしょうか。

 まぁエメラルド家のメイドとパイプができたのは良いでしょう。専属メイドなのでそう簡単に内部の情報を漏らすことなんてないでしょうが。

 というか彼女の言い方的に他家の使用人とも仲良くなってませんか?わたしは孤立してたのに。


「お嬢様はどうでしたか?楽しかったですか?」

「全く。あぁ、次の仕事の対象が見つかったので憂鬱なくらいですね。」


「えー、お嬢様も仕事のこと忘れて楽しんでくださいよー。」と口を尖らせて非難するが、「夜会は仕事です。あなたみたいに遊んでるわけじゃないんです。」とわたしは返す。


 夜会に行くことは楽しくないけれど、こうやってセシリーの笑顔を見れるならそれでもいいかもしれないですね。

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