10歳 運命の出会い

1

「ほ、本日よりお嬢様の専属メイドを担当させていただきます、セシリーと申しましゅ……申します。これからよろしくお願い致します!」


 この一言からわかる通り、過度に緊張しながら目の前の赤毛の少女が告げた。

 その燃えるような赤毛のショートカットは至る所がはねていて

 年は……わたしより2つ、3つ上だろうか?うっすらとそばかすのある顔は女性というよりは少女である事を思わせた。


「わかりました、これからよろしくお願いします。ですけど今日はこれから学修があります。申し訳ありませんがもう仕事の内容をクラーラから聞いておいてください、もしかしたらもう聞いているかもしれませんが。頼みましたよクラーラ。」


 一緒に紹介に来ていたクラーラの、かしこまりました。という答え聞き、わたしは自室を後にする。

 これが、わたしの運命を変える魔法使いとの、わたしらしい冷たい出会いだ。





「アリサ様には人の心が無いのですか!」


 2年ほど前だろうか、わたしが友人だった人に言われた言葉で

 これが世間一般のわたしへの評価。

 脱税を働いていた領主を追放へと追いやった。

 それが周りから見れば懇意にしていたと思われる友人の父だった。ただそれだけだ。

 ただそれだけなのだが、わたしは人の心の無い子供として扱われ、忌み嫌われた。

 まぁその友人を使って証拠を調べたり、確証を得るために利用していましたが。

 今朝のセシリーの過度な緊張もその評価を聞き、わたしの事を恐れての事だろう。

 人の心が無い人間に一生仕える、災難なことだ。


 でも、こんな評価を気にしない奇人がごく稀に

「アリサ様?ボケた老人のようにぼーっとされてどうかなされましたか?」

 ……いるのだ。


「いつもは大人でも解けないような問題を出すのに、今日に限ってわたしのような歳の子供でも解ける簡単な問題だったので暇なだけです。」

「流石はアリサ様、いつもは難しい問題ばっかりだったので簡単な問題を出せば油断し、ケアレスミスしてしまい、そんな問題も解けないんですか?100年に一度の才女も地に落ちたものですね。と私に煽られ、悔しさから泣きだしてしまう面を拝みたかったのですが、そう上手くはいかないようです。」


 ……そんな奇人がいるのだ。

 この丁寧な口ぶりなのに他人をイラつかせることしか頭に無い眼鏡男の名はディートハルト、わたしの教師だ。

 知識量はこの国で1,2を争うレベル、そして教師としても一流、ついでに容姿端麗、三拍子揃った男。

 しかし発言に多大な問題があり、中央の学者をやめさせられ、教師としてもたらい回し、最終的に3年前、わたしの父に拾われここにいる。

 問題のある人間だが、なんだかんだ能力はあるので使わさせてもらっている。

 問題もとっくの前に解けてしまい暇なので、今日からわたし専属メイドになった彼女の評価を聞いてみましょうか。


「そういえばディートハルトは、我が家のセシリーというメイドは知っていますか?」

「セシリー……ですか、半年前くらいに来た、あの野良犬のように手入れの行き届いてない赤いはねっ毛のメイドですかね?」

「その表現、本人には伝えないでくださいね。ショックで実家に帰ってしまう可能性がありますから。

 ……彼女の事ディートハルトにはどう見えています?」

「どう、ですか……一言で言うならポンコツかと」


 この表現、かなり辛辣だと思われるかもしれないが、わたしも同じ意見だ。

 記憶にある彼女は、いつも誰かに注意されているか、危なっかしそうに仕事をこなし、周りをヒヤヒヤさせているかの2つしかない。


「それで、そのポンコツメイドがどうしたんですか?」

「……今日から彼女がわたしの専属メイドになったんです。」

「おぉそれはそれは、それで朝一番、人の心を持っていないお嬢様に水でもぶっかけたのですか?」

「流石にそんなことをされればここには来ていません!」


 わたしをイラつかせ、語気を強めさせたのがさぞ嬉しいらしくディートハルトはニヤニヤしている。

 ……この性悪メガネ、わたしがクビにしたら行く場所なんてないのに。


「……ですが」


 ディートハルトは少し真面目な顔になり、

「彼女には他の人にはない長所があります、それがアリサ様にとって大事だとメイド長様も気がついたから、あのポンコツメイドを専属メイドにしたのだと私は思います。」

 と告げた。


 長所?大事?部下のミスを許す気概を持てとかそんな事なのだろうか。

 しかしそんな事を学ばせる為にクラーラが専属メイドという高い地位を用意するだろうか。

 専属メイドにするということはわたしが何処か嫁ぐ、もしくは嫁いだとしてもわたしが望めばずっと側に置ける。つまり1人の人生をわたしの為だけに使わせる、簡単に言えば高給が貰える奴隷だ。

 そのため能力があり尚且つ主人に忠誠を誓える人物が専属メイドに選ばれるわけだ。

 わたしの専属メイドからはどちらも感じ取れないが。


「その長所、ディートハルトは知っているのですか?」

「知っています。まぁすぐにわかりますよ、とてもわかりやすく、それでいて強烈ですので。」


 わかりやすくて強烈……?それはどういう?

 そう聞き返そうとしたが、チラとディートハルトは時計を見て、


「時間ですし、今日の学修はこの辺にしておきましょう。それでは次回までの課題としてそのポンコツメイドの長所をまとめてもらいましょう。」


 そう言って彼は部屋を出ていった。

 ……それは課題ではないと思う。





 昼食時にもセシリーは専属メイドの仕事をわたしに見せることはなかった。

 昼食後の紅茶を出すのが一応専属メイドの仕事のはずなのだが、昨日と同じくいつものベテランのメイドが淹れてくれた。

 今日は挨拶だけで、本格的な業務は明日からなのだろうか?

 そんなことを考えながら自室へと戻ろうとしていると何か慌てた様子で駆けていく小柄で青みがかった黒い長髪が特徴のメイドを見つける。クラーラだ。


「クラーラ、そんなに慌ててどうしたのですか?」

「少し至急の用事が出来てしまいまして……お嬢様は今から自室にお戻りでしょうか?」

「えぇ、そのつもりでしたが……」


 そう答えると少しクラーラは眉をひそめた。

 いつもこの時間は自室で過ごしているが、何かあったのだろうか?


「自室の方で何かありましたか?模様替え等は今日の予定になかった気がしましたが……」

「お嬢様、本日はお庭か書斎でおやすみになられたらどうでしょう?」


 ……明らかに話題をそらしている。

 何があったかは大体予想がつくが、ここは聞かないでおこう。


「わかりました、今日は書斎の方で休みます。2時間ほどしたら中庭に行きますので、その時に紅茶をお願いします。セシリーにもそう伝えておいてください。」


 承知致しました。とクラーラは少しほっとしたような声で答えた。

 そうだ、ちょうどいいことだし課題に関して意見を聞こう。


「クラーラ、少し聞きたいことがあります。」

「なんでしょうお嬢様」

「なぜわたしの専属メイドにセシリーを選んだのですか?」


 早速きたか……っと言った感じでクラーラは難しそうな顔をした。

 なんだかこんなに焦ってる顔の彼女を長い時間見るのは初めてな気がする。


「率直に申し上げますと、セシリーがお嬢様には必要だからです。」

「彼女の仕事ぶりは少し見たことあります、その上でわたしが聞いているのだとしたら?」


 自分ながらに意地の悪い言い方だと思う。

 なぜそんな人間を大事な地位を与えたのか、そしてその地位を与えた本人の資質も問いている。

 なんでこんな冷たい言い方しかできないのだろう、もっと聞き方があっただろうになんて思いながら。


「セシリーは不器用で、お世辞にも仕事ができるとは言えません。」

 先ほどまでの険しい顔ではなく、少し微笑みながら

「それでも私は思います、セシリーはお嬢様の未来に必要な人間だと。」

 と、わたしの目をしっかりと見据えながら言い切った。


 正直わたしは驚いていた。

 クラーラはクールで自分にも他人にも厳しいそんな人間で、わたしの前で笑っているところをあまり見たことがない。それが彼女なりの従者として矜持なのだろう。

 例えば今みたいに、少し微笑みながらなんて見たことがない。


「お嬢様もすぐにはわからないかもしれません、ですがこの後片鱗くらいはわかるのではないのでしょうか。

 まぁその前に件のセシリーがお嬢様の私室のカーテンを盛大に破きましたので修復してまいりますが。」


「それでは失礼致します。」と言いながらお手本のようなカーテシーをし、わたしの私室へと向かっていった。

 片鱗とはなんなのだろうか、この後といえば……庭で紅茶を淹れてもらうときだろうか?

 ここまでの話と今までのセシリーの行動を考えると、淹れた紅茶がわたしにかかる未来しか見えないのだけど……。

 あと、わたしの私室のカーテンってかなり大きかったし、簡単に破れるような物じゃなかった気もしますが……。

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