第1話-2


(1)


 次の日に学校へ行くと、さっそく芽留(める)に「例の占いどうだった?」と聞かれた。真理絵(まりえ)が「誕生日がわからないならまた来てくださいって」と言うと、

「聞けてなかったの?」

 と残念そうに言われる。なんだかんだ女子高生らしく興味を持っていたらしい。


「こっそり免許証とか見れない?」

「それも考えたけどチャンスがなくて」


 芽留たちのやり取りにごうを煮やした鈴鹿(すずか)が口を挟んだ。

「付き合ってるんなら、じかに聞いたらいいじゃん」

「でも、理由を聞かれたら答えられないし……」

 肝心なところで臆病になる真理絵だった。「相性占いがしたいって言って、子どもだと思われたくないもん」


 鈴鹿のきっぱりした物言いに、真理絵は肩を落とす。想い人イアンとは、年の差や文化の違いなど考え出したらきりがない。

 そんな真理絵を芽留がかばった。


「……鈴鹿の言いたいことはわかる。でも、聞けないこととか不安なことがあるから占いに頼ろうと思ったんでしょ」

 ただ、と言葉を切った。

「どうしようもないときは、まりえも勇気を出さなきゃいけないと思う。聖騎士(ホーリーナイト)の強さは〝純粋な心の力〟。

 駄目もとでイアンさんにぶつかってみたら?」



 ● ● ●



 土曜日の午後。真理絵は昨晩からけんめいに部屋を片づけて、お客さんを迎え入れた。真理絵が背筋をのばし、うっとり見つめる先には。


( イアンさん、やっぱり格好いいです…… )


 イアンが参考書をつかって英語を教えてくれている。きれいな発音に聞き惚れ、横顔に見惚れつつ、真理絵は一文字も書き漏らさないよう必死でノートを取った。

 まだ誰にも話していなかったが、真理絵はいずれ母国に帰ってしまうイアンを追って留学したいと考えていた。そのために苦手な英語も頑張ろうと決心していた。


「ここまでです。よく頑張りましたね」

「あ、ありがとうございます……!」

「お手洗いを借りますね。戻ってきたら確認をしましょう」


 イアンが部屋から出ていくと、真理絵はかれの鞄に目をやった。財布のなかに免許証とか何かがあって、生年月日も分かるだろう。

 少しだけ悩んで、真理絵は手をのばした。




「──マリエ?」

 トイレから戻ってきたイアンは、自分の鞄の横でちぢこまる年下の恋人を見つめた。真理絵はばつが悪そうに目を逸らす。

 何かありましたか、と聞こうとして少しだけ鞄の場所が変わっていることに気づいた。

「………」

 彼は開きかけた口を閉じる。

「……イアンさんは……何も聞かないんですか?」

 おそるおそる伺う真理絵に、イアンはすっととなりに近寄って微笑んだ。「──聞きませんよ。私からは。マリエが、自分から話してくれると思っているので」

「………!」


 真理絵はみるみる顔を真っ赤にして、ごめんなさい、と白状した。相性占いをしたくて誕生日を知りたかったことを話すと、イアンは合点がいったように「なるほど」と言った。

 どうやら彼は、真理絵がじぶんの誕生日を知りたがっているのは分かっていたらしい。以前に聞かれたとき「どうして知りたいんですか?」と逆に聞き返したのは、話をそらすためだったと言う。


「なんで話をそらしたんですか……?」

 と真理絵がたずねると、今度はイアンがきまりの悪そうに視線をただよわせた。

「いや……実は」

「じつは?」

「明日が誕生日なんです」

「……!」

 おどろいて固まった真理絵に「秘密にしたかったわけではなくて」とイアンはいそいで言葉を継いだ。

「付き合ったばかりで、マリエが気をつかうといけないと思って黙っていました」

「そんな……」


 わずかに緊張が解けた真理絵は、視線をただよわせて目が合わないようにしている年上の恋人を見上げた。──なんだか頬があかい。イアンさん、まさか照れてる?

 真理絵の胸にしぜんと愛おしい気持ちが込み上げた。硬直がとけて彼の手に触れる。


「あの……明日は間に合わないですが、イアンさんのお誕生日をちゃんとお祝いしたいです。

 来年は……ぜったい、一緒にお祝いしましょうね」


 そのままイアンと目を合わせる。これまでにないほど近く、たがいの息が交わるほど近かった──……。


 乱暴にドアが叩かれる。返事を待つまでもなく、ガチャリとドアを開けて青年が入ってきた。

「……っ!」

「け、健太(けんた)!?」

「あー……おばさんが持って行けって。彼氏とイチャイチャしてるとこ、邪魔して悪かったな」


 真理絵が「健太」と呼んだ青年は、机の上にジュースとクッキーがのった盆をドンと置いて出ていく。去り際に、じぶんを睨んだことをイアンは見逃さなかった。


「マリエ、彼は?」

「うちの柔道場に通ってる男の子です。1つ年下ですけど生意気で。小さいころは可愛かったんですが……」


 青年が出ていった扉をイアンはちらりと見た。真理絵は「イアンさん?」と首をかしげて伺う。

 イアンはなんでもありませんよと言って、「では勉強の続きをしましょうか」と柔らかく笑った。




(2)



「無事に聞いて来られました」

「それはよかったですね」

 真理絵はふたたび占い師を訪ねて、イアンとの相性占いをやってもらうことができた。

 雑誌やSNSでも評判のいい〝たけのこ先生〟のお告げを真理絵はしっかりとスマホにメモする。イアンのことを答えたり、「彼って・・・かしら?」と尋ねられたりするたび顔を赤くする真理絵に、占い師はやさしい口調で語りかけた。だんだん不安な心がほどけていく。

「もし、困ったことがあったらまた来てくださいね」

「ぜひお願いします!」

 占う前よりもずっと柔らかい表情をして真理絵は帰った。




 帰り道、真理絵は家のちかくの川辺で見慣れた人物を発見した。すこし小走りして、

「健太もどこかに出かけてたの?」

 と、前方に回りこんで幼なじみを呼び止める。健太は「……おう」とそっけなく返事したが、歩く速度をゆるめて真理絵に合わせてくれた。川辺に夕日が差しこんできらきら光っている。


「こうやって並んで歩くの、久しぶりだね」

「小学とか中学のときはよく一緒に帰ったな……」

 横にいる健太へ真理絵は嬉しそうに手を伸ばした。「ねえ、すごい身長伸びたね!」

 とつぜん近づいた距離に、健太は飛び跳ねるように一歩後ずさった。夕日に照らされ、顔は赤らんでいても分からない。


「いきなり……近寄んなよっ」

「ごめん、ごめん。でも中学のときは私が見下ろしてたのに同じぐらいになったね」

「……すぐ抜かしてやるからな」

「生意気なんだから。でも、楽しみにしてる」


 たがいの家の分かれ道に差しかかり、真理絵はにこにこと笑いながら手を振って健太と別れた。

 背中をじっと見送る青年の視線に気づかないまま。




 やさしい表情と、ゆっくりした語り口で相談者の気持ちを解きほぐす──占いは相談者の様子から望まれる言葉を選び、不安をやわらげる要素も大きい。

 暗く思いつめた表情で『片想いしている女性を振り向かせたい』と相談した青年に、どんな言葉をかけようかと占い師は考えていた。


「好きな人の気持ちを振り向かせたいんですね?」

「………」

「でも、相手には恋人がいて望みがない。それでは……」


 占い師はテーブルに置いてあった鍵付きの箱から、ラベンダーの香りがする小袋を取り出す。

「とっておきのおまじないを教えましょう──これで、相手はあなたの思い通りになりますよ」


 ドライフラワーの小袋を手渡されて疑念の表情を浮かべた青年に、占い師はやさしくほほえんだ。




<NEXT?>


イアンさんは9月20日生まれかな。乙女座です。

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