初恋の騎士は嘘に気づかない
小柴
第1話-1
この世はときどき不思議なことが起こる。
でも、猫が浮いて見えたとかそっくりな人に会ったとか、こじつけで説明できる出来事じゃなかったら。
そういうのは脳が処理できずに忘れてしまうのだとしたら、私たちの周りはたくさんの不思議な出来事であふれているのかもしれない。
神宮寺(じんぐうじ)真理絵(まりえ)は169センチとやや高い身長以外、平凡な女子高生だった。
今、真理絵はポニーテールを揺らし、なかば浮いているような足取りで通学路を歩いている。ほっぺたもゆるんで通りがかりの人に笑いかけていた。
真理絵は初恋に浮かれている。
そして、その恋を叶えたばかりなのだ。
「そんなに気抜いて、背中からブッ刺されても知らないよ」
「……無理。今のまりえには何を言っても入らないから」
となりを歩く光宮(こうみや)鈴鹿(すずか)と風谷(かぜたに)芽留(める)が呆れたように言う。あかるい髪色に制服を着崩したギャルが鈴鹿で、おとなしそうで読書の似合う少女が芽留だ。
全くタイプの違う3人だったが、おなじ秘密で結ばれていた。
「前に戦ったヤツが現れたら、まりえ、
「イアンさんなら『君に良くないなら別れよう』って言いそう……」
「それは、困ります……!」
真理絵はおどろいて目を開き、ゆるんでいた頬を両手ではたいた。イアンとは真理絵の恋人だ。そして真理絵を〝聖騎士(ホーリーナイト)〟の一員にみちびいた指導官でもあった。
──この世はときどき不思議なことが起きる。
良いことだけでなく悪いことも。それに対処できるのも、不思議な力だけだ。
〝聖騎士(ホーリーナイト)〟とは一般に認識されない、不思議な悪いことを解決する人々だ。人知れず活動して存在も隠されている。
真理絵は半年前に聖騎士の見習いになった。芽留は8ヶ月前、鈴鹿は1年前。若い人材が多いのは、その強さが〝本人の能力×純粋な心の力〟だからだ。純粋な心の力は青年期から成長し、その時期がもっとも強い。
だが、一度負けるとほとんどの聖騎士は力を失ってしまう。悪いことは心の力を汚染してしまうからだ。不思議な力をつかって戦う聖騎士──この国で魔法少女と呼ばれる存在に近い──が彼女たちの秘密だった。
(もちろん男性もなれる。でも何故かこの国では女性が発現しやすい)。
9月のあかるい夕暮れ、日ざしにまだ夏の暑さが残っていた。にぎやかな校門からすこし歩いた通学路で、背の高い男性が車のそばに立っている。
通りがかりの女性たちは「おとぎ話の王子様みたいだ」とおもわず目をうばわれた。光に透ける金髪、空を映したような青い瞳──かがやく容貌の金髪碧眼の男性こそ、イアンだった。
いちはやく気づいた真理絵は前髪に手をやると、鈴鹿たちに短く断りを入れ、頬をそめながら小走りで彼の元に駆け寄る。
「ああいう王子様タイプに一目惚れしちゃうとか、まりえってホント分かりやすいね」
「芽留は王子様より、ロマンスグレーのおじ様がいい……」
と鈴鹿と芽留はつぶき、やれやれと恋人たちに手を振った。真理絵の浮かれぶりに釘を刺しつつ、内心では友達の恋を応援していた。
● ● ●
「イアンさん」
車のせまい空間。恥ずかしくて手にはまだ触れられない。真理絵は恋人の横顔を見上げて視線ですがった。「……帰りたくないです」
「だめですよ」
どの角度からでも見惚れてしまう年上の恋人は、はっきりと断った。
「あなたを門限までに帰すと約束したんですから」
真理絵を学校から家まで送るのがいつものデートだ。
イアンは真理絵から告白されたその日に「ご両親に挨拶させてください」と神宮寺家を訪れた。
おどろいたのは両親である。夕飯どき、いきなり現れた金髪碧眼の外人イケメンに「お嬢さんとお付き合いさせていただきます」と開口一番で宣言されたのだから。
『真理絵に男は早すぎる。認められたかったら修行してこい!』が口癖で柔道の師範をつとめる父も、『あらあらイケメンね』と頬をそめた母も、イアンの堂々たる姿に反論の言葉すら浮かばなかった。
そして約束──18時の門限までに真理絵を家に帰すこと、成人するまでキス以上はしないこと──をして、二人の交際は認められたのだ。
「でもまだ明るいのに……」
「約束は約束です。ご両親に安心していただくためにも」
学校が終わって18時までなんてみじか過ぎる。真理絵は唇を横にひいて恨めしげに首をすくめたが、イアンは「時間ですよ」と車から降りるよう急かした。しぶしぶ学生鞄を手にとった彼女に、
「マリエ」
とイアンは名前を呼んだ。振りむいた額にやわらかい感触が落ちる。
「口には早いですがそのうち」
「〜〜っ」
真理絵は真っ赤な顔をして、イアンの車が曲がり角に見えなくなるまで見送った。
(2)
『今月の蟹座のあなたの恋愛運は……
恋人と気持ちがブレてしまいそう。微妙なズレや居心地の悪さはがまんすべき時期です』
真剣な表情で雑誌へ視線をそそぐ真理絵に、鈴鹿が後ろからきっぱりとした声で言った。
「『恋人と気持ちがブレそう』? まだ付き合って間もないのにブレるとかある?」
率直な友人の言葉に、真理絵は不安げな表情でふりかえった。
「でも鈴鹿、ただの占いじゃないんだよ……あの、たけのこ先生の占いだよ……!」
名前を聞いてもピンときていない鈴鹿に、芽留がフォローをいれた。
「まりえの言ってる〝たけのこ先生〟は人気の占い師……。ウワサでは、恋のおまじないをすれば告白の成功率100%なんだって」
「はあぁ……」
すっかり信じて肩をおとす真理絵に、鈴鹿は呆れた目線を送った。あまり彼女は占いを信じないタイプらしい。芽留は結果がよければ信じるようだ。
でも、と真理絵はもういちど恋占いのページを見つめた。
「今度、直接占ってもらいにいこうと思って。イアンさんとの相性占いをやってもらうんだ」
そうすれば今よりもっと上手く付き合えると思う。真理絵は強い決意を眉頭ににじませて前を見上げる。
やれやれ、と鈴鹿は冷静にかえした。
「……まりえがそうしたいならそうすれば。でも、思った通りの言葉がもらえなくても、イアンさんに距離を作ったりしちゃダメだからね。二人でいる時間を大切にしなよ」
──さて、占いで『恋人との関係を発展させる』計画を立てた真理絵だったが。大きな壁が立ちはだかっていた。
( どうしよう……イアンさんの血液型も誕生日も知らない…… )
相性占いには血液型や誕生日が必要だろう。たぶん。
聞こうとしなかったわけではない。だが、邪魔が入ってタイミングを逃したり「どうして知りたいんですか?」と逆に聞かれて答えられなかったり。けっきょく真理絵は誕生日が分からないまま、占いの日を迎えてしまった。
駅前にある雑居ビルの上階、予約の時間になって順番待ちの列から案内される。緊張で頬を赤らめながら、真理絵は奥の小部屋に入った。
部屋は6畳ほどの広さでうす暗かった。ブルーの色調にまとめられ、無数のランプが天井から吊るされている。テーブルをはさんで小柄な女性が座っていた。ラベンダーの香りがふんわりと漂っていた。
「どうぞ、おかけください」
丁寧な言葉づかいでイスを勧められ、真理絵はおどおどしながら座る。
相性占いをお願いして、案の定イアンの誕生日を聞かれた。正直にわからないことを白状すると、女性は「困りましたね」と言った。女性の手元には12星座のマークが描かれた円形の表があった。
「私はホロスコープ(西洋の占星術)で占いをしています。日付によって星の位置が違うので、誕生日がわからないと占いが正確でなくなってしまうんです」
「そうなんですね……」
「もしよかったら、聞き出せたときに改めて来ませんか。予約を管理している人にも伝えておきますから」
「え! 本当ですか!?」
ありがたい申し出に、真理絵は立ちあがってお礼した。ペコペコと頭を下げてまた来ます!と言う。
帰り際、女性はやわらかな口調で真理絵に声をかけた。
「もし、聞き出せなかったらですが。……とっておきのおまじないがあるんです。それを教えるので、ぜひ来てくださいね」
<NEXT?>
ちょっぴり不思議な魔法少女モノです。どうぞお付き合いください!
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