第31話
《桐島勇磨サイド》
突然、担任に校内放送で呼び出された。
騒々しかった空間は一変。教室にいた生徒たちの視線は一斉に俺の方へ向けられる。
「アンタ、なんかしたの?」
「いや、なにも悪さはしてないはずですが……」
隣に座る海凪に話しかけられた。彼女は心配そうに上目遣いで見詰めてくる。普通の女性ならあざとく見えてしまうが、海凪は不思議と可愛く見えてしまう。これが彼女補正か。
「あっ! もしかして、あれかも……」
「ん?」
「昨日、教卓蹴ったじゃん。きっと、それじゃない」
「えっと——。蹴りましたっけ?」
「えっ⁉ 覚えてないの?」
全然、思い出せない。そんなことをした記憶がない。
「私を連れ出そうした時に、怒って教卓蹴ったの覚えてない?」
「——いや」
「『一回、黙れクソ教師』って罵倒して教室を飛び出したのは——」
「俺、そんなこと言ったんですか?」
これは昔からだが、俺は頭に血が上ると一部の記憶が抹消される。
海凪を連れ出したのはバッチリ覚えているが、担任を罵倒した記憶はない。
「多分、昨日のこと根に持ってて怒られるかもよ」
「マジですか……」
転校して一週間も経ってないのに、職員室に呼び出されて怒られるなんて信じられない。とんだ問題児だ。
「ほら、早く行かないとまた呼び出されるよ」
「ああ、行きたくないです……」
椅子から立ち上がり、重たい足を引きずって職員室へ歩き出す。クラスメイトは他人事のようにクスクス笑ってやがる。無性にイラッとしたので去り際に睨んでおいた。
◆◆◆
「——失礼、します」
恐る恐る職員室へ入ると、担任が仁王立ちで待ち構えていた。
「桐島。取り敢えずそこに座りなさい」
「は、はい……」
仁王立ちする担任の前には丸椅子が用意されていた。俺は遠慮なくその丸椅子に腰を下ろす。
「今、職員室には先生と桐島君の二人しかいない。だから安心しろ」
「は、はぁ……」
挙動不審に辺りをキョロキョロしていると担任に笑われた。
とても怒られるような雰囲気ではない。むしろ機嫌が良さそうだ。表情筋が緩んでいる。
担任も俺と目線を合わせるため、丸椅子に腰を下ろす。
「もう今日は花金だな」
「そうですね」
「どうだ、転校してみて。この学校で高校生活は満喫できそうか?」
「まあ、恐らく……」
「なんだ、その歯切れの悪い返事は?何か気に食わないことでもあるのか?」
「いや、別に」
口調は授業の時よりも穏やか。生徒思いの教師を“演じている”。
「俺は先生と世間話するためにわざわざ校内放送で呼び出されたんですか?」
「まあまあ、そうカリカリするな」
機嫌が悪い俺を担任は胡散臭い笑顔で宥めすかす。
「お前を呼び出したのは藤春についてだ」
「藤春さんがどうかしたんですか?」
「桐島と藤春は付き合っているのか?」
「はい。見ての通りラブラブですけど」
「そうか——」
俺の返答に少し笑顔を崩し下を向く。そして真剣な面持ちで正面に向き直る。
「藤春にあんま近づくな」
「はぁ⁉ 今なんて……?」
担任のビックリ発言に思わず聞き返す。
「藤春には近づくな!」
今度は語気を強めてそう忠告する。
俺は担任の言っていることが理解できず開いた口が塞がらない。
「——今すぐ別れろと?」
「いちいち言わなくても分かるだろ?」
コイツは本当に学校の教師なのか。人の恋路に水を差すなんて正気の沙汰じゃない。教師以前に人間として終わっている。
「若いうちはいくらでも恋愛ができる。早々に今の恋を諦めて新しい恋を見つけなさい」
「——」
「そう落ち込まなくても、見てくれの良いお前ならすぐに彼女ができるさ」
「——」
クズ過ぎて返す言葉が見つからない。得意げに新しい恋を提案する姿に強烈な吐き気を催す。ここまで人に嫌悪感を覚えたのはいつぶりだろうか。
「彼女と別れないといけない理由を教えてくれませんか?」
「だから、そんな事いちいち言わなくても分かるだろ!」
切れ気味にそう言われた。切れたのはこっちの方だ。
「藤春と一緒にいるとろくなことにならない。学校にまだ慣れてない転校生が関わっていい人間じゃない」
「ろくなことってイジメの件ですよね?」
「ああ、そうだ。分かってるんならさっさと別れろ」
「イヤです」
「チッ」
俺の反抗的な態度に苛立ちを覚えた担任は大きく舌打ちする。危うく目の前に合った椅子を蹴り上げようとしたが、さすがに直前で止めた。
「別に校則で生徒を虐めていた女子と付き合うのはダメだと規定されていませんよね?」
「そんな細かいところまで取り締まらない」
「なら俺たちにこれ以上、構わないでください」
「またそれとこれは別で——」
「それとこれは別でってなんですか? ちゃんと説明してください」
「——」
「ろくに説明できない人間が出しゃばって来ないでください」
「——」
何も言い返すことができず、下を向いて黙り込む。それでもアンタは生徒の前に立つ教師か。
酷く哀れな姿に呆れかえった俺は椅子から立ち上がり、職員室のドアに手をかける。
「——お前まだ、前の高校での出来事引きずってんのか?」
担任の言葉が耳に入り自然と手が止まる。
「お前も同じように虐められた過去があるからアイツ(藤春)に同情してるだけだろ?」
「——っ!?」
「過去の自分と重ねるな。また同じ轍を踏むことになるぞ」
「——黙れ‼︎」
故意にドアを強く閉める。眉間がピクピクと激しく痙攣する。扉の窓に映る俺の目は血走っていた。
穏便に済ませようとしたが、理性が最後まで持たなかった。担任のつまらない煽りに負けるなんて一生忘れられない屈辱だ。
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