第30話
《水戸涼花サイド》
「涼花ちゃん⁉ 大丈夫なの?」
「てっきりもう学校に来ないもんかと思ってた」
「まだ本調子じゃないんなら、休んだ方がいいよ——」
一か月ぶりの登校。教室に入ると案の定、周りに人が集る。
ただ人より裕福な家柄と人より顔が整っているという理由で、みんなにもてはやされる。
長期間休んだ後でも変わらず“腫れ物扱い”。
私の事を本当に心配してくれるのはほんのひと握りの人間だけ。ほとんどのヤツらが上辺だけの関係だ。
「全然元気だから心配しなくてもいいですよ」
「本当かな。今度辛いときがあったら、ちゃんと私たちに相談してね」
「次回からそうします」
信頼していない相手に相談なんか出来るはずがない。余所行きの笑顔で誤魔化す。
「藤春先輩ってホント酷いよね。涼花ちゃんが体調崩して学校休んでる間、呑気に学校に来てさ、普通に授業受けてんだよ。マジ信じらんない。どんな神経してんの?あの人に会いたい人の心とかないのかな――」
たった一ヶ月で藤春先輩の好感度は地の底まで落ちたようだ。後輩からも人格者として人気が高かったが、今では私と同じ腫れ物扱い。
同級生たちは嬉々として藤春先輩の悪口を言っている。彼女の真の部分を知らない愚か者たちが猿のようにワーワー騒いでいる。
「藤春先輩とはあれから会ってないよね?」
「いや、ついさっき会いに行きましたけど」
「なにやってんの! また虐められるよ!?」
今の憔悴し切った先輩を見て何故そんな事が言えるのか不思議だ。
あの状態でまた、私を虐めるなんて天地がひっくり返っても有り得ない。もう少し人のことをちゃんと見てから発言して欲しい。
私の席を中心に蟻地獄のような人集りができる。人が集まりすぎて、何を言っているのか全く聞き取れない。いくら耳の良い聖徳太子でもこの人数相手には太刀打ちできないだろう。
「藤春先輩とは絶対関わらない方がいい。痛い目に合うのが目に見えてる」
「涼花ちゃんって物好きなんだね」
「部外者のオレでも藤春先輩はムリだわ〜。外見が良くても中身ブスとか論外」
みんな好き勝手先輩を馬鹿にしやがって。部外者なら黙っとけ、アホ、ボケ、カス――。ゴホン、心の中で取り乱してしまった。
「皆さんが思うより藤春先輩はとても優しいお方です。これからも友好的な関係を築いていきたいと思っています」
私の発言に教室中がざわめく。考えられないと驚嘆の声が声が上がる。
「涼花ちゃん、頭だいじょーぶ?」
「精神的におかしくなっちゃたのかな……」
「最近よく聞く“共依存”だったりして?」
みんな一応、うわべ上では慕ってくれているはずなのに本人の前でノンデリ発言を連発する。先ほどまでの暖かい空気から一転。憐れむような目を向けられる。
「共依存、か……」
ノンデリ発言の中でそのワードが少し引っかかった。
薄々、先輩と私の関係は異常だと気付き始めていた。恐らく周りの人の反応が普通なのかもしれない。冷静に考えたら自分を傷つけてきた相手とまた行動を共にするなんて聞いたことがない話。まるでDV彼氏と付き合う彼女のような関係性だ。
私は常に先輩を欲していた。それは虐めらる前も虐められ後も同じだ。先輩と一緒にいるうちに二人の仲は深まり、先輩の隣にいることで自分の存在価値を見い出すようになっていた。これは先輩と自分を照らし合わせてきた代償なのかもしれない。
私が学校に来れなかった真の理由——。実はまだ、自分でも分かっていない。
別に先輩と顔を合わせるのが嫌で、行かなかったわけではない。むしろ先輩とは毎日会いたいぐらいだ。
イジメが発覚したあと、私に気を遣ってお通夜モードに変わるクラスを恐れていたわけでもない。自分の性格上、どんなアウェイな状況でも堂々と学校に行ける自信がある。だけど、だけど——何故か私は学校に行けなかった。
大好きな相手がある日突然、私を虐めてくるようになって気が動転した。
勝手に自分と重ねて先輩のことを全て分かっている気でいた。先輩と私は常に心が通じ合っていると過信していた。
ただ、私は遊ばれていただけなのでは……?
ただ、私が一方的に依存していただけなのでは……?
わからない、わからない、わからない、わからない——。
先輩のことを考えると頭がおかしくなる。
心の奥底に仕舞っておいたはずの“どす黒い感情”が胸の中で渦巻く。
我ながら自分が怖くて、わからない。
「——涼花ちゃん、ボーっとしてどうしたの? まだ具合が悪い?」
「ううん、ちょっと考え事してただけ」
時計の針を確認するとちょうど八時を回ったところだった。もうすぐ予鈴が鳴る。辺りが急に慌ただしくなる。
「ねえ?」
「ん?」
先輩を悪く言った一人に声を掛ける。
「藤春先輩のことは今でもこの世で一番尊敬していてこの世で一番大好きなお方です。だから私の前では極力、先輩の悪口は控えてください。大変気分が悪いです」
「あ、ああ、ゴメン……。今度から気を付ける」
わざわざ引き留めていう事でもないが一応、忠告しておく。
忠告された相手は引き攣った笑顔で謝ってきた。私もいずれは鼻つまみ者にされるかもしれない——。まあ、別にそうなっても構わないけど。藤春先輩がいれば充分だし。
机に突っ伏し、先輩とのイチャイチャ妄想を始めようとしたとき。不意に“呼び出し”のチャイムが鳴る。
『——桐島勇磨君、桐島勇磨君。至急、職員室まで来なさい』
「桐島さん……」
聞き覚えのある名前に反応し思わず顔を上げる。声からして男の先生だ。
教室もより一層騒々しくなってきた。
桐島さんも転校して早々、先輩と告白したということで校内では有名人になっているらしい。
「なにか、問題でも起こしたのでしょうか……?」
ちょっと心配だ。
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