第26話

《桐島勇磨サイド》


某ケーキ屋の前に到着。まだ一回しか行ったことがないため、ちょっと迷った。


「——あら、いらっしゃ~い」


店内に入ると海凪のお姉さん——藤春晴凪が入口で待ち構えていた。長い髪を後ろに纏め、前髪が目にかからないようにウサギのヘアピンを付けている。前回会った時とより可愛さが増していた。


「あそこの席に座って~」

「は、はい」


二人掛けの席に促される。机には既に水が用意されていた。


「ケーキとか普段食べる〜?」

「甘党男子なんでけっこう食べますね」

「じゃあ、海凪ちゃんの彼氏ということで特別に大サービス! 特性チーズケーキを召し上がれ~。勿論、無料だよ~」

「え? それはちょっと申し訳ないというか……」

「気を遣わなくてもいいよ~。持ってくるからちょっと待ってね~」


そう言って晴凪は奥に引っ込む。一応財布の紐を緩め、戻ってくるのを待つ。


「——じゃじゃ~ん」


数分もしないうちに奥から帰ってきた。


「いやいや、それって……」

「ん? 髪の毛でも付いてる?」

「ち、違います」


まさかのホールケーキを抱えて登場。甘くて美味しそうな匂いがプンプンするが、サイズが大き過ぎる。明らかにファミリー用の量。成人男性の顔より表面積が大きい。


「凄いデカいですね……」

「食べ盛りだからこのぐらい食べないと~」

「これ全部食べたら、確実に胃もたれ起こしますよ」

「そうかな~。若いから全然大丈夫だと思うけど」


若いからと言って底なしの胃袋を持っているわけではない。特にチーズは適切な量を摂取しないと後々、健康体に害を及ぼす。


「ちなみに私は高校時代、一日に十個チーズケーキ食べたことあるよ~」

「そんなに食べたら死にますよ」

「もぉ~、物騒なこと言わないで~」

「痛っ⁉」


バシバシと肩を叩かれた。意外と叩く威力が強く、肩がヒリヒリする。姉妹揃って手加減が下手だ。


「全部食べれそうにないのなら、私とはんぶんこする?」

「そうして頂けると有り難いです」

「は~い」


シャキンと机の下から出てきたケーキナイフを入刀する。なんか危なっかしい。予期せぬタイミングで切られそう。


「これで食べれそう?」

「はい。なんとか食べれると思います」


量が半分になったとはいえ、多少の胃もたれは不可避。覚悟しなければ。


「——んんん~、いつも通りうま~い。我ながら完璧な味ね」


一方、晴凪は先にチーズケーキを頬張っていた。頬を膨らませて食べるあたり、やはり妹と似ている。


「ほら、私に見惚れてないで、食べなよ~」

「あ、はい、いただきます」

一口サイズに切ったあと、口の中へ運ぶ。

「どう? 美味しい~?」

「まふぁ、ふぁふぁへはいふーへふ(まだ、食べてる最中です)」

「ああ~、ゴメンゴメン」


口の中に入れたと同時に感想を求めてくるのは止めて欲しい。生憎、瞬時に美味しいかどうか判断できる舌は持ち合わせていない。


「——おぉ」


だが僅か数秒足らずで舌が反応し、感嘆を漏らす。


「美味しい……」


まず、フワフワした食感が最高。濃厚なチーズの風味がじわじわと押し寄せてきて口の中で溶けていく。隠し味のレモンとオレンジがいいアクセントになっている。


「メチャクチャ美味しい! 今まで食べてきたケーキの中で一番美味しいです‼」

「甘党男子に絶賛されるなんて照れるね~」


口ではそう言っているが、全く照れている感じではない。妹の海凪なら、とっくに赤面しているような場面だ。


「ケーキ作りは昔から私の専売特許。海凪ちゃんが小学生の頃までは親に見つからないようにこっそり作ってあげてたわ。割と頻繫にね~」


特にチーズケーキは海凪の大好物だそう。いつも美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて気持ち多めに作っちゃうのがクセらしい。だから、この量なのか。


「海凪ちゃんは前から瘦せ型だけど、かなりの食いしん坊さんだったな~。とんでもない量をぺろりと食べちゃう。私とは桁違い」

「え⁉」


チーズケーキ十個でも大概多いのに、それを優に超える量を食していたのか。考えれない。普通に致死量だ。


「桐島クン、お料理得意なんでしょ?」

「それなりにはですが」

「なら、どこかのタイミングであの子にチーズケーキを作ってあげて。きっと涙を流して喜んでくれるわ~」

「そ、そうですか……」


家に帰ったらすぐチーズケーキの作り方をググろう。晴凪が作ったものと比べると味は劣るかもしれないが、頑張ればイケるはず。海凪の喜ぶ姿がもっと見たい。


「ではチーズケーキも食べたことだし、本題に入ろっか~」

「え、もう完食ですか?」


俺はまだ四口目を食べでいるというのに晴凪の取り皿を覗くと空っぽだった。大食いだけではなく、早食いも行ける口なのか。


「わざわざここに呼んだ理由——。それはキミが本当に海凪ちゃんの彼氏に相応しいかどうか見極めるためでぇ~す」

「はぁ……」


アレ、まだ認められてなかったの?


「見極める前にまずは私と海凪ちゃんとの“馴れ初め話”を始めましょうか~」

「馴れ初め話って貴方たち、血のつながった姉妹でしょ——?」


間延びした声で、ぬるっと話し始める。これは全部話し終わるのに相当時間がかかりそうだ。

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