第25話
言葉で説明するのは難しかった。正直、自分でもイジメの動機は曖昧だ。
涼花は堰を切ったように滔々と話す私の目を見て、律儀に頷いてくれる。言い訳に聞こえるかもしれない話を真面目に聞いてくれる。
「——別に理解されなくてもいい。これが貴方を虐めた理由です」
話し始めて三十分が経過。勇磨に話した時よりも丁寧に伝えたせいでだいぶ時間が過ぎた。カラカラになった喉を潤すため、用意されたお茶を一気飲みする。
「自分と重ねないで欲しくなかった——。期待され続ける状況がイヤだった、ね……」
涼花もお茶を飲み考え込む。ブツブツと呟きながら聞かされた情報を頭の中で必死に整理している。
「コホン……」
頭の中で整理がついたのだろう。居住まいを正し、軽く咳払いする
「まず、きちんと包み隠さず全てを話して頂きありがとうございます。先輩の気持ちがやっと把握できました」
礼儀正しく私に頭を下げ、感謝の意を述べてきた。
涼花の仰々しい態度に居たたまれなくなった私は慌てて頭を上げるよう促す。
「先輩の本心がようやく聞けてとても嬉しいです。これで化けの皮が“一枚”剝がれましたね」
暗い表情の私とは対照的に喜色満面の笑みを浮かべる。てっきり怒られるかと身構えていたが、予想とは真逆の反応を示す。
「まさか、私の期待が却って理想を押し付ける形となって先輩を苦しめていたとは思ってもみませんでした……。それは本当に申し訳ございません。最初は10:0で先輩の方が圧倒的に非があると思っていましたが、今のお話を聞いてだいたい7:3まで引き下がりました。さすがにお互い様とまではいきませんが、自分にも非があったと深く反省します」
勇磨が言っていた通り涼花は私を許していない。顔には出さないが、憤りを覚えているのは確か。でも、憤りを通り越して完全に失望しているわけではない。失望するどころかまだ希望を抱いている。
とんだお人好しだ。自分を虐めていた相手なんかとっとと見捨ててしまえばいいのに——。
そんなお人好しな彼女に呆れているとともに少し安心している自分がいる。どうしてだろう?
「で、先輩はこれからどうしたいんですか?」
「どうしたいって?」
涼花の質問の意図が分かず、小首を傾げる。
「先輩はまだ一枚化けの皮を被っています」
「どういうこと?」
ますます質問の意図が分からなくなる。化けの皮なんか被った覚えはない。
「先輩の説明はまだ足りていません。私は早く本心の中の“本心”を聞きたいです」
「本心の中の本心ってなによ」
「まだ気づきませんか〜?」
涼花は呆れた風に両手を挙げ、深くため息をつく。
「自分と私を重ねないで欲しかったとか、理想を押し付けないで欲しかったとか色々言ってましたけど本心はそこじゃないと思うんです」
ズイッと体を前に乗り出し顔を近づける。私は思わずゴクンと唾を飲み込む。
「——大好きな後輩に嫌われたくなかった、が本音でしょ?」
涼花は自身の顔を指差し、そう平然と言ってのける。
「理想を壊したくない。期待を裏切りたくない——。幻滅しないで。愛想尽かさないで。自分をずっとずっと好きでいて——」
涼花の顔がどんどん近づいてくる。彼女の赤く澄んだ瞳が私の全てを見透かしているようで、自然と肩に力が入る。
「後輩にもっと好かれたいという想いが強くなりぎて、いつの日か重圧を感じるようになった」
「——違う」
「後輩の期待に応えられないままでは不器用で無能なことがバレて遠ざけられる。そんなのは絶対にイヤだ。水戸涼花だけには自分を否定しないで欲しい。嫌わないで欲しい」
「違う……」
「でもこのまま関係が続けば、バレてしまうのも時間の問題。混乱状態に陥った先輩はバレるのが怖すぎて本当の自分が嫌われる前に先に嫌われるような真似をした」
「違う!」
反射的に否定するしかできない。
何故か核心を突かれたような感覚に陥り、背中に嫌な汗が滲む。
涼花がしつこく目線を合わせに来ようとするが、器用に視線を逸らす。
「水戸涼花に嫌われることを恐れすぎた——。藤春先輩は極度の“怖がりさん”なんですよ」
「——っ⁉」
両肩をガシッと掴まれた。もう視線を逸らすことはできない。二人は見つめ合う形となる。
「誰かに好かれるのが初めてで暴走しちゃったんですよね?」
「それは——」
「違うだなんて言わせませんよ」
人差し指で口を抑えられた。涼花はこちらの目を真っ直ぐ見てニコッと笑う。
「私は先輩のことを絶対に嫌いません。ずっとずっとず~っと大好きです」
その言葉を聞いた瞬間、目から涙が溢れ出る。
「だって、私は必死に努力する先輩を見て好きなったんですから」
視界がぼやけて涼花の表情がまともに見れない。涙を流し過ぎて嗚咽する。
「深く考え過ぎないでください。いつだって先輩の味方なんです」
涼花は机を跨ぎ、むせび泣く私の元へ駆け寄る。そして、私の体を包み込むように前から抱きしめる。
「好きですよ、先輩」
「本当に?」
「はい」
「あんな酷いことしたのに?」
「はい」
「そんなの信じられない……」
「信用できないのなら、耳元で何回も好きって言いましょうか?」
涼花の生暖かい吐息が真っ赤になった耳にかかる。そのまま耳を嚙んできそうな勢いだ。
「言葉より行動で示した方が良さそうですね」
そう言うと突然、私の体から離れ正面で向き合う形になる。
「先輩、ジッとしててください」
涼花は小悪魔な笑みを浮かべ、堂々と佇む。私は訳が分からず咄嗟に目を瞑る。
「へっ⁉」
目を瞑った直後。額に柔らかい感触が伝わる。同時にチュッ♡と聞きなれない効果音も響く。
「私のファーストキス、先輩にあげちゃいました♡」
ゆっくりと目を開けると、いたずらっぽく笑う後輩が私の膝に乗っていた。
「桐島さん——。やっぱ二人の恋を応援できません」
涼花はそう呟き再度、額にキスをする。
「私も混ぜてください——」
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