第23話
あっという間に六時間目が終わって、放課後を迎える――。
生徒たちはそそくさと家に帰っていき、教室には俺と海凪の二人っきり。
「藤春さんは部活行かないんですか?」
「今日は休む。ふくらはぎが痛くて走れない」
本人曰く、朝練で走り込み過ぎて少し痛めたらしい。
「練習は程々してくださいよ。走れなくなったら元も子もないですから」
「そうだね。今度から気をつける」
この学校では一週間に一日だけ部活をしない日が設けられている。ちょうど今日がその日にあたる。
休む云々以前に部活自体がないので走らないのは当然だ。
「体が鈍らないか心配……」
「一日休んだぐらいで筋力は落ちませんよ。むしろ、もっと休んだ方がいいです」
「それは有り得ない。一度サボり始めたらズルズルと奈落に落ちちゃう」
「負けん気な藤春さんなら、そうはならないと思いますが……」
これ以上自分を追い込んだら身も心も持たない。出来るはずのことも出来なくなるのがオチ。努力が中々実らないのは持ち前の頑張り屋が足を引っ張っている。いくらなんでも努力が過剰すぎる。今の海凪にとって体を安静にさせることが、一番の練習と言っても過言ではない。
「どうせなら明日も明後日も休んで俺とデートしましょうよ」
「なんでよ」
「息抜きも練習の一つです。付き合ってるのに彼氏を放置したままでいいんですか?」
「別にいい」
「愛想尽かしてもいいんですか?」
「――それはダメ」
「なら、一緒にデートしましょう‼︎」
「うぅ……」
ラッキーなことに天気予報は二日連続晴れ一発。最高のデート日和。しかも明後日は祝日だ。たっぷり時間が取れる。海凪を独り占めできるチャンスだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。必死に懇願する。
「たまには楽をしましょう――。いや、楽を知りましょう」
「――」
「オンとオフを上手に使い分けれる人が真の強者になれるんです」
「――」
「根を詰め過ぎるのは良くないです。ムキになって練習しても伸びるものも伸びませんよ」
「――」
いくら諭しても中々、首を縦に振らない。かなり渋っている様子。
仕方ない。この手はあまり使いたくなかったが——、
「デートしないと別れ——」
「分かった。二日とも休む。絶対に休む‼」
食い気味にオーケーがもらえた。別れると噓をついて脅すつもりだったが、必要なかったようだ。
「本当なら今日も入れて三日デートするプランでしたが、お互い用事が入って無理そうですね」
「用事——? アンタは姉ちゃんのとこ行くけど、私はフリーよ?」
「あ、そう云えば藤春さんに言い忘れていたことがありましたね——」
俺は自分の机の引き出しに入れてあった花柄の折りたたみ傘を海凪に渡す。
「俺の代わりにこの傘を水戸さんの家まで届けてもらえませんか?」
「全然いいよ」
「ついでに自分の本心も水戸さんに暴露しましょう」
「は?」
こちらを見たまま、なに言ってんのコイツといった顔で首を傾げる。海凪の手から傘が離れ、床に落ちる。
「水戸さんが貴方のことを知りたがっています。どうして、私をイジメたのか気になるそうです」
「——」
「謝罪だけでは納得いかないと泣いてました」
「——」
「ここは先輩として、全てを伝えるのが礼儀ではないでしょうか」
「——そうだね」
俺の話に引き攣った笑顔で頷く。
「私の話を聞いて変に同情されたくない。イジメを正当化しないで欲しい」
「それは大丈夫でしょ。どんな理由であれ虐められた過去は変わりません。心に受けた傷は簡単には癒えない。ずっと貴方の傍にいた水戸さんはなおさら傷が深いでしょう。信用していた人に突然、裏切られた絶望は一生消えませんから」
俺は傘を拾い上げ、下を向き続ける海凪に差し出す。
「謝罪というのは全てを話して成り立つものです。ゴメンなさいの言葉とケーキだけでは謝罪とは言えませんよ」
「——それは正論だね」
海凪は差し出された傘を強く握る。そして覚悟を決めたような真剣な顔つきでこちらを見据える。
「あの子にちゃんと私の本心を伝える。その後、改めて誠意を持って謝罪する」
踵を返し力強く歩き出す。海凪は俺しかいない教室を出ていった。去り際に見せた男勝りの精悍な表情に心臓がドクンと跳ね上がる。意を決した彼女の勇姿は世界一カッコよくて、美しい。
「俺も早くお姉さんのところへ行かないと——」
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