第22話

俺と海凪は二時間目から真面目に授業に参加した。案の定、周囲から白い目で見られたが、二人の愛のパワーで乗り切った。


「では、いつも通り一緒に昼ご飯食べましょう」

「はいはい」


四時間目が終わった同時に、俺は席を立ち海凪を誘う。その様子を見て一部の人はバカにしたように笑っていた。三日経っても元イジメっ子と楽しく恋人ごっこをしている変わり者だと、勘違いされているようだ。周囲の視線が俺たちに集まって、アウェイな感じになっている。


「サッサとこんな教室から出て、屋上に行きましょう。ほら、弁当を持って」

「今日は何も持って来てない」

「そうだと思ってちゃんと藤春さんの分も作っておきました」

「あ、ありがとう」


風呂敷で丁寧に包まれた弁当箱を掲げる。


「お金、払った方がいい?」

「そんなのいいですよ。お金だけの関係にはなりたくないので」

「大げさな」


海凪はすくっと立ち上がり、躾された猿のように弁当を鷲掴み。


「ありがたく受け取るわ」

「ちょっと、待ってください。先に行かないで!」


弁当を掴んだと思いきや、早足で教室を飛び出す。歩幅はちゃんとこちらに合わせて欲しいものだ。


◆◆◆


屋上はもはや、二人だけの縄張り。ここに来ると、殺伐とした心が落ち着く。人の目を気にせず昼食を美味しく食べれる。一つ欠点を挙げるとすれば、卵焼きが焼けるほど灼熱地獄なこと。アスファルトは空焼きしたフライパンのごとく熱い。たった数分で丸焦げになりそうなぐらい太陽に熱される。日陰にいるとはいえ、相当体力がないと意識がぶっ飛ぶ劣悪な環境だ。

俺たちは熱々になった地べたに座り、弁当を開ける。


「――そういえば、なんかいつもと髪型が違いますね」


海凪と向き合った時ふと、彼女の髪型が目に入る。


「今更気づいたの」

「はい」


毛先を肉巻きにワンカールされていていて、イマドキの女の子風に垢抜けている。こざっぱりしたショートもいいが、少しアクセントを加えることで色気が溢れ出ている。


「はぁ……」


海凪はかなりご立腹のご様子。怒りを孕んだため息をつく。


「気づくの遅すぎ。女子の変化に敏感じゃないと彼氏は務まらないよ」


今日はまともに海凪の顔を見れてなかった。彼女と向き合った時にやっと髪型の変化に気づいた。


「もぉ! いつも好き好き言ってるくせに、全然私の事見てないじゃん」

「本当にすみません! すっかり濡れてる方に気が入ってて、髪の方まで見てませんでした。彼氏として失格です! 罰として この場で切腹して罪を償います‼」

「箸で腹は切れないわよ、バカ」


お腹に箸を押し当てていると、海凪に腕をはたかれた。


「この後、大事な予定でもあるんですか?」

「特にない。ちょっとお洒落したい気分になっただけ」


意外と食いしん坊な海凪。この短時間で弁当箱に入っていたおかずが半分消えていた。


「本当は化粧もしようとしたんだけど途中で水かけられたせいで、台無しになっちゃった」


どうやら朝練を終えたあと、化粧するためにトイレに入っていたらしい。そこで運悪く奴らと鉢合わせたようだ。

証拠として水でグチャグチャになった化粧ポーチを見せてくる。


「わざわざ、おめかしなんかしなくても良かったのに。スッピンでも、充分お美しいです」

「それは自分でも分かってる」

「分かってるんだ……」


基本卑屈な彼女にしては珍しく、自分の美貌に関しては揺るぎない自信があるみたいだ。


「分かってるけど……。ちょっと彼氏に可愛いと思われたくて、つい——」

「今なんて言いました?」

「やっぱ、なんでもない。今のは忘れて‼」

「ん?」


途中で声が萎んでいって、最後の方が上手く聞こえなかった。何を言ったのか聞き返そうとしたが、何故かはぐらかされた。


『~♪』


下からラインの着信音。視線を落とすと、黒い画面に『セナお姉ちゃん♡』と映ったスマホを発見。二人とも箸が止まる。


「セナお姉ちゃん♡から電話来てますよ」

「アンタがセナお姉ちゃんとか言わないで。虫唾が走る」

「キモいより辛辣な言葉が返ってきた⁉」


海凪は急いで応答ボタンを押す。


「もしもし、なんか用——?」


冷たい物言いで姉の電話に出る。外で親から電話がかかってきた時の素っ気なさを感じる。


「——」


俺に会話の内容を聞かれたくないせいか、片手で口元を覆いボソボソと喋り始めた。


「——電話変われって? わ、わかった」


なんの前触れもなく海凪が自分のスマホを手渡してきた。


『もしも~し、桐島ク~ン。私の声、聞こえる~?』

「——はいはい、今代わりました。バッチリ聞こえてますよ」

『あ、桐島クン、昨日ぶり~』

「ど、どうも」

『お取込み中のところゴメンねぇ~。今、お電話大丈夫かな~?』

「全然大丈夫ですよ」


今日も平常運転。こちらの脳が蕩けそうなぐらいマイペースだ。


『今日の放課後、時間空いてる~?』

「一応、まだ空いてますけど」

『じゃあ、桐島クンだけウチの店に来れる~? 一回、キミとお話したいんだ~」

「えっと——」


突然、お姉さんに誘われた。しかも今日だ。

隣で聞いていた海凪が目を丸くして驚いている。


「ちょっと、姉ちゃん! 私の彼氏と何する気?」

『あらあら~、別に何もしないわよ~。ただ桐島クンとお話したいだけ~。海凪ちゃんは相変わらず、独占欲が強いねぇ~』

「うっさい」

『それに“私の彼氏”だなんて、随分と好かれているのねぇ~、桐島クン♡』

「うっさい、うっさい! 黙れ、シャラップ‼」


姉に揶揄われ、語彙力が低下した海凪。毎度のごとく顔を真っ赤にして、そっぽを向く。拗ねている風に見せかけて、羞恥を紛らしている。


『桐島クン、一日だけムリかな~?』

「うーん……」

「海凪ちゃんと一分一秒でも一緒に過ごしたい気持ちは分かるけど、お願~い』

「そんな急な用事なんですか?」

『う~ん、結構急だね~』

「絶対、今日じゃないとダメですか?」

『最近、仕事が忙しいからなるべく今日がいいな~』

「——分かりました。」

『やった~!』


ブチッと電話が切れた。


「「——」」


束の間の静寂が訪れる。なんとなく気まずい空気が流れる。


「お姉ちゃんのバカ……」


まだ顔が真っ赤っかの海凪がボソッと小さく罵倒した。









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