第21話
「――やっぱり、そうでしたか」
海凪の証言によればトイレで三人ぐらいの女子に絡まれ、バケツで水をかけられたらしい。本当にバケツの水をかけるヤツが現実にいるなんて驚きだ。そういうのはドラマだけの話だと思っていた。
「クラスの女子ですか?」
「うん――」
だいたい誰かは検討がつく。ホームルーム中、ニヤニヤしていたあの女子連中だろう。名前は誰一人覚えていないが、クラスカーストでトップ層に属する者たちのようだ。
「あの子たち、ちょっと前までは私の友達だったのに」
あの様な連中は自分の地位を守るために権力のある者にすがる習性がある。自分の弱さを隠すために手段を選ばない。地球上で最も醜い生物だ。
「誰かの元に寝返った可能性が高いですね」
「多分そう。あの子たち誰かに言われないと動けない人達だから」
「その上、集団でしか動けないって感じですか」
たとえ表立って虐めている女連中を先に潰したところで、バッグにいる奴を潰さない限りイジメは終わらない。まず、バッグで操っている主導者を特定しなければならない。
「イジメの主犯格とか大体、予想付きます?」
「それは分からない。私のことを恨んでいる人はたくさんいるから」
海凪はつい最近までカーストトップに君臨していたマドンナ。所謂、クラスで一番目立つ存在。
どの業界においてもそうだが、脚光を浴びる者は恨まれやすい。
恨みの根源はほとんどが嫉妬。自分となんら変わらない人間が整った顔と明るい性格を持っているというだけでクラスのトップにのし上がり、自分以上に幸せな青春を送っている。なんの努力もせず、勝ち組となった女。
人を上辺でしか判断できず、劣等感を持ちやすい人間——。特に同姓からはそうやって理不尽に嫌われる。
「あんま犯人捜しはしたくないな」
「この期に及んでまだそれを言いますか。イジメられている立場でお人好しを発動したところで、なんのメリットもありませんよ」
「それは分かってる。でもあの子たちは一応、大切な友達だったんだよ。私としてはなるべく穏便に済ませたいなって——」
「それはただの甘え——。貴方の“エゴ”です」
なよなよした海凪に対して、そうキツく言い放つ。
「こんな事を言うのは気が引けますが、あの人たちは友達でもなんでもありません。藤春さんは友達だと思っていても、あちらはただ自分を良く見せるための“道具”としか見てなかったと思います」
「さすがに極論過ぎない……?」
「とにかく、あまり人を信じすぎるのは良くないですよ。特に女性は噓が上手くて、底が知れませんからね」
「えらく知った口ね」
「関西にいる親友が凄いモテ男だったんで、よく愚痴を聞かされていたんです。リア充から聞く女の闇は怖いものでした」
「そ、そうなんだ」
簡単に言えば裏切りの連続。手は出して来ないが、よく口が立つ。根も葉もない噂を流したり、秘密にして欲しかったプライベートな話はほとんど駄々洩れ。彼氏の前では清楚を演じているが、裏では陰口のオンパレード。女性と付き合う度に病んでいく親友を傍で見てきたせいで、俺は海凪と出会うまで女性に恋したことがなかった。
「そう云えば昔、親友が『女は下の口は堅いけど上の口は緩い‼』とか言ってましたね」
「ん⁉ いきなり下品なこと言わないでよ。このド変態‼」
「こ、これは俺ではなくて俺の親友が言った名言ですから勘違いしないでください——‼ というか、さっきから変態の前に“ド”付けるの止めてもらいます? より変態さが増して聞こえるんで」
「事実だからいいじゃん」
「俺はド変態でも変態でもありません。可愛い彼女のことを純粋に愛するジェントルマンです」
「自分でジェントルマンとか言うのキモッ……」
「辛辣なコメントありがとうございます」
保健室は俺と海凪の二人だけ。ワイワイと仲良くベッドの上で会話する。
窓のカーテンは風で靡き、花瓶の花が僅かに揺れる。
「そろそろ、授業いかなきゃ」
「えぇ〜、このまま午後まで一緒に話しましょう」
「勉強が遅れるからイヤだ」
「ほんと、真面目ですね――。ま、そこがいいんですけど」
「うっさい!!」
「おっ、危なっ!?」
ベッドから荒々しく立ち上がった海凪。立ち上がった反動でベッドが大きくバウンドする。
「アンタは行かないの?」
「正直あのクラスに戻るのは気が引けますが、藤春さんが行くとおっしゃるのなら俺も行きます!」
「なら、早く立ちやがれ」
海凪が俺の手を握り、引っ張り上げる。
「一緒に行くわよ」
「手を繋いだまま、行くんですか?」
「なに? イヤなの?」
「最高です。幸せ過ぎてこのまま死にたいです」
「なに、バカなこと言ってんの」
顔は引き気味だが、手はしっかりと握られている。絶対に離さないぞという意志が体温となって伝わってくる。
人生で二度目の恋人繋ぎ――。前回よりお互い握力が強くなったように感じる。
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