第18話

朝のホームルームが始まるまであと五分——。海凪が作ってくれた朝ご飯を完食するのに苦戦していたら、時間が遅くなってしまった。


「おっは~、桐島クン☆」

「あ、おはようございます」


全力で学校の階段を駆け上がっている最中。重たそうなダンボールを持ったクラス委員長とバッタリ出くわす。


「急がないとチャイムが鳴っちゃうよ」

「委員長も急がないと遅れちゃうのでは?」

「確かにそうかも」


濃い目の化粧に、透き通った青のカラーコンタクト。長いブロンドヘアに長いまつげ。

相変わらず、外見が委員長には見えない。いくら学校の校則が緩いとはいえ、けばけばしいギャルを委員長にするのはどうかと思う。


「そのダンボール重たくないですか?」

「全然ヘーキヘーキ。このぐらいの荷物、持ち慣れてるもん……って、おおっ⁉」

「危ない‼」


大丈夫アピールをした矢先。足を滑らせバランスを崩す。ダンボルは宙に浮き、委員長は階段から転げ落ちそうになる。

俺は咄嗟に委員長の体を支え、宙に浮いたダンボールが彼女に当たらないよう全身を使って庇う。


「怪我はないですか?」

「え、う、うん。全然、ヘーキ……」


ダンボールが床に落ちる音。中に入っていた教科書が散乱し、辺りが大惨事になる。


「うわっ……。超メンドイことになった~」

「俺、手伝います」

「いいよいいよ。全部ウチのせいだからウチがするよ。桐島クンは先に教室に入ってて」

「目の前で困っている人を見過ごすわけにはいかないので、手伝います」

「えぇ……」


俺は手際よく散乱した教科書を拾いあげる。一冊一冊分厚く、到底女の子一人が持てる重さではない。


「ゴメン。これじゃあ、絶対に遅れちゃうよね」

「別に一回ぐらい遅れても大丈夫ですよ。ここの学校は色々緩いですから」


拾い上げた教科書は順番にダンボールへ詰めていく。幸い、教科書には傷一つついてなかった。


「これで終わりですね」

「え、でも桐島クンが持ってるヤツは——」

「半分は俺が持つんで、委員長は残りの半分をダンボールに詰めて持ってください」

「そんなの悪いよ。ウチが全部持つ」

「いえ、俺が持つので気にしないでください。こう見えて力には結構自信があるんで」

「マジで?」

「マジのマジです‼」


両手に教科書を抱えてみせる。このぐらいの重さなら、普段持つダンベルよりかマシだ。


「スゴ~い! メッチャ力持ち‼」

「それほどでもないですよ。ちなみにこの教科書たちはどこまで持っていくんですか?」

「職員室まで。担任の机に置いといてだって」

「了解です」


俺は教科書を抱えたまま、廊下を歩き始める。委員長も軽くなったダンボールを抱え、横を歩く。


「桐島クンは頼もしいね。超カッコイイ‼」

「これぐらい男なら普通でしょ?」

「ううん。男はみんな桐島クンみたいにカッコ良くない。ほとんど何もできないミジンコばっか。心底つまらない」

「そうですかね」

「そうよ」


俺は委員長の歩幅に合わせて歩く。とっくにチャイムは鳴っているが、急がない。

委員長も特に慌てる素振りを見せない。ゆっくりと余裕を持って歩を進める。


「——桐島クンって、ミナギと付き合ってんの?」

「はい。有り難いことに」

「どっちから告ったの?」

「勿論、俺からです」

「どこに惚れたの?」

「全てです」

「転校2日目に告ったんでしょ?」

「はい。好きが我慢できずに告白しちゃいました」

「一目惚れ?」

「一目惚れです」

「——」

「どうしました?」


突然、矢継ぎ早に質問され戸惑う。

委員長は急に足を止め、ダンボールを抱えたまま顔を俯かせる。


「まだ重いのなら、俺が持ち——」


「オマエも所詮醜い男ね」


「へ?」


さっきまでの明るい声から一転。闇を孕んだ低い声が鼓膜を刺激する。

しかも、いきなり“オマエ”呼ばわりで醜いとディスられた。


「オマエもミナギの外見だけに惚れたんでしょ?」

「外見だけじゃないです。ちゃんと中身にも惚れてます」

「ウソだ。一目惚れしたヤツは中身まで見ねぇよ」


委員長は持っていたダンボールを力なく落とす。今度はわざとだ。


「ウチには分かる。オマエは本当の意味でミナギを愛していない」

「急になに言ってるんですか?」


纏っている雰囲気が妙にとげとげしい。眉間にシワを作り、凄い険相で俺を睨みつける。瞳にはただならぬ憎悪と憤怒を宿す。一体、どういう心境の変化だ?


「そもそも、あんな性悪女のことが好きとかどうかしてる。頭がイカレてる」

「——」

「アイツは人を平気で虐めるゴミクズ女。それでいていざ、自分が虐められる側になったら一丁前に被害者面よ。怒りを通り越して吐き気がする——。一層のこと死んでしまえばいいのに」


頭の中でプツンと音がした。その瞬間、両手に抱えた教科書が一気に落ちる。


「あまり彼氏の前で彼女の悪口を言わないでもらいます?」


委員長を壁まで追い詰めて、そう忠告した。危うく拳を上げそうになったが、グッと堪える。


「本当の意味で愛していないってなんですか? 貴方は藤春さんの何が分かるんですか。何も知らない部外者が俺たちの恋路に口を挟まないでください‼」

「ゴメン、なさい……」


そう言って委員長は床に崩れ落ちる。俺の殺気に圧倒され、悲しそうな表情で身を縮ませる。自業自得だ。


「——やっぱ私が全部運ぶね。桐島クンは早く教室に行って」

「分かりました」


今の気分で委員長を手伝いたいとは思わない。嫌悪を含んだ鋭い視線を送ってからその場を立ち去る。

委員長は床にへたり込んだまま、動かなくなった。


「ウチはまたミナギに取られちゃうの……?」





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