第9話

今日こそ昼休みは海凪と一緒にご飯を食べる。あわよくば、昨日の件について聞けそうなら聞く——。


「藤春さん、一緒に弁当食べよう!」


四時間目のチャイムが鳴ったと同時に、海凪の席に飛びつく。


「おい、桐島! まだ授業は終わってないぞ。早く席につけ!!」

「すみません……」


先生に𠮟られた。

四時間目のチャイムは鳴ったが、授業自体は終わってない。黒板に色々書いている途中だった。

俺はあからさまに肩を落として、自分の席に座る。何人かこちらを見てクスクス笑っている。無様に恥を晒した。


「ばーか」


隣から小さく罵倒の声。声の主は海凪。ぶすっとした顔で俺に視線を送る。

マジ、キュンです。ああ、早くイチャイチャした。早く授業終わってくれ。


「――キリが悪いが今日はこの辺で終わるか。続きは来週にする。挨拶はもういい。勝手に終われ」


そう雑に授業が終了。恐らく俺のせいで集中力が切れたのだろう。先生は颯爽と教室を退出する。同時に俺は立ち上がる。


「じゃあ、一緒に食べましょう」

「もしイヤだって言ったら?」

「押し通すまでです」

「ハァ……、いいよ」

「よっしゃ!!」

「ちょっと、喜びすぎ……」


海凪は呆れた感じで、昼食の準備を始める。


「場所は?」

「日当たりの良い屋上にしましょう」

「わかった」


ウキウキの俺はいつもより倍の大きさの弁当箱を持って、屋上へ駆け上がる。


◆◆◆


陽が燦々と照りつける屋上。燃える上がるような暑さの中、日陰の場所で弁当箱を開ける。今更だがなぜ、猛暑の日に屋上を選んだのか自分でもよく分からない。


「アンタの弁当、出来合いのおかず?」

「違いますよ。全て俺の手作りです」

「えっ‼手作り⁉」

「こう見えて手先は器用な方なので」


目の前には色鮮やかなおかず達。今日は滅多に使わない三段弁当におかずを詰めて込んできた。海凪は羨ましそうに俺の弁当に目を向ける。


「——藤春さんも食べます?」

「え、いいの?」

「どうぞ、どうぞ。召し上がれ」


今日はなぜ、わざわざ場所を取る三段弁当を持ってきたのか——。理由は一つ。海凪に栄養を摂らせるためだ。

昨日の海凪の昼食は白おにぎり二つと大変質素なものだった。恐らく、毎日似たようなものしか食べてないのだろう。下手したら、朝食も夕食もまともに食べていない恐れがある。これは極めて危険だ。栄養失調で倒れる日もそう遠くない未来。日を追うごとにやせ細っていく姿は彼氏として見たくない(心配性)。食べ盛りの時にご飯を食べないのはタブーだ。


「じゃあ、このタコさんウィンナーだけ頂くね」

「タコさんウィンナーだけ⁉ もっと食べないと色々成長しませんよ。どうせなら、全て頂いても構いません」

「そこまでいらない。アンタの分がなくなるじゃん」

「せめて半分」

「試食程度十分……。てか、ガチでうまっ⁉」


海凪は幸せそうに舌鼓を打つ。タコさんウィンナーを食べただけなのに、高級フカヒレを初めて食べた人みたいな反応をする。

彼氏冥利に尽きる。朝早く起きて作った甲斐があった。


「ゴメン、もっと食べていい?」

「はい、遠慮せず食べてください」


すっかり俺に胃袋を掴まれた海凪は、おかずを次々と口の中に放り込む。多幸感溢れる良い表情になった——。

そろそろあれについて聞いてみるか。


「藤春さん」

「なに?」

「昨日。俺と別れた後、そのまま家に帰りましたか?」

「帰ったよ」

「本当にですか」

「なに、疑ってんの?」

「いや、その、昨日見ちゃったんですよ……」

「——」

「妹さんらしき人と藤春さんが喋ってるところ」

「アンタ、もしかして後付けてたの⁉」

「故意に尾行してたわけじゃありません。これは不慮の事故といいますか……。勝手に足が動いてしまったといいますか……とにかく、すみません‼」

「醜い言い訳ね」

「うぅ……」


さっきまでのご機嫌ムードは何処へやら。全身から怒りのオーラを放つ。

彼女から伝わるただならぬ威圧感に俺は怖気づいてしまう。エサ付けの効果はなし。普通にご立腹のご様子。当たり前か。


「——姉妹じゃないって言いたいわけ?」

「は、はい。お互いにどこかよそよそしかったので……」

「ハァ」


眉間に手を当て大きな溜息。さながら、子育てに頭を悩ます母親のようだ。


「あの人は一体、誰なんですか?」

「——」

「ちゃんと俺に教えて欲しいです」

「——」

「貴方のこともっと知りたいんです。本当の恋人になりたいんです。お願いします‼」

「——」

だんまりだ。何を言っても反応しなくなった。何か言いたくない事情でもあるのか、頭を抑えて悩んでいる様子。


「——ゴメン。今、私の口からは話せない」

「藤春さん……」

「代わりにあの子から聞いて。私のありのままを」


海凪はゆっくりと立ち上がり、こちらへ振り向く。


「アンタ一人で行ってきて。私は放課後、走らないといけないから」


海凪はそそくさと、教室へ戻る。追いかけようとしたが、彼女は足が速くあっという間に行方を眩ます。

もう少し話したかった。作戦は失敗に終わった。

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