第7話
ケーキ屋を飛び出し、繫華街を抜けた先——。住宅街の十字路で海凪は立ち止まる。
「ここからアンタの家までどんくらい?」
「結構寄り道したんで、一時間半ぐらいですかね。自転車学校に忘れたので、もっとかかると思います」
「あっそ」
——それだけ⁉
てっきり家に泊まらせてくれる流れるかと思った。
「じゃあ、私とはここでお別れだ」
「え、家まで送らせてもらえないんですか?」
「まだ、アンタに住所知られたくない」
「ガーン!」
「あと、送り狼の危険性があるし」
「ガーン‼」
膝から落ちてガックリ。信用を得るまでまだまだ時間がかかりそうだ。
「それじゃあ、また明日」
「また明日です……」
不意に見せてくる海凪の笑顔。好きな相手の別れ際の笑顔は格別だ。背後から赤い夕陽に照らされより一層、彼女の美貌と“儚さ”を引き立たせる。
「——やっぱ、家までついていきます!」
「ハァ⁉」
「なんか、このまま消えていきそうな雰囲気を醸し出していたので……」
「消えるってどういうこと?」
「分かりません。でも、死なないでください」
「マジ、意味分かんない」
あまりにも目の前の景色が絶景過ぎて、急に不安がよぎる。すぐ手を差し伸べないと、二度と彼女と会えないような気がした。
『――』
こちらに近寄ってくる足音。海凪は俺の耳元まで近づいて、こう宣言する。
「安心して。途中で消えたりなんかしない。この寿命が尽きるまで汚い自分と向き合っていく。これは私のプライドだから——」
「——カ、カッコイイ」
ジャンプの主人公を彷彿させる凛々しい顔つき。今は恋人というより頼れるよき友。先程までのか弱いイメージは綺麗に霧散する。
「これで安心した?」
「ハイ‼ 超安心しました」
彼女の新たな姿が見られて俺はご満悦。今のはまた寝るときに思い出そう。
「バイバイ。ついてきたらコロすから」
「ハーイ、分かりました!!」
海凪は粋に踵を返して歩き始める。後ろ姿も画になる。
「――さて、俺も帰りますか」
尾行はダメだと本人に釘を刺された。尾行したい気持ちは山々だが、彼女に嫌われるのはイヤだ。
海凪に背を向けて歩き出す——が。
「——」
何故か足が止まった。全然、前に進めない。何が起きた?
「——」
ギギギッとロボットのような不自然な動きで後ろを振り返る。
「——あれ」
ゴマ粒程度の大きさになった海凪を視界に捉える。気づけば、足が勝手に彼女の方へ動き出していた。
「――バレなきゃ問題ないか」
初恋は恐ろしい。平気で人格を狂わす。
邪な考えが理性を揺れ動かし、脳が電柱に身を隠すよう指令を出す。
「バレなきゃ問題ない、バレなきゃ問題ない――」
悪魔の囁きを自分で言い聞かせ、洗脳する。犯罪者はこうして生まれるのだ。
「すみません、藤春さん」
俺は堂々と尾行を開始した――。
◆◆◆
尾行開始から十分が経過。海凪はある一軒家の前で立ち止まる。
「ここが藤春さんの家か」
電柱越しに家の外装をマジマジと拝見する。
至って普通の家だ。二階建てで、庭が少し広い。名前の分からない花々がたくさん咲いている。育てるのが大変そうだ。
「――ハァ」
短く溜め息。自分の頬を叩き、何か意を決したような表情でピンポンを押す。
「――」
インターホン越しに誰かと話している。家の鍵を持っていないのか。
「――」
暫くして玄関のドアが開く。中から俺と同い年ぐらいの女の子が出てきた。海凪を見て朗らかに微笑んでいる。あれが妹さんなのか。美人三姉妹とか憧れる。
「――んでした」
風に乗って聞こえてきた海凪の声。ケーキが入った袋を丁寧に女の子へ手渡し、深々と頭を下げる。
女の子は目をまん丸にして両手をバタバタ、口をパクパクさせている。口の動きから「早く、顔を上げて」と言っているように見える。一体、何事だ――?
「――」
およそ三十秒の間。海凪は自分の妹に対して、頭を下げ続けた。家に入る前にあんな儀式を行わないといけないのか。どこの宗派に属している家系なのか気になる。
「——どうぞ」
「——お邪魔します」
よく耳を澄ますと、そう聞こえた。やっと頭を上げた海凪は重苦しい雰囲気で玄関へ入っていった。すぐに玄関の扉が閉められた。
自分の家に帰るごときに仰々しい言葉を使う。どことなく、二人の間に距離があるように見受けられた。先程のお姉さんとの会話を比べると、姉妹というには少々違和感を感じる。赤の他人とは言い切れないが、友達でもない微妙な関係性と言った方が正しい。お互い気を遣って素を隠しているようだった。
「——ん?」
ふと、この家の表札が目に入る。そこには『水戸』と文字が刻まれていた。何故か『藤春』という文字はどこにも見当たらない。
「どういうこと——?」
やることがなくなった俺は頭の中にモヤモヤを残したまま、その場を後にする。
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