第6話
校門を出た先。緑で生い茂る並木道——。周りの視線は一つのカップルに集中する。
「メッチャ視線感じる」
「きっと、みんな藤春さんの美貌に見惚れているんですよ」
「変な冗談言わないで!」
まだ"出会って"間もないカップルとは思えない甘々っぷり。甘すぎて胸焼けしそう。周りの奴らはピクピク顔を引き攣らせている。かなり引いているようだ。
「てか、恥ずかしいからあんまくっつかないで」
お互い腕がピッタリくっついている状態。人生で初めて女性の柔肌を堪能する。
「なぜですか?俺たちラブラブのカップルでしょ。それに藤春さんだってずっと手繋ぎっぱなしですよ」
「え——?」
俺にそう言われ、海凪はゆっくりと下を向く。
「~っ⁉」
顔を真っ赤にして可愛らしく唸り声を上げる。がっちり握られた手を思いっ切り振り払ってしまった。
「なにすんの! ヘンタイ‼」
「いや、俺のせいじゃないです」
「私に気安く触んないで!」
「理不尽です……」
最近流行りのワガママ令嬢みたいな言い草で罵倒される。
「もう一回手繋ぎましょう」
「絶対イヤ」
「俺たちはカップルですよ」
「断固拒否!」
「ハァ。ちょっと汗ばんでて、気持ち良かったのに……。ガッカリだな」
「キモッ。一生、手繋がない」
「クソ、思わず本音が出てしまった。これは不覚……」
リンゴどころか太陽のように真っ赤になった海凪の顔。怒りと羞恥を滲ませ、こちらを睨みつける。
◇◇◇
並木道を抜け、人通りの激しい繫華街へ入っていく。今頃、自分の自転車を忘れたことに気づく。まあいいか。
この辺に土地勘がない俺は、海凪の後をついていくしかない。
「行きつけのケーキ屋はどこなんですか?」
「——」
「おーい」
「——黙れ」
海凪の口数が異常に少なくなった。俺と一緒にいるのが気恥ずかしくて、上手く喋れないようだ。
「藤春さん、歩くペース考えてください」
「うっさい。男なら、ちゃっちゃと歩け」
歩幅がどんどん大きくなる。相手が女子とはいえ、現役の陸上部。並大抵の筋力を持った俺でも、次第に引き離されていく。
この人は本当に男の人と付き合ったことがあるのか? 相手のペースに合わせられないとかかなり致命的だと思うが——。
「——着いた。ここが行きつけのケーキ屋」
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ——。ヴぉエ……」
「大丈夫?」
「全然……、大丈夫じゃないです……」
やっと目的地に到着。オシャレでこじんまりした建物の前で座り込む。頑張って海凪のペースに合わせたが、もう限界。酸素が足りず、肩で呼吸する羽目に。
「先に入るね」
「ちょっと……、待ってくださいよ……」
海凪は地べたで項垂れる俺を置いて、先に店内に入る。少しは休ませてくれ。
「あら、いらっしゃ~い」
店のドアを開けると、若い大人の女性がお出迎え。タレ目が特徴的な清楚美人。長い茶髪を後ろで結い、白いうなじを露わにする。
女性はゆったりとした足取りで、海凪の元へ駆け寄る。恐らくこの人は店の人だ。一人で店番しているご様子。
「今日も同じヤツ?」
「うん」
「りょーかい」
店内は木目調のレトロな雰囲気。古そうなテレビやタンス、椅子などがズラリと年季の入った調度品が並ぶ。普通のケーキ屋とは一風変わったテイスト。インスタ映えするといって昭和好きの若い子が集りそうな場所だ。
「ふっふ~ん♪」
店員さんは鼻歌を口ずさみながら、大きめの袋にケーキを詰めていく。のほほんとした感じで見るからに優しそう。
「横の子は海凪ちゃんの彼氏さん?」
「はい、そうです!」
女性の質問に元気よくそう答える。隣にいた海凪が俺の腕を軽く小突いてきた。彼女の顔を見ると、またまた真っ赤に染まっていた。ホント、恥ずかしがり屋さんだ。
「あら、そうなの⁉お姉さん、ビックリ~‼ いつから?」
「昨日の放課後からです」
「あらあら~、まだ出来立てホヤホヤじゃない。おめでとう!」
「ありがとうございます!」
再度、海凪さんに腕を小突かれる。今度はやや強め。若干腕が痺れる。
「最近、海凪ちゃんが元気ないからお姉さんずっと心配してんだ。良かった~。安心したよ。ちゃんと守ってあげてね」
「ハイ、勿論です。この命が尽きるまで藤春さんをお守りします‼」
俺は胸を張ってそう宣言する。願わくば結婚も考えているが、それはまだ言えない。
「頼もしいわ~」と店の人はお上品に笑う。
「それはさすがに言い過ぎだって」
足に二発蹴りを入れられた。なんかやけに暴力的じゃないですか、藤春さん⁉
「ゴメンねぇ~。うちの妹は恥ずかしくなっちゃうと、すぐ手出しちゃうから~」
「妹——?」
店員さんはふわふわしたオーラを纏ったまま、ケーキが沢山入った袋を海凪に手渡す。
俺は店員さんの口から出た「妹」発言に首を傾げる。
「実は海凪は私の妹なんです~」
「ちょっと、姉ちゃん。それは言わないって約束だったでしょ⁉」
「あれ~、そうだったけ?」
「もう、しっかりして!」
「これはうっかり。テヘッ☆」
「——あの、俺を忘れないで」
美人姉妹の仲睦まじい様子を目の前で目撃できて、微笑ましい気持ちと羨ましい気持ちが交差する。羨ましい気持ちが少々多めだ。
「この人の名前は藤春晴凪(ふじはるせな)。私の頼んないお姉ちゃん。ちなみに男運がメチャクチャ悪い」
「それは海凪ちゃんもそうでしょ」
「うぐっ……」
「うふふっ……」
雰囲気も顔も全く似てない二人だが、笑った顔はそっくりだ。どっちも癒される~。
「これからもウチの妹と仲良くしてやってください。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
お互いにかしこまった感じでお辞儀。なんか照れ臭い。
「ほら、サッサと帰るよ」
「ここが家じゃないんですか?」
「違う。ここはお姉ちゃんの家だから」
「あぁ……」
海凪に手を引っ張られ、そのまま店内を退出。去り際にお姉さんが小さく手を振っていたので、振り返しておいた。海凪さんには敵わないが、素晴らしい人だ。
「——姉ちゃんに鼻の下伸ばすな」
暫く手を離してくれなかった。なんとなく手を握る力が強くなり、骨がミシミシと軋む。
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