第5話

カップル初日の放課後——。昼休み以降、海凪はちゃんと授業に出席した。

俺は彼女の気持ちを汲んで、公衆の面前で好き好きアピールするのを控えた。


「放課後はどうするんですか?」

「今日は帰る」

「それじゃあ、俺と一緒に帰りましょう!」

「——うん」


海凪を典型的なツンデレタイプかと勘違いしていたが、わりと素直である。すんなりと下校デートの許可が下りた。


「あの人たち付き合ってるのかな」

「まさか~」

「いくらなんでも彼女が訳アリ過ぎるって」

「それな~」

「あんな性悪女を彼女にするとか正気の沙汰じゃない。絶対にカップルは有り得ないわ——」


俺たちを見て、コソコソと話す女三人衆。相変わらず、酷い言われよう。バカにしたような微笑を浮かべ、主に海凪の方をジロジロ見る。

俺はああいう人種が嫌いだ。何か言いたいのなら、ハッキリ本人に言えばいい。それができない人間はただの腰抜けだ。グチグチ文句を言う資格はない。黙って見守れ。

海凪は女三人衆の悪口が聞こえてきたせいか、挙動不審になる。額には微量の汗。居心地悪そうに、背筋を丸める。今すぐにでもこの世から消えてなくなりたいといった感じだ。


「気にしなくても大丈夫ですよ」

「別に気にしてなんか——」

「強がりはダメです」

「——っ⁉」


自然と海凪の頭に手が伸びる。本日、2回目の頭なでなでだ。

これは仕方ない。彼女が人間に酷く怯えるウサギに見えてしまった。内に秘めた庇護欲をかきたててくる。


「ほら、一緒に帰りましょう」

「ふ、ふん!」


急に気恥ずかしくなっかのか、頬を膨らませそっぽを向く。その姿が愛くるしい。すぐに抱きつきたい。欲を言えばベッドで抱きたい――。

俺たちは二人並んで教室を出る。


「家は遠いんですか?」

「ううん。ケッコー近いかな。歩いて五分ぐらい」

「自転車で片道一時間の俺と比べたら、目と鼻の先ですね」


父親が働く会社に近い社宅に引っ越してきたため、学校までの距離が遠い。

立地条件はあまり良くなく駅までも遠い。故に一番マシな自転車通を選ぶしかなかった。おかげで足がパンパンだ。


「なんか、今日はゴメンね」

「何がですか?」

「あんな酷いこと言って」

「酷いことを言われた記憶がないんですが……」

「昼休みの時、アンタのこと頭ごなしにウソつきとか言ったじゃん。それがちょっと心残りで……」

「え、そんな事気にしてたんですか!!」


俺のデカい声にビクッと海凪の肩が跳ね上がる。彼女は怯えた表情で俺の顔色を窺う。


「誰もそんな事で怒りませんよ。過敏になり過ぎです」

「そ、そう?」

「てか、どちらかと言えば告白したときに言われた『キモッ』の方が辛辣で傷つきました」

「それはゴメン……」


申し訳なさそうに俯いてしまった。彼女は地面と睨めっこすることが多い。これは不安と緊張の現れだ。自信を失っているのも影響しているのだろう。

下駄箱に着くまでずっと下を向いたままだった。


「——途中でケーキ屋さんに寄っていい?」

「ケーキ屋さん? ケーキが好きなんですか?」

「私は超苦手。妹が大好物なの」

「妹がいるんですね。ちなみに今、何歳なんですか?」

「私の二つ下、かな——?」

「なぜ疑問形?」

下駄箱から靴を取り出す。有名私立校とあって錆一つない真っ白な下駄箱だ。


『——』


靴を履いている最中、不意に横から大きな物音が聞こえる。


「大丈夫ですか」

「え、うん……」


音の発信源は海凪。下駄箱から靴を取り出す際、中に入っていたものが床に落ちたらしい。

俺は落ちたものを拾い上げる。


「——なんだよ、これ」


ゴミと変わらない紙切れ数十枚。よく目を凝らすと汚い字でこう書かれていた——。


『——オマエなんか必要ない』


別の紙切れには——。


『——性格クソ女。シねばいいのに』


他の紙切れも罵詈雑言のオンパレード。読むだけで胸が締め付けられ、寿命が縮まりそう。


「イタッ!」


紙切れの拾っていると、手のひらにチクッとした痛み。手のひらを確認すると、そこには金色に輝く二つの画鋲。二つとも綺麗に刺さっていた。


「手、大丈夫⁉」

「これぐらいの傷、問題ありません。それよりも——」


床に散乱する無数の画びょうと数枚の紙切れ。

今時、こんな古典的で典型的なイジメがあるのか。フィクションでしか見たことない惨状に頭を抱える。


「安心して。これぐらい日常茶飯事だから」


海凪は不器用に苦笑いを浮かべる。俺を安心させるため、無理やり平静を装っているようだ。


「いつも誰がやってるんですか?」

「さあね。私、みんなの反感買ってるから」

「先生には相談しましたか?」

「相談できるわけないじゃん。これは自分が蒔いた種なんだし」


海凪は慣れた手つきで床に転がる画びょう達を拾い上げる。彼女の手のひらには画びょうが敷き詰められる。


「ゴメン。そっちの紙切れはアンタが拾ってくれる?」

「ハ、ハイ——?」


彼女の声で我に戻った俺は、指示通り紙切れを順番に拾っていく。


「——絶対、同情しないで」

「?」


海凪のその発言に俺は首を傾げる。


「これを見ても、私を可哀想な人みたいに扱かわないで。助けてあげたいとか思わないで」

「——」

「全部、私のせいだから」


画びょうは下駄箱の横にあるゴミ箱へ。


「それちょうだい」

「ハイ」


紙切れは全て、自分のカバンの中へと仕舞う。


「それもゴミ箱では?」

「ううん。この紙切れは戒めとして自分の部屋に保管しておく。二度と同じ過ちを繰り返さないように」


真面目だ。本当に元イジメっ子なのか、疑うレベルに真面目過ぎる。最早、意味が分からない。どうしてこんな子がイジメという愚かで醜い手段を選んだのか謎だ。


「ほら、さっさとケーキ屋に行くよ」

「うわ、ちょ……」


海凪は俺の手を取って、外へ走り出す。危うく足がもつれかけて、ヒヤッとする。

ふと彼女の方を見ると、“作り笑顔”が視界に映る。眉尻には薄く涙の跡が残っていた。

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