第4話 

4時間目が終わって昼休み。

彼女と一緒に弁当を食べるのは常識。俺は自分の弁当を持って、海凪の行方を探す。


「藤春さんなら、さっき出ていったわよ」


一番居そうな保健室を訪れたが、ハズレ。保健室の先生曰く、ついさっきまでここにいたようだ。

教室にはまだカバンが残っているし、早退という可能性は低い。必ず、どこかいるはずだ。

俺は血眼になって海凪を探し回る。取り敢えず、片っ端から教室の扉を開けていく。学校案内では教えられなかった蜘蛛の巣だらけの空き教室にも訪れた。当然、海凪の姿はない。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ——。そういや、まだ屋上見てない」


階段を駆け上がる。息が上がり切って、しんどい。今にも倒れそう。全力で1500メートルを走った気分。力なく屋上の扉を開ける。


「げっ」

「——やっと、見つけた」


視界の中央。可愛らしく地べたにちょこんと座る海凪を発見。一人黙々とおにぎりを頬張っていた。

俺は千鳥足で海凪の元へ駆け寄る。


「なに、彼氏を置いて先に食べ始めてるんですか? 怒りますよ」

「そもそも一緒に食べようなんて約束してないし」

「これは約束どうこうの問題じゃないんです。カップルで弁当を食べるのは常識なんです、義務なんです‼」

「ハイハイ、そうですか……」


呆れ顔で深く溜息。まるで思春期の女の子みたいな反応だ。家ではパパに当たりが強いのかな。可愛い。


「――なに、笑ってんの」

「別になんでもありません」


パパに反抗する海凪の姿を想像してニヤニヤしてたなんて言えない。


「では、一緒に食べましょう!」

「イヤ」

「なんで?」

「てか、私達別れよ」

「ん?」

思わず海凪の顔をガン見する。海凪は神妙な顔つきで俺と向かい合う。


「ゴメン。やっぱアンタとは付き合えない」

「付き合えないってどういうことですか? まだ付き合って一日も経ってないんですよ。連絡先も交換してないんですよ⁉」

「——別れよ」

「イヤです。別れたくないです」


言葉を濁さず、ハッキリとそう宣言する。恋を知った男を舐めんなよ。


「別れたい」

「イヤです」

「イヤじゃない。私が別れたいの。私がアンタと付き合うのがムリなの‼」

「どうして?」


海凪の発言に俺は愕然とする。余程のことがない限り、カップルを解消しようだなんて言い出さない——。もしかして、今朝のヤツが原因か。


「朝はすみませんでした」

「え?」

「あんな風に堂々と付き合ってる宣言されたら、誰でも嫌ですよね。配慮が足りませんでした。深く反省します」

「いや、別にそれは……」

「深く反省するので、俺と別れないでください。お願いします!」

「だから、それは……」


俺のただならぬ気迫に海凪が押され始める。何か言おうとしたが、途中で口ごもる。


「さあさあ、楽しく弁当を食べましょう」

「——なったの?」

「ん? なんか、言いました?」

「アンタはどうして、私のことが好きになったの?」


今にも泣きそうな顔で俺に詰め寄る。美しくて尊い顔面が突然、近づいてきて少し興奮する。


「昨日も言いましたけど、藤春さんの走る姿に一目惚れして——」

「茶化さないで!」


海凪は俺の返答が気に食わず、声を荒げる。整った眉をひそめ、眉間にシワを作る。


「そんなんで私に惚れるはずがない。ウソつきだ!」

「ウソつきではありません。藤春さんのことが大好きなのは紛れもない事実です」

「だったら、私のこと好きなった理由をちゃんと教えて……」


眉尻に涙を浮かべる。琥珀色の澄んだ瞳がこちらに向けられる。


「人が恋に落ちる瞬間なんて極めて単純です。恋に複雑な理由はありません。逆に理由がある方が、胡散臭くて愛に欠けます」

「——」

「一目惚れも立派な恋の始まりです。関係はまだまだ浅いですが、これからゆっくりとお互いを知っていきましょう。恋に焦りは禁物です」


俺はゆっくりと弁当箱を地べたに置き、海凪の両肩を掴む。


「俺は本当に藤春さんのことが好きです。信じてください!」

「まだ信じられない。信じたくもない」


頬に一筋の涙。瞳は充血し、眉が徐々に下がっていく。


「私はアンタと付き合う資格がない」

「それは自分が元イジメっ子だからですか?」


コクッと小さく頷く。


「確かに藤春さんの過去を聞かされた時は驚きました。お世辞にも性格がよろしいとは言えませんし、同情もできません——。でも昨日、貴方の走りに惚れてしまったんです‼」


震えていた肩がピクッと止まる。そして、上目遣いでこちらの様子を窺う。俺は真っ直ぐ、彼女を見詰める。


「ただ人を虐めるだけのクソ人間があんな真剣に走りません。グランド整備なんてもっての外です」

「——」

「決して性根が腐っているわけじゃない。それが確信できたんです」

「——」

「貴方には希望があります。まだ藤春さんのことについて知らないことだらけですが、これだけは言えます」

「——」


暫く無言のまま俺の話を聞いている。憔悴し切った表情で何もない地べたを見つめている。全身から負のオーラを放つ。


「——やっぱり俺のことは完全に信じなくてもいいです」

「?」

「流石に転校三日目のヤツを信じろはおこがましいです。なので、俺が藤春さんに信じてもらうよう努力します。それでいいですよね?」

「——」

「これから、藤春さんを全力でサポートします。これが彼氏の役目です」

「——」


海凪は依然として沈黙を貫く。しかし、表情が少しだけ和らいできた。負のオーラも僅かに薄れる。


「ご飯、食べましょう。昼休みが終わっちゃいます」

「——うん」


俺たちはさっさと昼食を済ませ、雑然とした教室に戻る。

教室へ戻る道中。海凪の小さな手が俺の裾をつまんできた。





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