第3話

丑三つ時。暗闇に包まれた自分の部屋にて。

寝巻き姿の俺はベッドの上で仰向けになる。


「――」


一向に眠気が訪れない。目をパッチリ開けたまま、真っ白な天井を睨み続ける。


「――」


放課後以降、俺の頭の中は海凪のことでいっぱい。海凪の走る姿が何回も何回も解像度の高い映像として再生される。何時間経っても記憶は鮮明だ。一挙一動全て頭にインプットしている。おかげで頭のメモリーはパンパン。

ちなみにクラスメイトの名前は朧気にしか覚えていない。


「――」


桐島勇磨(きりしまゆうま)――。人生で一度も女に惚れたことがない男。決して性欲がないわけではない。むしろ、結構ある方。どんなに忙しくても、一日に二回以上は自慰行為を行う。

女性に対して立派に発情するものの今まで恋愛感情を持ったことは一切なかった。いつも発情止まり。エロと恋は別腹だった。


「――」


脈が早い。鼓動も早い。目もアソコもギンギンだ。賢者タイムが訪れる気配が全くない。こんなのは初めてだ。これはただの発情ではない。

海凪の顔を思い浮かぶだけで胸がギュッと締め付けられる。なんだか、それがむず痒くて身を捩らせてしまう。傍から見たら気持ち悪い。


「――」


人生で初めて味わうこの感覚。胸の奥から込み上げるこの感情――。

きっと、これが『恋』って言うんだ。


「――ふふっ」


嬉しさのあまり口元が綻ぶ。

やっと出会えた。出会ったからには必ずこの恋を成就させる。たとえ相手が元イジメっ子であろうと構わない。がむしゃらにアタックするのみ。先ずは屋上で告白だ。


「ああ、ワクワクドキドキが止まらん……」


俺は高鳴る胸を抑え、眠りについた。


◆◆◆


※プロローグの後


「おはよう、藤春さん」

「お、おはよう……」

「ああ、今日も俺の彼女は尊い」

「何言ってんの、バカ。まだ出会って三日、付き合い初めて一日しか経ってないのに——」


屋上の告白から一夜開けた今朝。早速、新しく出来た彼女のご尊顔を拝む。朝から最高に気分がいい。


「ハァ……」


俺の顔を見るなり、不機嫌そうに眉根を寄せる海凪。大きな溜息を吐きながら荒々しく自分の席に座った。


「今、付き合ってるって言った?」

「ウソでしょ……」

「アイツ、バカだろ」

「転校生だから何も知らないのかな——」


クラスメイトはみんな言いたい放題。俺たちに奇怪な目を向ける。コソコソ耳打ちしてるけど全部、丸聞こえだぞ。


「おい」

「なんでしょう」

「いいのかよ」

「何がですか?」

「こんな堂々と私と喋っちゃって……」

「ん? 別に俺は気にしませんよ」

「ヤバい奴だと思われるぞ」

「周りの目は気にしません。俺の愛を舐めてもらっては困ります。それに俺は元々ヤバい人です」

「そうだな」

「——あ、笑った」


海凪はクスッと笑う。常に仏頂面だった彼女に光が差し込む。ほんの一瞬の出来事だったが、心臓が破裂しそうになる。


「あの、もう一回笑ってもらってもいいですか?」

「ハァ?」

「一枚だけ写真に収めたいんです」


ポケットからスマホを出し、準備する。しっかり海凪の顔にピントを合わせる。


「ちょ、ちょっと待って。絶対撮るな。やめろ‼」

「いっぱい写真撮って、自分のツイッターにアップします‼」

「おいコラ、肖像権の侵害で訴えんぞ」


俺の手首をガシッと掴んできた海凪。呆気なくスマホを没収された。


「ケチですね」

「当然だろ。ヘンタイ」

「俺はヘンタイじゃなくて勇磨です。ちゃんと名前で呼んでください」

「イヤだ。なんか恥ずいし……」


そっぽを向いて顔を隠してもムダムダ。耳が真っ赤かなのが丸見えです。

経験豊富そうに見える彼女だが、実はかなりウブだったり――?


「桐島。やけにその女と仲良くなったんだな」


恥ずかしがる彼女を微笑ましく見守っていると、隣の席の男子が話しかけて来た。なんか感じが悪い。


「もしかして、もう付き合ってるとかじゃ……ないよな?」

「ハイ、その通り。実は昨日から藤春さんとお付き合いさせてもらってます。俺たちできたてホヤホヤのカップルです!!」

「「「ハァァァァ!?」」」


俺のトンデモ発言にクラスメイト達はどよめく。悲鳴に似た声を上げる。


「――やめてよ」

「何がですか?」

「悪目立ちするからそういうのやめて」


ガタンと荒々しく席を立つ音。海凪は小走りで教室を後にする。

去り際に見せた表情はどこ悲しそうだった

「――おーい、みんな席につけ。朝のホームルーム始めんぞ」


海凪が退出したほんの数分後に担任の先生が入室。

1時間目から4時間目まで。結局、海凪が戻ってくることはなかった――。




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