独占欲
ラトゥーチェフロレンスは首都の高級娼館にも劣らない。
貴族令嬢もかくやの作法を身につけ、教養も兼ね備えた美貌の華達と奔放で濃厚な一晩を過ごせると評判だ。
一人だけでも高い娼婦全てを貸切にしてサロン、あるいは貴賓室で酒肴を楽しみ、その後好みの娼婦と関係を持てるのは、貸切にするほどの財力のある客か、私掠船が稼いだ時の宴の参加者か、アレックスが接待する特別な客だけだ。
そして、今日、アレックスが接待しているのは奴隷島の主人、競売人のノアである。
アレックスが用意した高い酒と煙草の産地である海賊諸島でも最高級の細巻葉巻には喜んで手をつけていたが、女性の接待はやんわりと躱して、アレックスの横に座って愛想よく話し始めた。
「ここと奴隷島の間にパルレ島とという島があるのは知ってるよな」
当然知っているし、向こうも知っている前提で話しているようで、アレックスの微かな頷きすら待たずにノアは続けた。
「そこに、カジノを併設した高級宿を作ろうと思っているんだが、ぜひ共同経営して欲しいと思っている。こちらは人の手配こそ得意だが、高級宿で接客できる人間を育てる術がない」
商売人としての抜け目なさと、こちらに対するあからさまな好意が、気がつくとつめらている距離から透けて見える。
「一人でやった方が儲けも多いんじゃないか?」
やんわりと断るが、それに気がついていないのか、それとも無視しているのか、ノアは膝をつめ、アレックスの手を取って口説き始めた。
「俺達は仲間なんだろ? それに娼館の機能を持たせるならばあんたの領分を侵す。俺はそこまで不義理じゃない。今までは牽制し合って来たが、手を取れると分かったんだ。お互いに手をこまねいていた美しい島を開発して、富裕層向けの新たな娯楽を共に提供しよう」
「商売の話をするにしては距離が近くないか?」
「なにを言ってる。この間の俺達の距離だって、あんたが奴隷島で示してくれたんじゃないか。俺はもっとアレックスと親しくなりたい。なあ、一晩過ごすのならば、ほかの誰でもなくあ……」
「酒とつまみをお持ちいたしました」
綺麗に盛り付けられたフルーツと薄切りの塩漬け肉とチーズとナッツを少々乱暴にローテーブルの上に置いた濃い赤毛の男が、グラスに酒を注ぐ。
その隙に男の持ってきた酒を手に取るふりをしてノアとの距離を取ったアレックスはその酒を口に含んで咽せた。
それを持ってきた男に視線を飛ばして目顔で問うと琥珀色の目が、皮肉げに歪んだ口元が、ぎらつく独占欲と嫉妬を見せる。
「失礼……」
チェイサーとして置かれた水を飲んで、心配を盾にせっかくあけた距離をつめ、身体を擦り寄せようとするノアからきっちり距離を開ける。
「ノア、気を持たせたならばすまない。どうも友人に取る距離が近いようでたまに誤解をさせてしまうんだが、俺はノアと友人として親しくなりたかっただけなんだ。パルレ島の件はもちろん前向きに検討するが、貴方と寝ることはできない。確かに俺は元男娼だが、もう引退していて、恋人もいるから彼以外とそういう事はしたくない」
「そんな!!」
悲鳴混じりの声をあげ、肩を落としたノアに立ち上がったアレックスは詫びるように声をかけた。
「ノア、来てくれてありがとう。商売の話は日を改めて。リクエストにはお答えしかねるが、その分、最高のもてなしを用意しているから、今晩は楽しんでいってくれ」
「そんな! アレックス……!」
先程男が持ってきた酒瓶を手に部屋から出ていくアレックスに腰を上げて縋ろうとしたノアの肩を、がっつりと、先程の男が押さえつけてソファーに身を戻した。
瞬間、ノアの身体に足元から怖気が走り、鳥肌が立った。奴隷島で生き延び、成り上がってきたのだ。
人よりも危険察知能力は優れている。
「お前には高すぎる。諦めるんだな」
先程酒を持ってきて、そのまま空気のように佇んでいたはずの男が、殺気全開にしてノアとアレックスの間に立ち塞がったのだ。
これがアレックスの男かと、納得し、勝てないことを理解する。
大きなごつごつとした手が、ノアに出されたグラスを取って、目の前の男はそれを一息にあおった。
「これはアレックスの考える最高のもてなしには入らないみたいだから、下げさせてもらう。では、失礼」
グラスをこれ見よがしに持ったまま、男は部屋から退出していき、入れ替わりに5人ほどの美女が部屋に入ってくる。
ラトゥーチェフロレンスの美しい華達だ。
彼女らの心からの歓待にノアは失恋の傷をほんの少しだけ慰めることが出来た。
先んじて部屋を出たアレックスをランスが壁に追い詰め、その背を押し付けた。
「あの男を斬らなかった褒美をくれ」
ランスがアレックスの顎に指を絡めて持ち上げ、噛み付くようにふっくらとした唇を自分の薄いそれに重ねる。
唇を甘噛みというには強く噛まれ、それから逃れようと口を開ければ、ランスの舌が口腔に押し入り上顎をしゃぶって舌を絡めとる。
一瞬あのまずい酒の味がしたが、お互いの唾液と混ざり合ってそれすらも甘く変わった。
息が乱れて足元をふらつかせると、腕を持ち上げられてランスの首に手を回すように導かれる。
「もう……。十分、だろ」
「まだ、足りない。恋人となら、そういう事をしてもいいんだろう?」
ちゅ、と誘うように唇の横にキスを落とされ、鼓動が早くなる。
小さく頷くとランスはアレックスの身体を易々と抱き上げ、計画していたかのように近くの寝室に連れ込んで鍵をかけ、その身を寝台に運んだ。
天蓋にかけられた紗を降ろして、乱雑にシャツを脱ぎ捨てる。
すらりと細い身体は服を脱げば、鍛えて研ぎ澄まされた筋肉に覆われていた。
無意識に唾を飲み込んだアレックスがもどかしげにシャツの紐を解いていると、ランスの手がするりとアレックスのシャツをはぎ取って寝台の上に押し倒した。
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