エイプリルフールSS

 ※エイプリルフール用に書いていたSSだったのですが、間に合いませんでした。年齢変化(見た目のみ)女装あり。本編には関係ない一幕。

 本編終了後。ジーナが幼女の頃。ランス呼び。

ランス視点、登場人物 アレックス、デイジー、ジーナ、ヴァンサン。

細かいことを気にせずお楽しみください。


※ ※ ※



「なんだ? これは?? どういうことだ?? ら、ランス?! 起きろ! 今すぐだ!」


 甲高い子供の声に、ランスは飛び起きた。

 いつもと視界が違う。何もかも全てが大きい。

 慌てて横を見ると、目の前に絶世の美少年がいた。

 雪のように白い肌、愛らしい薔薇色の頬、桜桃を思わせる自然なのに鮮やかな色のぷるりとした唇。

 顔は小さく、煙るような長い金髪は流れるようにさらさらとしている。

 常に笑っているように見えるアーモンド型の眦、量の多いくるりと巻いた睫毛に覆われた瞳の色は森の木漏れ日を切り取ったかのよう。

 ランスは、現実にそのような事が起きるのか、という疑問点以外は確信を持って尋ねた。


「アレックスだよな」


 とんでもなく若返っているがこれほどの美少年などアレックスとしか思えない。

 確認の為に声を出すと、自分の声があからさまに高い。

 戸惑っていると少年は同じように困惑した表情で頷いた。


「お前は今出会った頃の子供の姿になっている。声や視界を考えるに、俺もそうみたいだが」


「推定十歳ぐらいに見える。父が辺境伯の地位にありながらあんたの護衛に駆り出された理由が分かった」


 昨日着せて寝た大人サイズの絹のガウンは当然彼の肩から落ちてほぼ全裸に等しい。

 ちらりと見える成長途中のアンバランスな肢体は服を着ていても不埒な虫を引き寄せるだろう。

 少年への性的嗜好がない自分でも、これを護衛無しで歩き回らせるのはまずいと理解できる。


「まずいな……今日は総督が来ると言っていたぞ。断りの手紙を出さないと。ペンを使うのに問題のない年齢で良かった」


 ずるずるとガウンを引きずってベッドから降りた途端に裾に引っかかってアレックスは足をもつれさせた。


「った。服がないとどうにもならないな。この部屋に子供の着られそうなものはないし、デイジーを呼ぶしかないか」


 と、その瞬間、タイミングよくデイジーが転がり込んできた。


「た! 大変だよ! ジーナがこんなふうに!! って、誰? 坊や達どこから入ったの?? やだアレックスとランスにそっくりね。まさかあの二人、隠し子作ってたの?!」


「本人だよ! ジーナがどうしたって?!」


「えっ……うそ?? あんた達まで?!」


「だからジーナがどうしたんだ? まさか赤ん坊に??」


「パパどうしよう……大きくなっちゃった」


 そこに困った顔で若い女が入ってきた。豪華な金髪にアイスブルーの瞳のスタイル抜群の美女で、この屋敷のメイドのお仕着せを着ているが胸がパンパンではち切れそうだ。


「ジーナ???」


「なんでメイドの服を着せてるんだ?」


 驚きで声も出ないアレックスに変わってランスが尋ねるとデイジーが答える。


「胸が大きすぎて、入りそうなのがこれか私の若い時の服しかなかったんだよ。あの頃は盛ってたからね」


「あ、あれはだめだ!!」


 アレックスが慌てて言っていて、ランスはうっすらとその服がデイジーの娼婦時代の服なのだろうと察した。


「とりあえず、ジーナの服で男でも着られるやつがあるだろう。それを二着ばかり持ってきてくれ」


「任せて!」


「待って! 私も行く!」


 デイジーを所作は子供のままのレジーナが追いかける。

 そして待つことしばし、二人が服を持ってきたのだが……。


「デイジー! ふっざけるなよ!! どう見ても女の子用だろう!」


「ジーナが選んだんだよ。あーあ! 可哀想に」


「お人形さんみたいだし、似合うと思って……」


「泣くな! わかった、着るから。な!」


 泣く子には弱い。アレックスがレースがたくさんついたワンピースを着る横で、しれっと飾りの少ないシャツを手に取ろうとしたランスはアレックスに睨みつけられた。


「お前も着るんだよな! これを!」


「俺は貴方ほどは似合いませ……分かりました。着ればいいんでしょう!」


 じとっとした目に睨みつけられて、渋々それを着てみせると喉の奥で機嫌良く笑いを噛み殺す音が聞こえる。


「思ったより似合ってるぞ」


「母親似なので、母の小さい頃に似てるんじゃないですかね……」


「え?! パパもランスも可愛い! パパの髪の毛、三つ編みにしていい?」


 言動は六歳のままはしゃいだ様子のレジーナを撥ねつけられないようでアレックスは諦めの表情で床にぺたりと座った。


「好きにしたらいい」


 髪を結ばせる美少女(パパ)と美女(幼女)の二人の様子をほっこりと見つめながらケインは首を傾げた。


「なあ、何か忘れて……」


「あっ……! そうだ! 総督に手紙……」


 お約束だ。手紙を書いていないとアレックスが言いかけたところでドアが開いて総督が入ってきた。


「勝手に入りましたよ。珍しくランスのやつが玄関で待ち構えてなかったですし……?」


 総督の目がフリルとレースまみれて三つ編みされているアレックスを凝視する。


「んー。失礼」


 くんっとアレックスの匂いを嗅いだヴァンサンは目を見開いた。


「ウィステリア……!!!」


「ヴァンサンが、マーティンの足の臭いを嗅いだキャリコみたいな顔をしていたが、匂うか?」


「いや、いい香りがするが」


「そっちはランスとレジーナ様か?」


「よく分かったな……」


「分かりますよ。どんな姿をしていてもウィステリアはウィステリアですし」


 はぁー、とため息をついて、残念そうにヴァンサンは首を振った。


「なんでこんなんなっちゃったんですか? 若くなりすぎですよ……あと十歳ぐらい上じゃないと全然癖にこない……ただ可愛いだけで子供の貴方はつまらないです」


「意外だな」


「意外ですね…」


「パパ、こんなに可愛いのに」


「失礼ですね! もちろんどんなウィステリアも愛しいですが、自分がはじめて言葉をかけていただいたあの時の殿下が最の高なんです! はっ! ここからアレに育っていくと考えればこの姿もまあ悪くないです」


 自らを抱きしめて体をくねらせたヴァンサンはくるりとランスの方を振り向いた。


「それよりもこっちですよ。ちっちゃくなっちゃって、まあ、愛らしいことだ。日頃の鬱憤を思う存分晴らせそうですね。ランス君。さあて、こちょこちょとかしちゃいましょうかね」


 指をわきわきと動かすヴァンサンをアレックスがおざなりに止める。


「ヴァンサン。やめろ」


「やめませんよ! 日頃の恨みつらみを晴らせる、のわぁああああ!!!」


 ランスとの間を詰めたヴァンサンの足元にしゃがんで入り込んで足払いをかけ、転んだところに馬乗りになってて首筋の頸動脈に手を当てる。


「首の骨を折るのは無理だが、息の根を止めるぐらいなら出来る」


「あーあ。やめとけって言ったのに。ランス……ケインは大陸有数の剣の使い手だった父親に認められて八歳で戦場に出た天才児だ。この年頃でも下手な大人よりもよっぽど強い」


「止めたの、私を心配してくれたんです?!!!」


「ポジティブに言うな? 人死を出すわけにもいかないからな」


「物心ついた時から大人と鍛錬させられてたんだ。どいつもこいつもあんたみたいに子供だとナメてくれるからちょろいもんだよ」


 グッと体重をかけて男の首を絞めると顔色が赤黒く変わる。

 このまま落としてしまおうかと物騒なことを考えたところでランスはガイヤールから引き剥がされた。


「そろそろやめてやれ。飯でも食べよう」


 アレックスがヴァンサンにも同席を許して遅い朝食を済ませた。

 舌も子供に戻っているらしい。いつも好んで飲んでいる食後の珈琲は酷く苦くてもてあましていると、昼の鐘が鳴る。

 その瞬間、体に痛みが走ってランスはたまらずうずくまった。

 痛みを必死で逃して立ち上がると体にボロ布と化した服の切れ端がはりついている。


「っ……なんだこれ……」


 やはり痛みを堪えていると思われるアレックスと、痛みは感じなかったようなレジーナを見比べてランスはアレックスに駆け寄った。


「アレク! 大丈夫か? デイジー、レジーナを連れて部屋に戻って着替えをしてくれ」


迅速に動き出したデイジーとジーナ、息をついたアレックスは荒っぽく総督に言った。


「おい、ヴァンサン! 上着を貸せ!」


「はい! 喜んで! えっ!! この男に渡すんですか?!」


「ランス! 俺の服とお前の服を急いで取ってこい」


 ランスはヴァンサンのきつい上着を羽織ると全速力で部屋に戻り、服を着替えてアレックスのガウンを手に取って返した。服がビリビリになったアレックスとアレを長く一緒の部屋に置いておきたくなかった。


「……ん? 今日は万愚節か?」


 一足飛びで部屋に戻ると全裸のままアレックスが独りごちていた。総督は少し離れたところにある椅子に不貞腐れたように座っている。どうやらアレックスが遠ざけたらしい。



 万愚節は春の祭の一つで、没食子と言われる、なめし革を作るときに使うブナの木の瘤の妖精が、春の芽吹きの季節に悪戯をするという言い伝えがあり、その悪戯が最も多くなる日と言われる四月一日に人々は悪意のないホラを吹いて春の訪れを祝い楽しむ。

 ランス達はそれを祝う風習がなかったから、その妖精がかわりに悪戯をしたのかもしれない。


「没食子の妖精に揶揄われたのかもしれないな」


 ガウンを頭からかけてやりながらそう言うと、アレックスは小さく微笑んだ。


「不思議な事もあるものだな。だが、悪くなかった……懐かしいお前の幼い頃も、大きくなったジーナの姿も見る事が出来たから」

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