働き方改革2

「これだけ……??」


 ランスによって仕分けられ、机の上に置かれて自分の仕事とされた書類を呆然と見たアレックスに、ランスは書類を裁きながら説明を始める。


「まずはこれ。これは総督府の仕事だ。私掠船の収支についてはこちらで作る必要があるが、海域の防衛計画についてこちらでやる必要はない」


「包括的な防衛計画を作って私掠船団を噛ませれば価値を上げることができるだろう」


「防衛については海軍主体でやるのが筋だ。越権だから差し戻す。総督と海軍提督と話をつけている。すでに充分食い込んでいるし、小細工を弄さなくても私掠船団が蔑ろにされる事はない。むしろ食い込みすぎていたからレジーナを危険に巻き込む一因になったと思うが?」


 アレックスは国の仕事の流れと誰がどこまで関わるのかを把握し、査察が入れば逃げられるかどうかギリギリまで首を突っ込んでいた。

 その自覚はあるのだろう。アレックスはしゅん、と肩を落として返事をする。


「……はい」


「次、ラトゥーチェ・フロレンスの事は予算をつけてデイジーとディック、補助としてヘザーに任せる。ディックは計算や仕入れが得意だ。船の主計業務だけじゃもったいない。ついでにこの私邸の食品や消耗品の仕入れも合わせて頼む事にした」


「ディックは確かに有能だが、ちょっと不安が……女にいれあげて仕事をおろそかにしたり色々ちょろまかそうとしたり」


「仕事漬けにすることによってディックの女遊びのトラブルが減る。飴として給料を増やした上で終わったら娼館で自由にしてもいいと言ってあるから、真面目に働くだろう。ディックと馴染みのヘザーが監視と手伝いをするし、まとめてやらせる事によって確認作業は簡単になるから貴方も短時間でチェック出来るだろう。それに一括購入で仕入れの金額も下がるから一石二鳥だ。そもそもこんな細々したところまで貴方がやる必要ない」


立板に水、きっちりと調べ上げて資料まで揃えて言ってやると、アレックスは観念したように長い長いため息を吐いた。


「砂糖事業や綿花事業については現場が分からないからとりあえず手元においたが、この辺りが削れるように思う。そこまで削れば八割達成するだろ」


 細々とした説明を書類と照らし合わせながら聞いて、アレックスは完全に降参の姿勢を見せた。


「文句のつけようのない案を出しやがって……。分かった……。受け入れる。今日これだけなら午前中で終わらせて、午後はジーナとのんびりする」


 そうして渡した仕事を片付けさせ、のんびりとした時間を楽しむという目的を果たすべく椅子に腰掛けて海を眺めているのだ。


「休みを楽しんでるか??」


 別邸にある海の見えるバルコニーにデッキチェアが三台置かれている。

 真ん中の椅子に座って、この辺り名産のフルーツを絞ったジュースを飲みながらぼんやりと海を見つめるアレックスは困惑した顔をランスに見せた。


「暇すぎて気が狂いそうだ……書類を読みながらや、交流目的の茶会とかならまだ耐えられるんだが、海をただ眺めている事の生産性は? こんな暇なの、体調不良でもなければ耐えられない」


「想定以上の仕事中毒だな。前に酒でも飲みながらのんびりしたいって言ってたから、リクエストに近いものを用意したんだが。可愛い娘と美味しいものを飲み食いしながら、のんびり綺麗なものを見れば心も洗われるだろう?」


「ジュースも美味しいし、風も気持ちいいね。パパ」


「そうだな……?」


 いまいち乗り切れていないようだが、それでもアレックスはにこにこと笑うレジーナを見て頬を緩めた。

 空いた一席、アレックスの隣に座ったランスは、潰して濾したラカダンと牛乳をよく混ぜたものを飲みながら、同じように穏やかな海を眺める。

 アレックスに休むように言ったが、ランスとてこんな風に過ごすのは久しぶりである。

 潮騒の騒めき、吹き渡る爽やかな風、なにもかもが穏やかで、つい先頃まで復讐に囚われて走り続けていた事が嘘のようだ。

 アレックスは怨嗟のどす黒い炎ですり減り壊れかけた心を護ってくれて、人生のやり直しへと腕を引いてくれた。

 この凪いだ海のような平穏な日々に満ち足りた気持ちを抱くことに、罪悪感がないわけではない。

 だが復讐を望んでいなかったはずの彼は、あえてそれを肩代わりし寄り添ってくれた。

 その分彼と共に生き直す事が、自分に与えられた義務であり恩寵なのだのだろう。

 ランスは退屈そうに身悶えしているアレックスを見つめて、海に視線を戻した。


「アレックス。俺はあなたとこうやって席を並べて、平穏な気持ちで日々を過ごすことが出来てとても幸せだ。ありがとう」


 あの時はそんな風には思えなかったし、考えが変わった後、伝えることもできなかったから、それを伝えた。

アレックスは動きを止めて嬉しそうに微笑み、そして、長い長いため息をついた。


「そろそろ切り上げようと言おうと思ったのに」


アレックスは退屈そうな様はそのままに再び全身の力を抜いて椅子に身体を預けた。


「パパ、あのね、波のキラキラって光るたびにちょっとずつ違うの! たまに鳥さんも飛んでるし。あとね、ランスだけ違うの飲んでるの。そういうのを探すと退屈じゃないよ」


「ジーナは賢いな。面白い探しの名人か? だが前につまらないと言って、部屋を抜け出してなかったか?」


「あの時はパパがいなかったもん。あと、いちおうランスも。今日はいるからつまらなくないよ」


「そうか。ジーナを見ていれば時間を忘れるな」


 納得したのか、アレックスはその日の午後を、のんびりと休養にあてることが出来た。

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