海賊の隠し港

「どうだった?」


私掠船団のアジトは海賊狩りの時に船を隠すために見つけたという半洞窟の隠し港だ。海流の影響で大型船を出せる時間は限られているが、斥候に使える帆付きのボートならばいつでも出せるから、ルークに言付けて確認させておいたのだ。


「言ってた海域で定期船の残骸が見つかった。取れるものを取った後、大砲の的にしてったみてぇで、酷いもんだった。生きてる人間はいなかった」


珍しく酔いの覚めた顔をしたルークが苦く告げる。別れた時よりも酒臭いから呑んではいるのだろうが、酒さえ呑めばご機嫌な飲んだくれが素面まがいの深刻さを醸し出しているところに、状況の悪さを見て取れた。


「大ピンチじゃねーか。なあアレクよ」


海図をおいたテーブルを囲んでくくっと楽しげに喉を鳴らしたマーティンにアレックスは渋面を見せる。


「笑い事じゃない。拾った男の話を聞く限り、相手は俺をここに売り飛ばした連中だ」


無意識に腰に佩いた剣の柄を撫で、アレックスは身体を震わせた。


「廃業すっか? 俺の蓄えは充分あるし、こいつらの働ける場所も作れるだろう。正直それでも構わねぇが」


「考えなくもなかったが……」


ざわざわと二人の話を聞く乗組員達の空気が揺らいだ。


「逃げるのも癪だし復讐心もある。だがそれ以上に定期船が本当に襲われたならあいつがそれを許すとも思えねぇ。尻尾巻いて逃げるとなりゃぁ何を要求されるか」


アレックスはこの地域の総督の顔を思い浮かべて舌を打った。

彼はの一番の客だった男で、自分を身請けしたマーティンに対して敵愾心を持つ一方、アレックスにはいまだに執着し、事あるごとに口説いてくる鬱陶しい男だ。


「可愛い義理の息子を愛人に出さないといけないなんて。まあ手下の為に頑張ってくれ」


「親父を吊るせと言われるだろうな。尊い犠牲に乾杯しないと」


マーティンは気心のしれた相手だ。乾いた笑いをあげてお互いに冗談を交わすと思考を切り替える。


「で、相手がお前の仇の海賊共だとして勝ち筋は見えるか?」


マーティンに問われてアレックスは首を振った。


「不意打ちだったのを差し引いても、前に勝てなかった時よりも今の俺らの方がおそらく弱い。ピースがハマれば、チャンスを見出せるかとは思うが、それが上手いことハマるかはまだなんとも言えねえな」


「俺達じゃ頼りにならねぇと?!」


 苛立たしげな声をあげたのはこの船の切り込み隊長のドルフだ。2メートル越えの大男で、この船で一番好戦的かつ、自分の強さに驕ったところがある。


「そうは言ってねぇ。だがお前ら海軍の奴らと、まともに戦って勝てるか? そいつらは海軍と互角かそれ以上だ。俺が襲われた時、俺以外は皆殺しされて、見目の良かった俺だけが売り飛ばされて助かった」


 情けないのは分かっていても、あの時の事を思い出すたびに手が震え、顔から血が失せる感覚がする。

 偶然だが形見の剣を持ってきて良かった。アレックスは剣の柄を何度も握りしめて心を落ち着かせていると、その様が伝わったのだろう、ドルフがアレックスに向かって嘲り混じりに言ってくる。


「ビビってんじゃねぇ! そんなに怖けりゃ船を降りて、ベッドで頼りになる男にでも可愛がってもらえ」


 瞬間、撃鉄を起こす音がした。慌てて音のした方を見るとマーティンがドルフに向かって拳銃を向けている。


「俺達が今こうやって生きてられんのはアレックスのおかげだってお前も分かってんだろ。そのくせぇ口を閉じろ」


「マーティン、あんたもあんただ。男娼なんぞに骨抜きにされやがって」


 マーティンのこめかみが音でも立てそうな勢いで揺らぎ、銃の引き金に掛かる指に力が入る。

 アレックスはドルフの前に体を滑り込ませてそれをギリギリのところで止め、柔らかく仲裁に入った。


「よせ。マーティン。俺が男娼あがりであんたに身請けしてもらったのはほんとだろ。怒るほどのことでもねぇさ。それにビビってるってのも事実だ。だがなぁ、ドルフ……」


 髪をかきあげると、表情を消して硬い空気を纏ったアレックスはドルフの首筋を軽く叩いて、いつもより低く威圧感のある声で言葉を継いだ。


「不満があるなら抜けろ。恐れがあるからこそ相手の力を見誤らずに効率よく確実に戦える。その俺のやり方で、ずいぶんと楽にお前の懐を潤してやったと思うが」


 普段は顔を隠し、場に合わせた穏やかさや快活さや気さくさを纏わせていて気にならないが、それを消せば整った顔と相まって怜悧な印象が先に立つ。

 その迫力に押されたドルフが一歩下がった。

 アレックスがこの船に来たのは七年近く前のことだ。中性的で優美な美貌の男娼を身請けし、この隠れ港に連れ帰って来たマーティンにドルフをはじめとした乗組員達は強い反発をみせた。

 当時は賢征王の海賊狩りが最も苛烈に行われていた時期だ。この海域で船を襲うことはおろか、あちこちの隠し港や海賊のアジトに海軍が踏み込み、片っ端から首を括られ、見せしめとしてコールタールを塗られ岬に吊るされていた。

 この近海は商船よりも海軍の船が闊歩していて、船を襲えず自分達を食わせる金もないはずのマーティンがよりによって男娼に大金を使って帰ってきたのだ。反感を買わないわけがない。

 マーティンを無人島に送りアレックスを売ろうとした彼らだが、アレックスは乗組員全員に金貨を一枚づつ配って一ヶ月の猶予を求めた。そして一ヶ月後に約束通り総督から私掠船の許可証をもぎ取ってきた。そしてその後も最小限の損害で最大の利益を上げ、お陰で入れ替わりの激しかった海賊団も今や、長く船にいる人間が残っている。


「この船には俺より戦える奴はほとんどいねぇだろ! 今出てかれたら困るんじゃねぇのか?」


「多少は。けどなぁ……どんなに腕っ節が強かろうが何年も甘い汁を吸わせてやったクソが、いまだに親父を罵れることが分かって、切らねぇでやるほどお優しくはねえんだ」


 確かに彼は多少はマシだが、あの時の海賊から見れば自分も彼も五十歩百歩だ。直情型だから使いにくいし、ランスとすげ替えが効く…むしろすげ替える事で戦力が伸びる可能性が高い。


「そ、そもそも、お前が俺たちが弱ぇってナメたのが先だろ?!」


 個人的な侮蔑の感情はさておき、楽で割りのいい船であるここを追い出されたくないのは間違いない。明らかに焦るドルフにそっけなく返した。


「俺はお前の事を侮ったわけじゃねぇ。あいつらが強すぎるって話をしただけだが。腹に貯めた暴言を垂れ流してスッキリしたか? 俺は親父にクソを浴びせかける奴は許さないと決めている」


「だから! それは俺が弱えってことだろ! やっぱり俺をバカにしてるじゃねえか!」


 自分の怒りが正当だと言い募る男にアレックスは溜息をついて身を引いた。


「そんなつもりはねえよ。だがそうだな……実は今朝拾った二十一才の若造を新入りとして船に入れたいと思ってる。そいつも話を聞くと腕に覚えがあるそうだ。勝負してお前の方が強けりゃ俺はお前に土下座で詫びて、次の俺の取り分をくれてやる。その代わりお前が負けたらこの船を降りるか、甲板磨きからやり直してもらう。どうだ?」


 アレックスの譲歩を引き出したと思ったのか、ドルフは侮蔑と安堵を浮かべて二つ返事でそれを承諾した。

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