第22話 R6.12/7-8
昨日は昼からジムへ行き、夜は忘年会に行った。
昼のジムの後は眠ってしまったので、それ以外に特筆すべきことはない。しかし、有意義だった。
同業他社の、俺と同じ途中入社でありながら、本来有り得ない位置にまで出世している『Aさん』と話が出来たからだ。
Aさんは、50代前半の紳士的な人だ。身長は180cmを越えていて、産まれた年代にしては、高すぎる。
今までは練習しながら、ちょっとした話しか出来なかったのだが、昨日は少しばかり深い話が出来た。
なんとなく、察してはいたのだけれど。飲みの席でのAさんは、紳士的でありながらエネルギーの高い人だった。そして、人が不快になるようなことは一切言わない。Aさんが話した後には、笑い声が周囲に生まれる。
そして本人は、他の人が話している時はニコニコと微笑んでいる。
聞けば、先週は某国でM〇〇〇会議に出席。ネイティブの話す英語に辟易しながら、同じようにニコニコと笑って受け止め、間を取って頷いていたらしい。
なんとなく、微笑ましい想像が出来る。その話をした後にAさんは、ガハハと大きく笑っていた。Aさんの名前をググれば、日経新聞にその人事異動が載っていた。
営業として大抵の月をNo.1であり続け、所長としてNo.1を取り続け、その後の昇任でも、その後の後の昇任でも、はっきりとした結果で目立ち続けた成果らしい。
社内での人望も抜群。退職して会社を設立すれば、100人は付いてくるだろうという話は、誇張でもなんでもないだろう。
……断っておくが、こんなに自慢話のように喋られたのではない。俺が根掘り葉掘り聞くから、答えてくれただけだ。
「普段は優しくしておいて、いざという時だけ厳しく言うんだよ。普段から怒ってるような奴は、ダメさ。伝わらない。普段は溌剌と仕事をしてもらうのが一番良い。結果も出る。そして、あいつが怒ったってことは、それだけのことをしたんだ、と思わせなきゃいけない」
「育てるのが仕事ってことは、忘れちゃいけない。それが第一。男には成果を出すように厳しく言うし、女性が成果を出したら本音で持ち上げて一緒に喜んであげる」
本当に、格好良かった。聞けば、今の会社に転職したのは今の俺と同じ年齢。何なら、生まれたのは同じ県の隣の市だった。
その前に別の同業他社にいたとのことだが、自分と比べずにはいられなかった。
「そうしてるから『今月は行くぞぉ!』って振り上げた時に、みんな着いてくるのさ」
そう言って、Aさんは実際に拳を振り上げてみせた。
リングで戦ったなら、間違いなく俺の方が強いだろう。
俺の方が、格闘技のキャリアは長い。拳を打ち込んだ数も、サンドバッグを殴った数も、圧倒的に俺の方が多いはずだ。
けれど、俺が拳を振り上げてもこんなには様にならない。多くの人が着いてきたりはしない。何なら、俺が着いていきたいと思わされてしまったのだ。
忘年会には、Aさんの奥様も遅れていらした。
「Aは努力してたから。土日も無いように仕事して、最初の頃は私もロープレに付き合わされたの」
それでケンカになったこともある、なんて言って、奥様は顔を上げて笑った。素敵な奥様だった。
「子どもには恵まれなかったけど、娘や息子みたいな部下がいっぱいいる」
関わりがあるのだろう。奥様も頷く。そこに、一点の引け目もなければ、劣等感も悲しさも、あらゆるマイナスの感情は見えなかった。というか、Aさんと奥様からは、ずっとマイナスの感情や言葉が一度も出ていない。
人間力、なんてベタな言葉でまとめたくはないけれど。
圧倒的な夫婦だった。
それに比べて俺の、なんと汚い言葉や人を傷つける言葉の持ち合わせが多いことだろう。
派手に演出したいのか? 一言で鋭利に人を刻みたいのか?
そんな虚勢のための言葉は、捨ててしまえと思った。
一夜寝て『宇宙さん』の続編を聴きながら買い物に行き、続きを聴きながらサウナに向かった。その中で、気付いたというか思い出したことがある。
いつ、どこで聴いたのかは思い出せない。
人は前向きで元々で、優しくて元々。
誰かに下に見られたり、誰かに馬鹿にされたりが悔しくて、
自分も誰かを下に見たり、誰かを馬鹿にし始めて心がマイナスに走ったり、歪んだり曇ってしまうだけ。
心がクリーンアップされて自分は自分として前向きになれれば、そんなことはしなくても自分を自分として保てる。
彼らはそうなのだ。俺や、今の上長は、不安やコンプレックスに飲み込まれて、誰かを傷つけようとしている。
勝てる自分で、勝ちの行動を取り続けることはもちろん必要だ。劣等感に苛まれたり、優越感に浸って今以上を目指すことはもちろん素晴らしい。
でも、言って誰かを傷付けたり周りに浅ましく誇示する必要もない。
高いエナジーを持つこと。そのエナジーをすべて、陽と善の方向に向けて放つこと。
それが、気分よく生きる戦略というか、方針というか、道かもしれない。
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