『白い腕』⑥
●山口雄大、二日目
月曜だ。昨日はいつもどおりに部活で練習し、遊んだ。
事故の件は、ほとんど意識せずに過ごしていた。度々人に言いたい衝動に駆られたが、我慢した。お調子者で、人に時々嫌な思いをさせては家で反省する俺にとっては、珍しい。これも成長だろうか。
今は、つまらない共通講義の最中だ。
『分子は世界』。詩的なのかもよくわからない講義名だった。教員は、うまいことでも言ったつもりなのだろうか。
法文学部である俺の学科とは何の関係もないこの講義を取ったのは、反省からだ。サークルや部には、興味があるものに片っ端から手を出している俺である。別に向上心ではなく、ただ単に自分が知らないものを、他人がおもしろそうにやっているのが許せないのだ。
子どもだ。
だから、自分が興味を持っていないものには、大学に入ってまったく取り組まなかった。これでは狭い人間になってしまう。そう反省した俺は、手始めに半年の期限である講義で試してみた。試してみたのだが、失敗であった。
この講義に来ると、あの時反省すべきではなかったと、いつも反省してしまう。
そういうわけで、講義ははじめから聞いちゃいなかった。幸い、出席日数が多くさえあれば、よほどでないと単位がもらえないということはないらしい。去年取っていた先輩から、ノートももらったので、いつも安心して読書に集中できた。
つまり、今日は安心して、小畑を観察できるのであった。今のところ、特におかしいところはなかった。取り立てて挙げるならば、いつもは一番前の席に座っているのが、今日は前から三番目に座っていることぐらいだろうか。まぁ、いつも後ろよりにいる俺からすれば、それでも前にいる方だが。まじめにノートを取っているようだ。こんなにもつまらない授業で、よく眠らずにノートを取れるものだと、少し感心する。
教壇では教員が、クーロン力がどうと説明している。クーロン力と分子間力は、違うそうだ。
特に変わった様子はない。あいつもまじめにやっているものの、つまらないのだろう。鞄の方をちらちらと見ていた。まじめではあるものの、真剣ではない。俺があいつを嫌いな理由の一つだった。
そろそろ帰ろうか。勘違いかも。そうも思ったが、何か変化があるかもしれないので、いつも通りに本を読むことにした。
しかし、しばらく時間が経って顔を上げると小畑の姿がなかった。
後ろのドアから急いで教室を飛び出し、左右に首を振って、小畑の姿を探した。
影すら見当たらず、俺は自分を責めた。これは珍しいことだ。これはいつもと違う。しかし、だからと言って、どうだというのだ。俺にあいつの何が推測できるでもなかった。
迂遠すぎる……。そう思って、すごすごと教室へと戻った。
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