何度でも、恋をする。

水木レナ

突然だが、カミングアウト。

 俺はアラサー。おじさんだ。

 最近仕事が暇なせいで、腹が出てきた。

 そのせいで、奥さんに拒まれている。

 いや、今まで肉体労働で食べても食べても、太ったりはしなかったのに、気づいたら体形が変わる年になっていた。

 奥さんはパートを増やし、家にいることを嫌うようになった。

 それもこれも、俺のことをカッコ悪いと思っているからなのだろうか。

 家族に疎まれるというのは、腹立たしくもあり、口惜しくもあり、しかもそれが太ったからというのは情けなくもあり。

 正直、欲求不満だ。

 なにより、家族にカッコ悪いと思われていると思うと、男の自信がなくなってくる。

 もしも、女子高生とつきあったら、若さを取り戻せるだろうと思うのに。

 自信がない。

 自信が欲しい。

 女子高生なら、やりたい盛りだし経験もそんなにないから御しやすいだろう。

 しかし、そんな都合のいいことを考えていても、実際に奥さんにさえ見向きもされなくなった俺なのだ。

 出会い系やマッチングアプリは、いかにもなので後ろめたいし、浮気がバレたら慰謝料を請求される。

 そうでなくても、今後ますます冷たくあしらわれるようになるだろう。

 ダメだ、このままでは社会的にもメンツが立たなくなってしまう。

 そこで俺は考えた。

 Twitterだ。

 そこで面白楽しく、欲求を発散するのだ。

 実際やってみた。

 うわべだけのつきあいが増えただけだった。

 俺の魅力に気づいてくれるだれかはいないのか? それこそ女子高校生とか。

 ああ、若い女を抱きたい。

 身もだえして、のたうちまわるように毎日Twitterをちらちら見ていた。

 あるとき、同じアラサーの女がDMしてきた。

 コンサルタントの仕事をしていると言っていた。

 同じ年頃の女は抱いてきたけれど、満足できなかった。

 どうせ、この女も出逢い目的だろうとタカをくくって、最初からエロモードで迫り、女もまんざらでもなさそうだ。

 しかし、俺が既婚であることをばらしたら、奥さんを大事にしてと言われた。

 その奥さんとレスだから、おまえとDMしてるんだよ。

 俺は女を抱きたいの!

 なんならスケベな画像とかも欲しい。

 毎日、DMでそれらしいことを言うのだが、相手は

「あなたに奥さんがいなかったら、アタックしちゃうのにな」

 と。

 おいおい、それまでのやり取りはなんだった? そろそろリアルで会いましょうとか言い始めるところまできてただろ?

 しかし、奥さんが忙しいこと、彼女の性欲が減退していること、家事をおろそかにしていることなどを話したら……。

「奥さんはあなたに裸体を見せられない理由があるのかも。体形に自信がなくなったとか」

 奥さんは俺と違ってダイエットで十キロ痩せました。

 俺は基礎代謝が落ちて太る一方です。

 自信がなくなったので、浮気をして男の尊厳をとりもどしたい、それだけなんで。

「奥さんお仕事でくたくたなんでは? マッサージとかしてあげてはどう?」

 また何を言い出すやら。

 仕事でくたびれてるのは、俺もです。

 休みの日以外は、掃除をする気も起らない。

「奥さんをいたわってあげなさいよ。いたわりもせず、褒めもせずでは、頑張って家事をしようとは思えないよ」

 はあ、そんなもんですかね。

 俺はずっと料理も掃除もしてきたし、当然だと思ってきたけれど。


 と言っていたある日、奥さんが首にけがをした。

 整形外科へ行って薬をもらい、整体に通うことになった。

 俺は仕事を休み、病院へつきそったが、原因が不明ということらしかった。

 ようするに神経をやわらげ、整体で痛みを緩和するしかないのだ。

 前々から首が痛むとは言っていたが、そこまでとは思わず放置していた。

 そのしわ寄せが来たということだな。

 俺がそのことを打ち明けたのは、やっぱりDMの彼女だった。

 そこで話はそれるが、彼女はダイエットを定期的にしていて、その話の流れで自分も食事制限を自主的にしようという話になった。

 そうだ、かつてのひきしまったウエストを取り戻すのだ!

 俺は沈みがちだった心にファイトがわいてくるのを感じた。

 カッコ悪い男になりたくない。

 奥さんにみっともないと思われたくない。

 その一心で、仕事あがりの空腹を耐えて、まずは糖質制限。

 次に炭水化物を減らす。

 これだけで違うはずだ。

 DMの彼女はそれはよいことだ、がんばれ! と言った。

 俺は我慢強い。

 きっと痩せてみせる……7月の健康診断の前に。


 一週間が経った。

 三キロは順調に減った。

 酒は飲んでるが禁煙は続いてきた。

 しかし、身体が飢餓状態になれてきて、体重が落ちなくなった。

 DMの彼女は、今が正念場だと応援してくれた。

 間食にスモークチーズを四個食べてしまったので、少々負い目に感じていたのだが、彼女は一日に200キロカロリーは間食しても大丈夫だと。

 まじか。

 200キロカロリーってほんのちょっとだ。

 酒を飲んだらあっという間にオーバーする。

 酒をやめろと言われても……。

 つまみは摂らないようにしているから、見逃してはくれないかな。

 しかし、脳が飢餓状態を察知すると、体に栄養を蓄えようとするという。

 それはだめだ。

 そう思っていた時、DMの彼女がアスリート用のダイエットメニューを勧めてきた。

 そうとう激しいもんらしく、体に不調があったり、糖尿病やコレステロール値が高い人、高齢者は無理だという。

 スマホでググったら、やっぱり酒はダメだそうだ。

 一日働いて、酒を飲まないのでは明日への気力がわかない。

 ダメだ。

 地道に、地道に。

 ロカボナッツというのもあるらしい。

 こんどドラッグストアで探してみよう。

 ナッツは好きだし、一日分の必要量が分包されてるというのもいい。

 アマゾンで調べたらチーズ入りというのもあるから、間食するならこれだろう。

 サプリよりは健康的だ。


 帰宅して、黙ってニラ玉を作った。

 おいしいのに、腹いっぱいは食べられない。

 ハマチ漬けドンもごはんはひかえめ。

 でも、俺は我慢強い。

 ドカ食いはやめるって決めた。

 それもこれも、ひきしまったウエストを取り戻すため。

 洗面台の鏡を見ると、少しは……効果があったんじゃないかな。


 と思っていると、いきなり背後からわき腹をつかまれた。

「なにすんの」

 鏡ごしに見れば、奥さんだった。

「なんか、若返ったんじゃない?」

 え? そうか?

「うん、かっこいいよ」

 久々の褒め言葉に顔が熱くなる。

「ねえ、パパ、かっこよくなったよね」

 娘二人がのぞきこんできて、かっこいいかっこいいとはやした。

 あれ? 俺、いつの間にか支持率、アップしてる。

「こらー、とーちゃんをからかうな」

「ほんとだもん、ねー?」

「ねー」

 まんざらでもなく、うれしい。

 そして、娘たちが寝静まったころ、キッチンで洗い物をしている奥さんに、誘いをかけようと思った。

 俺の事、ほめてくれるってことは、見直してくれたんだよな? 好きってことだよな? 俺はすごく感動して、奥さんを背後から抱きしめた。

「おまえが欲しい」

 奥さんは手をとめて……

「部屋で待ってて」

「俺もやる」

「ああ、ありがとう」

 OKしてくれた。

 ああ、俺、やっぱり奥さんのことが好きだ。

 女子高生なんてどうでもいい。

 俺は俺を選んでくれた、奥さんの愛が欲しかった。

 かまってほしかった。

 男として見てほしかった。

 ただそれだけだったんだ。

 それはほんのちょっとの我慢と、努力で手に入るものだった――うれしい!


 肌を許すのは愛情のしるし。

 信頼をしているしるしなんだ。

 無防備に俺に全てをゆだねる奥さんはかわいい。

 大好きだ。

 もっともっと、かっこいい俺になって、惚れ直させてみせる!

 DMの彼女はなんていうかな。

「奥さんを大切にしているあなたが好き」

 って前に言ってたな。

 フラれたことになるのかな。

 でも、自信をくれたじゃないか。

 これ以上の愛ってないんじゃないか?

 俺は俺が好きだし、自分を好いてくれる女が好きだ。

 だから、これも内緒の恋。

「首の調子はどうだ? 少し、マッサージしてあげるよ」


-END-

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何度でも、恋をする。 水木レナ @rena-rena

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ