第53話 ハムスターでJUMP!

 フェリシエルが寝ていると何か柔らかいものがペシペシと頬に触れた。


「おい、起きろ! フェリシエル」


 その声にぱちりと目が覚める。青紫のつぶらなお目め、でんちゃんが来た。


「でんちゃん! お待ちしておりました」


 フェリシエルは、むくりとベットに起き上がる。


「いやいや、お前、思いっきり寝ていただろうが。よくこの硬いベッドで眠れるな」

「ふふふ、甘く見てもらっては困ります。前世はベッドではなく煎餅布団とよばれるのもで寝ておりました。マットレスもないものだから、朝起きると背中がバリバリで、それに比べたらこのベッドは最高級の寝心地でございます」


 ハムスターが首をひねる。


「うむ。フェリシエル、もういいや。お前が前世で奴隷だったという事は理解した。そんな事より、着替える時間はない。とりあえずマントを羽織れ」


「は? 私は奴隷ではなく……」

「いいから、その話はもう終わりだ。さっさとマントを羽織れ」


 王子がフェリシエルの話をぶった切る。いつものすっとぼけた口調ではなく、威圧的でもなく、そこには王族の威厳があった。なりは愛らしいハムスターなのに。


 フェリシエルは無言で、夜着の上に素早くマントを羽織った。少し離れた場所から争う物音が聞こえてくる。宿が襲撃されているのだ。でんちゃんがそばにいると思い、ついうっかり安眠していた。


「とりあえず宿から脱出する」

「御意!」


 廊下へ出ると火の粉が飛んでいた。どうやら火を放たれたようだ。フェリシエルはたったと走るハムスターの先導に従って、廊下を走り、奥まった場所にある木戸を開け、狭くて急な階段を上った。

 その先は小さな屋根裏部屋になっていた。窓からは月明かりが差している。この先、殿下はどうするつもりなのだろう。不思議には思ったが、不安ではなかった。彼は馬鹿ではないし、何より襲撃されることに慣れている。


「フェリシエル、窓から外に出るぞ」

「はい」


 窓を開けるととなだらかな屋根に続いていた。魔法を使いほんの少し光を出現させ、足元照らす。足を滑らせないように慎重に降り立つ。でんちゃんがいるから怖くない。



「で、ここから、どうやって逃げるおつもりですか?」


 フェリシエルが首を傾げる。ハムスターは人間に戻る気はないようだ。この姿では戦えないと思うのだが、屋根に潜んでいろということなのだろうか。ハムスターは可愛くて大歓迎だが、戦う時は王子の方があてになる。ほぼ見たことはないが、彼は魔法にも剣にもけていて強いらしい。

 力持ちで、超回復持ちで、体力があるのは知っているが……。


「屋根を伝って逃げるぞ」


 なるほど。屋根と屋根の距離は間近で飛び移れないこともない。落ちたら死んでしまいそうだが……。


「わっかりました! フェリシエル行きます!」


 フェリシエルはこの時とばかりに前世の記憶を頼りに作ったポシェットを出すとそこにハムスターを収納し、走り出す。


「って、おい、こら、待たんか! 危なっ! 屋根を走るな、落ちたらどうするのだ」


 ハムスターはポシェットから器用に飛び出すと、フェリシエルの肩に乗り、耳元で叫ぶ。


「そんな大声出さずとも聞こえています。助走をつけなければ、屋根を飛び越えられないではないですか?」


 フェリシエルが不思議そうに首を傾げる。襲撃されている最中の宿屋の屋根でまったく緊迫感のない一人と一匹であった。

 ほどなくして宿屋の窓から火が噴き出す。ぱちぱち、ごうごうと燃える音とともに火と煙があがる。声を張り上げなければ聞こえない。



「誰がお前にそんな危険な真似をしろと言ったのだ! まったく、どういう発想をしているのだ、この鳥頭は!」


 いつもの調子でいきり立つ。


「そんなに耳元で大声出さないでくださいよ。耳がキンキンします」

「ふふふふ、いまから、お前に私の第二形態を見せてやろう」


 なぜか不敵に笑うハムスター。


「第二形態? それは可愛くない系ですか」


 フェリシエルは、顔はでんちゃんで体は王子の姿を想像して恐ろしさに震えた。


「ちっがーう! 私は高貴な神獣だ」


 ハムスターはフェリシエルの肩から飛び降りるとぽんと淡い光をはなつ。見る見るうちにハムスターはその姿を変えず! ただ膨れていく……。


「うっそ、でんちゃん、巨大化!」

「ふははは! 見たかフェリシエルこれぞ第二形態! 満月だけの期間限定だ」

「大きくなっただけじゃん!」


 うっかり前世の言葉遣いで突っ込む。


「さあ、私の背に乗るのだ!」


 フェリシエルはこわごわ触れてみる。すると柔らかくて温かい。その背にぽふっと顔を埋め、頬ずりする。心地よい温かさを持ち、もふもふである。しかも体を包み込む長い毛足。


「気持ちいい。最高」


 うっとりとしていると、ひゅんひゅんと風がうなり、矢が飛んできた。


「いいから、早く乗れ」


 フェリシエルは慌てて大きくなったハムスターの背に乗った。ハムスターが走り出す。屋根の縁までくるとポーンと飛び上がって隣の屋根へ。


 月夜に浮かぶ、サテンシルバーのハムスター。その背に乗る金髪の少女。騒ぎに目覚めた街の人々は家の窓から、そんな不思議な光景を見ることとなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る