第54話 襲撃

「いたっ! 痛いぞ、フェリシエル。毛を一本とか二本とか掴むな。まとめてワシッと掴め」


 フェリシエルは慌ててわしっと掴みなおした。

 走りながら、またぴょーんと跳躍し、隣の屋根に飛び移る。空からは美しい満月の柔らかな光に照らされ、眼下ではこの騒ぎで次々に街の明かりがともる。


「殿下! 最高の夜景です!」


 ハムスターの背は見た目より安定感があり、乗り心地がよく爽快だ。


「なんなら叫んでもいいぞ!」


 でんちゃんがご機嫌で言う。


「そんなはしたない真似は致しません」

「いやいや、目立てよ」

「は?」

「襲撃者を引き寄せているんだから」

「それは、私が餌ということでしょうか? 了解です」


 残念美少女フェリシエルは高笑いすることにした。


「ほーほほほ!」


 そんな会話らしきものを交わしながらも巨大ハムスターは、屋根から屋根へ飛び移り、やがて街を抜け、周辺に広がる雑木林までやってきた。暗い茂みへと分け入っていく。


 そして草むらにフェリシエルを念入りに隠す。


「フェリシエル、ここで待っていろ。決着をつけてくる」


 巨大ハムスターがキリリと表情を引き締める。小さくなくてもとても可愛い。ことこのハムスターに関しては、大きさは関係ないようだ。


「でんちゃん、お気を付けてくださいませ。打ち漏らした敵は、フェリシエルがここできっちり成敗致します」

「フェリシエル、声が大きい。お前の役目は終わり。囮役ご苦労。さっさと隠れてくれ」



 王子がそういうと同時に、カサカサと木立を揺らす音がした。ジーク率いる狼軍団が姿を現す。そしてその後ろには傭兵団が居並ぶ。人である彼らは目立たぬように、街の外に潜んでいたようだ。

 これでは、まるで小規模な戦争だ。


「いよいよ来たな」


 ハムスターがキッとなって振り返る。


「あの、殿下、人化しなくてもよろしいのですか?」

「ふふふ。勘違いするな、フェリシエル。どちらの私も強いのだ!」


 そう言うとハムスタ―は迫りくる敵に向かって、銀色の弾丸のように突っ込んだ。


「化けネズミめ!」

「なんだ? この化け物ネズミは!」

「化けネズミを仕留めろ!」


 傭兵たちが口々に言う。ハムスターは彼らが繰り出す槍や剣をやすやすとよけ、ボーリングのピンのように次から次になぎ倒していく。


「わーはははっ!誰が、化けねずみだ、この痴れ者どもめが! 我は白銀の神獣なり!」


 その頃フェリシエルは、草むらで息をひそめながらも、中二病全開の王子の痛い叫びにドンびいていた。


「うおっ! 突っ込んでくるぞ」


 一気に敵の隊列が乱れる。そしてハムスターはライカンスロープの軍団に突っ込んで行く。彼らはハムスターが王子だと、当然気づいていない。


「ネズミごときが狼に勝てるわけがない!」


 果敢に王子にむかってくるも、敵は次から次に銀色の縦横無尽に転がる砲弾に弾かれ、轢かれていった。

 でんちゃんは木の幹を蹴り上げまた丸くなり狼を襲う。それを何度も繰り返し、敵の戦力を削って行く。


援護するつもりでいたフェリシエルは唖然とする。

ハムスターのくせに本当に強い。頭にはっぱをのせ、大人しく茂みに隠れていることにした。




直後、馬のいななきが聞こえてきた。すぐに複数の蹄の音が近くなる。

兵たちが異変に気付き駆けつけてきたのだ。

先頭はエスター、しかしなぜかその後ろには他国の王子アルクとアルフォンソが続いている。


「あら、いつの間に?」


 フェリシエルはアルクとアルフォンソが自分のペットだとは知らない。なぜ外国からの賓客がいるのか不思議に思った。


 そして慌ててでんちゃんを探す。ハムスターのままってまずくない?


 しかし、探せど、さっきまで派手に暴れていたハムスターは影も形もない。


「どこへいったのかしら?」


 茂みから戦いを見ていたフェリシエルは、ハムスターの姿を見失う。殿下はどこへ行ったのだろう。そういえばアルクの姿もみえない。


 アルフォンソが騎乗で大槍を振るい敵を迎撃し、エスターは機械のように正確に敵を斬っていく。


 


 その頃、人化した王子とアルクは、形勢不利とみて仲間を見捨てて逃げ出したジークを追っていた。

 先にジークに気付いたリュカが先行している。間合いに入った。

 

 その瞬間、王子が高く跳躍し、抜刀、諸刃の剣を閃かせると、後ろから袈裟懸けにジークを切りつけた。


 ジークがたまらず跪く。そこにアルクが踏み込み、一閃で首を落とす。体から切り離された首がごろりと転がる。


「こいつ、これで絶命したと思うか?」


 王子がアルクに問う。


「それはないな。ライカンスロープは生命力が強い。これ、首が繋がれば息を吹き返すぞ」

「ならば、アルクの国ではどう葬る?」


「俺たちの国でライカンスロープを仕留めるときには、首を落としてから灰にする」


 その言葉にリュカが肩をすくめた。彼の手のひらにぽっと炎が灯る。


「フェリシエルを置いてきて良かったよ」



 

 戦いが終わるころ、夜が明けた。


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