第43話 馬は人化できるのか?

「殿下、いくらこの国の王族だからってやっていいことと悪いことがあります」


 ある麗らかな昼下がり、フェリシエルがファンネル家の大きな厩の前で王子に噛みつく。


「フェリシエルいい加減にしないか。殿下はセイカイテイオーを自分のものにしようとしているわけではない。ただ飼い主に心あたりがあるから、連れていくと言っているだけだ」


 シャルルが窘める。フェリシエルは知っている。時々でんちゃんが厩に行っていることを、そしてセイカイテイオーととっても仲良しなことを。このまま王子のペットになってしまうのだろうか。


「フェリシエル、シャルルの言う通りだよ。飼い主に頼んでお別れくらい言わせてあげるから」


 王子は、困ったように笑う。それに対し、今にも噛みつきそうな顔で王子を見るフェリシエル。大切なペットを取り上げられると思っているのだ。久しぶりに人化して彼女に会ってみれば、この塩対応。王子は柔らかい表情とは裏腹に、内面にはどす黒い感情がわいてくる。

 もっと人にやさしくなれないの?

 

 セイカイテイオーの呪いを解かせようとしているのに、これではファンネル家から愛馬を奪う悪役だ。

 城までは目と鼻の先だが、さすがに街中で馬に乗って帰るわけにはいかないので、馬車に乗り込む。


「行っちゃいや!セイカイテイオーー!」

「こら、フェリシエルいい加減にしないか。私だって悲しいんだ」


 ペットを連れ去られて悲しみにくれる兄妹を置いて、王子を乗せた馬車はファンネル邸をでた。王子はいだかなくてもいい罪悪感をもつ。これでは悪役ではないか、理不尽だ。


 護衛のエスターは相変わらずのフェリシエルを見て、王子もたいへんだなと思う。しかし、彼女は先の捕り物で大活躍をしている。いままで、あまり彼女を評価していなかったが、あのくらい気の強い方が意外に頼りがいのある王妃になるかもしれないと考えはじめていた。



 ◇◇◇



 そしてセイカイテイオーはいま、王子にひかれて城の地下道を歩いている。ジメジメしていて不気味だ。


「貴様、本当に王子だったのだな」

「だから、何だ」

「裏表はげしくないか?」

「この国の王族はこんなものだ」

「じゃあ、ここの王族みんなネズミか?」

「そんなわけないだろ。その話はいっさい口外するな」

「まあ、それはやぶさかではない。こちらは助けてもらっているのだから。で、ちなみについうっかり口が滑って言ってしまったらどうなる」

「食肉処分」

「OK、俺は口が堅い。安心してくれ」


 セイカイテイオーは思った。王子の姿だとどうも調子が狂う。所作が優美で、まったく隙が無い。すらりと背が高く見目が壮絶に美しい。そのぶん真顔だと怖い。笑顔ですら迫力がある。でんちゃんに会いたい。


 それになぜか城に入った瞬間、彼の緊張感が高まっている。ファンネル家にいた時と全く違う。自分のうちでもある城で、常にこんなに気を抜けない状態なのかと思うと王子が少し気の毒になった。


「本当にこんなところに呪い師が住んでいるのか」

「少し変わっている人でね。街中に店を持っていて昼はそちらにいるときもある。

 しかし、お前もわがままだな。その姿でアルフォンソ卿に会いたくないだなんて。故国に帰って呪いを解いてもらえばいいではないか」


「じいに言えるわけがないだろう。王族の俺が人化できない呪いをかけられたなんて。ところでその呪術師。腕はいいのだろうな?」

「あたりまえだ。今は年をとって引退しているが、もと王宮のお抱えだ。用件はもう話してある。すぐに済むだろう」



 地下道というより洞窟のような場所へ抜ける。忽然と現れた鉄扉の前に一人の老女がいた。


「これはこれは殿下お久しぶりでございます。お待ちしておりました。」

「ああ、ミカエラ。元気にやっているようだな。早速だがこの馬の呪いを解いてくれないか。私では解けないのだ。こういう種類のものは見たことがなくてね」



 馬と王子は部屋に通された。外とは違い中は湿気もなく快適だ。家具は木目で統一され、温かみがある。


 すぐにミカエラがセイカイテイオーに手をかざす。


「なるほど、これは随分昔に使われた魔術でございます。これに効く良いお薬があります」


「え? くすり? 魔法陣とか出てくるんじゃないのか?」

 セイカイテイオーは意外だと思った。


「大袈裟な儀式をするよりも手軽でいいではないか」

 王子はあっさりしたものだ。

 獣人であるセイカイテイオーは魔法も使えないし、魔術にも疎い。そういえば王子は獣化できるのに魔法が使えると言っていた。神獣は自称ではないようだ。でなければ説明がつかない。だが、なんでよりによって、あんな愛くるしい神獣なのだろう。


 ミカエラに促され桶の水に混ぜられた薬を飲んだ。しばらくするとスーッと体から何かが剥がれ落ちる感覚があり、徐々に人化が始まる。王子とミカエラは、その間茶を飲み魔術談義を楽しんでいた。




 魔術が解けた彼は、アルフォンソのひいき目ではなく黒目黒髪の見目美しい青年だった。

「ふう、よかった。このままずっと人化できないものかと思っていたよ。ありがとう。ミカエラ。あっ、ついでにでんちゃんも」

「さっさと国に帰れよ。お前」


 王子がむすっとする。どうやらミカエラの前では取り繕っていないようだ。ちょっと安心した。彼はこの呪い師をフェリシエル同様信頼しているようだ。


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