第44話 馬、王宮にて

 人化した馬はじいと涙の再会を果たす。とりあえずセイカイテイオーは自分がまんまと悪の組織につかまったことを隠したがったので、面倒くさい事態にはならずにすみそうだ。王子はほっとした。


「おーい、殿下聞いてる?」

「ああ?」


 セイカイテイオーのフランクな問いかけに、ついうっかり地が出てしまった。ここは謁見の間だ。王子は何事もなかったようにいつもの笑みを浮かべる。人となったセイカイテイオーの顔が引きつる。彼の地を知っているだけに愛想笑いの方が怖い。


「アルクトゥルス殿下、お言葉遣い。リュカ殿下に不敬ですぞ」

 アルフォンソが馬のたしなめる。

「いや、構わないよ。失礼、少しぼうっとしていたものでね。それで何かな」

「俺、この国にしばらく滞在しようと思ってさ。なんていうの国同士の友好ってやつ?」

リュカの笑顔が固まった。


「アルクトゥルス殿下、あなたの兄上が心配しているのでは?」

王子が気づかわしげな表情に、素朴な馬はあっさりそれに騙される。


「いやいや、兄上は俺……私の無事さえわかればいいのだ」

「リュカ、丁度よいではないか。この国に滞在してもらえば、お前と年も近いし、いい友達になれるかもしれん。お忍びで街へ出てたまたま出会うなどよほどそなたたちは縁があるのだな」

国王が言う。それはリュカが即席で作った設定だ。


「いやあ、ははは」

人化した馬は嬉しそうに笑い、照れている。


「リュカ、城を案内してあげなさい」

「承知いたしました。父上」

王子は極上の笑みを浮かべた。回廊に出るとボソッと耳打ちする。


「あまりこの国への滞在はお勧めしない。早く国に帰ることだな」

 アルクトゥルスは不思議そうに首を傾げた。



 その晩、馬とアルフォンソを招いて夕食会が開かれた。

 素朴な獣人である二人は驚いた。広くシャンデリアが輝く豪華な王室の食堂。洗練されているのにどこかよそよそしい雰囲気。やたら広いテーブル、食器の音をさせようものなら響き渡ってしまうほどの静寂がそこにはあり、折角の豪華な食事も食べた気がしなかった。ディナーも中盤になったころ、第二王子が話しかけてきた。


「ねえ、アルクトゥルス殿下は馬の獣人なのでしょ」

「ええ」


何だかリュカの弟エルウィンは馴れ馴れしく、口の利き方が横柄だ。


「ならベッドより厩の方が寝やすいのではないですか?」


アルフォンソがその質問に一瞬顔色を失くした。即座に抑えた口調で反論する。


「失礼ながら、獣人といいましても、それはあくまで我々の別の形態であって、動物そのものというわけではありません」


 諸国を漫遊している大らかな馬はこの手の質問になれていたのでどうってことはなかった。しかし、彼は明らかにこちらを見下している。これでは友好もへったくれもないと思った。


「へえ、それでカトラリーの使い方を知っているんだ」


 もちろん他国との付き合いはあるので、外交の為、人族の礼儀作法はきちんと身につけていた。誤解されることも多いが普段は人として普通に生活している。

 それにしてもこのエルウィンはしつこい。


「エルウィン、いい加減にしないか。失礼だぞ」

やっと王がとりなした。


「そうよ。エルウィン。いくら珍しいからって、あまり質問攻めにしては失礼よ」


 王妃の言うことは、ずれているし、さらに失礼。隣のリュカを見ると、穏やかな微笑を湛えている。こいつこんな表情もできたんだと馬は驚いた。


 なんだか隣のアルフォンソは爆発寸前だが、馬は気にせず食べていた。冷めているはいるが、まずくはない。


「ねえ、やっぱりカトラリー使うより、桶から食べるほうが楽なの?」

 これにはさすがにセイカイテイオーも腹が立った。一応王族なのだから国のメンツがかかっている。ここまで馬鹿にされては黙っていられない。


「エルウィン、いい加減にしてくれないかな。彼は大切なお客様だよ。いくら何でも失礼だ」

今度はリュカが穏やかにとりなす。


「また始まった。兄上はいつもそうだ。そうやっていい人ぶって仲間を増やしていく。ずるいよね」

エルウィンが恨みのこもった目で、落ちつきはらった兄の顔を見る。


「そうかい。ならお前も仲間になってもらえばいいだろう」

「冗談だろ。誰がこんな……」

 エルウィンが最後まで言うことはなかった。目の前の皿がピシッという音をたてて真っ二つに割れ、ソースが彼の服にとぶ。


「おやおや、エルウィン、力を入れ過ぎたのかな。今日はいろいろと行儀が悪いね。着替えてきなさい」


 リュカの笑みが深くなる。語り口は優しいのにエルウィンはビクッとしたように大きく目を見開き急に大人しくった。直後、中座の非礼を詫び、慌てて席を立つ。王妃がなぜか蒼い顔をしていた。そして一瞬恨みのこもった目でリュカを鋭くにらんだ。


「エルウィンは跡取りではないからね。少し甘やかしすぎた」

王が苦々しく言う。


「申し訳ない、エルウィンに代わって私が詫びをいう。許してくれないか」

  リュカが殊勝に頭を下げる。何も貴様が謝る必要はないだろうと喉元まで出かかったが抑えた。

 第一王子にそこまでされて、いきり立つわけにも行かず謝罪を受け入れた。アルフォンソも何とか矛をおさめる。

 

 一国の王に謝罪させるわけにはいかない。だから彼が謝った。この国の第一王子は大変だ。人のいい馬はリュカが気の毒になった。



 その後リュカの案内で客室に通された。びっくりするほど豪華だ。しかし、煌びやかすぎて馬は落ち着かない。

「おい、リュカ殿下、ちょっと寄ってかないか」

「お前となれ合う気はない」

「えっ、厩で一緒に過ごした仲ではないか」

 馬は彼のよそよそしさにびっくりした。

「もう忘れたのか、それは秘密だ」

「ってかさ。リュカって呼んでいい。俺のこともアルクでいいから。なんか面倒くさいだろ」

「気は進まんが、しょうがない。で、何の用だ」

「え? 用事ないと部屋に呼んじゃだめなの?」

「当たり前だ。私はこれから仕事だ。大人しくしていろ。馬」


そういいながら、ふっとリュカが笑う。


「おおーい、貴様、さっきは弟の失言謝罪していたろ」

「私はいいんだ。だが、あいつはダメだ」

「貴様の言っていることはおかしいのだが、なぜか納得できる」


 不思議と彼に言われると腹が立たない。同じ獣人だからだろうか。いや、王子は神獣だったか。あんなハイパーなハムスターがいてたまるか。ただのハムスター相手にタイマンで負けたなどと思いたくない。縦横無尽に飛ぶ、あの銀色の毬は凶悪。


「とりあえず部屋で大人しくしていろ。ここの連中は少々たちが悪い。やたら出歩くと嫌な思いをするぞ。暇ならば、明日にでも街を案内してもらえ。シャルルに頼むとしよう」

「ああ、あの気のいいお兄ちゃんか。」

「気がいいのは家の顔だ。外では高位貴族としての顔がある。いきなり砕けた口調で話しかけるなよ。向こうはお前がセイカイテイオーとは知らないのだから」


「まじか、この国の貴族は裏と表が激しくてよくわからん。ってか、シャルルにばらしちゃだめか」

「だめだ。そうするとファンネル家は他国の王子を厩につないで飼っていたことになる」

「いやでも俺は放し飼いだったし、超快適だったし」

「アルク、いい加減にしないか。ファンネル家を窮地に立たせたいのか」

「そんなことで窮地に?」

「ここはそういう国だ。少しでも隙を見せれば、それが命取りになる」


セイカイテイオーが苦い表情をする。


「なるほど。でんちゃんが、なんであんなに弾けているのかわかる気がする。ストレスたまりそう。あの弟と母親はないわあ。ありえねえ」

「なんの話かよくわからんな。私は行くぞ」


王子が踵を返す。


「リュカ。俺達って友達だよな?」

「……しょうがない。友達になってやるよ」


振り返った美しい王子は、片眉をひょいと上げ不承不承頷く。


「っておい、随分上からだな」


そこはハムスターのときと一緒だ。


「まあ、何にせよ。なにかあったら自分で動かず、私に相談しろ」


「オッケー。それで、さっき貴様のむかつく弟の皿が割れたのって、魔法でも使ったのか?」

「さあな。もう行くぞ。私は忙しい」

「はいはい。仕事頑張れよ」


 軽く応じ、大人しく部屋に入ることにした。あまりウロチョロするとリュカに迷惑をかけそうだ。なんだかあの国王、威厳はあるが、祖国の父や兄とくらべるとダメな感じがプンプンする。



 豪華な天蓋付きのベッドにアルクは突っ伏した。軽食でもつまみながら、リュカにボードゲームの相手でもしてもらおうと思っていたのだが、当てが外れる。


「ああ、ファンネル家に戻りてぇ。でんちゃんが足しげく通うのわかるわ」


独りごちる。


(そうか、リュカに馬と呼ばれて腹が立たないのはあいつが俺を見下してないからだ)


今更ながら気づく。というかやたらライバル視されていたよな。なんでだ? 



セイカイテイオーは己も彼をネズミだのちっこいハムスターだのと呼んでいることをすっかり忘れていた。

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