第42話 GOGOハムスター!

ネルソンは表門で、仁王立ちし槍でまとめてオオカミ達を串刺しにした。シャルルは裏口で、魔弾を打ち牽制しつつ、剣で獣や獣人たちの首を落とす。なぜなら、獣人は治癒力が高く、首を切り落とさなければ息を吹き返すこともあるからだ。


 フェリシエルはファンネル家の塀を超えてやってくる者を迎え撃とうと、屋敷の裏口から出る。実は近々襲撃があるかもしれないという話は父から聞いてきた。だから自分に出来る事を考えてきたのだ。ひそかな特訓により、魔法の発動はむらなく出来るようになったが、相変わらず制御は上手くいかないので、ピンポイントで敵を狙うのは無理だ。そのため、前世知識を駆使して新たな方法を編み出した。

 

 フェリシエルは使用人達を振り切り、庭園に出ると厨房で調達したバケツを持って走る。噴水に行くとガウンが濡れるのも構わずじゃぶじゃぶと池に入った。頭から 水をかぶり、あたり一面にバケツで水を撒く、出来るだけ遠くに飛ぶように。

これで準備万端だ。


「ほーほほほっ。さあ。かかってきなさい」


フェリシエルの高笑いが響き渡る。オオカミにライカンスロープが次々とやって来きた。充分にやつらがそばに寄るのを待つ。


「フェリシエル」


何者かがざらついた声で呼ぶ。


「オオカミ風情が私を呼び捨てにするとは、いい度胸ね」


 フェリシエルの青い瞳が怒りに煌めく。次の瞬間、雷撃魔法が発動した。奴らを引き付ける前に練っておいたのだ。


 あっという間に水にぬれた地面をバチバチと電撃が走り、火花が散る。オオカミやライカンスロープが痺れ、ばたばたと倒れていった。強い筋力も電撃の前にはなすすべもない。あたりに肉の焼ける香ばしい匂いが漂った。


「ほーほほほ! 大したことないわね」


 するとガサリと後ろで物音がした、仕留め損ねたかと振り返る。ひと際大きな影が一匹佇んでいた。


「ひどいじゃないか。フェリシエル、いきなり電撃をくらわすなんて、君がこんなことできたなんて知らなかったよ」


どこかで聞いた声と話し方。ガサリと暗闇から顔を出す。

「え? まさか……ジーク様なの」

「フェリシエル迎えに来たよ」

体中に獣毛をはやしたジークがにたりと笑う。唯一人型を保っていた顔が歪み、鼻がのび口が裂け、牙がのぞく。


「うそでしょ、ライカンスロープ」


 ジークの手がフェリシエルに伸びる。もう呪文詠唱は間に合わない。その時蹄の音が鳴り響き、馬のいななきが聞こえてきた。セイカイテイオーが突進してくる。


「ちっ」


 ジークが舌打ちしフェリシエルをつかもうとしたその瞬間、ジークの顔に勢いよく銀色の小さな毬が当たる。反動でジークの顔が歪み、大きな体がどっと倒れ込んだ。そこをセイカイテイオーが力強く蹴り上げる。


 ジークを打った銀色の毬はきれいに弧を描きトポンと噴水の池に落ちた。それを見たフェリシエルの目がカッと見開かれる。なんとそこには水没ハムスター。スマホもハムスターも水没ダメ絶対!


「でんちゃん! いやーっ! でんちゃんの耳に水がはいっちゃう」


 池から、くてーっとしたハムスターを救い上げる。水を飲んでいるかもしれない。フェリシエルはハムスターをひっくりかえす。お腹のあたりを押すとぴゅーっと噴水のように水を吐いた。


「ぐほっ! うおおおい。押しすぎだぞ。フェリシエル。内臓がつぶれるではないか」

「よかった殿下。生きててよかった」


フェリシエルの瞳からぽろぽろと安堵の涙がこぼれ落ちる。


「当たり前だ。今のはぶつかった衝撃で、うっかり気を失っていただけだ。私は泳げるハムスターなのだ。水は問題ない」


ミイシャがタオルを口にくわえて持ってきてくれた。フェリシエルはハムスターをそれで包んだ。


「おーい。フェリシエル、無事か?」


兄が剥き身の剣を引っ提げてやってきた。


「大丈夫です。お兄様。それより、大変です。ここにジーク様が」

「ああ、やっぱり、こいつライカンスロープだったか」


シャルルは知っていたようだ。表門から父も引き上げてきた。


「やはり、レスターの子息か。いましがた城から憲兵が到着した。これでやっと罪人として引き渡せるな」


「どういうことですの。お父様」


「おいおい説明する。とりあえず今日は湯浴みをしてゆっくり休みなさい。お前も疲れたろう」

「はい」


 父と息子は意識を失ったままのジークをぐるぐるに縛り上げ更に鉄の鎖を巻くと、城からやってきた憲兵たちに引き渡した。


「しっかし、すごいなフェリシエル、これ全部お前が倒したのか」

「はい、でも仕留め損ねてしまって。ジーク様はでんちゃんとセイカイテイオーがやっつけてくれました」


「嘘だろ。すごいな、このちっこいネズ公」


 水にぬれてぴるぴるしていたハムスターの瞳がきらりと怪しく光る。フェリシエルの腕からすり抜け、跳躍するとシャルルに飛びつき耳にかじりついた。


「うわっいってぇ! 褒めてんじゃん。ちょっとやめて、でんちゃん、ごめんってば」

「お兄様が失礼なことを言うからですわ。ほらほら、でんちゃん、お家に戻ってお風呂に入りましょう」


 フェリシエルはムキッとなってシャルルの耳をかじかじしているハムスターを引き剥がす。もふもふ王子はやんちゃで目が離せない。


「ミイシャもありがとう。怖かったでしょう、オオカミ。お前は勇敢な子猫ね。それから、セイカイテイオー、助けてくれてありがとう」



 フェリシエルはミイシャを撫で、ハムスターを大事そうに抱く。こんなに小さくても王子はフェリシエルをちゃんと守ってくれた。


 白々と夜が明けてくる中、親子はのんびりと屋敷へと戻った。もちろんウィルヘルミナの活躍で屋敷の侵入に成功した者はいない。屋敷の周りに矢を受けたライカンスロープが死屍累々と……以下割愛。


扉を開けるとヘレンとセシルが抱きついてきた。泣きながらフェリシエルの無事を喜んだ。

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