第41話 襲撃

その日フェリシエルはミイシャと遊んでいた。肉球が気持ちいい。毛足が長いのでブラッシングしてやる。子猫は気持ちよさに「みゃあ」と小さく鳴くと金色の目をうっとりと細めた。

 一時期はミイシャとは違う別の子猫だと思い込もうとしていたが、この子はあの獣人のミイシャだと気付いていた。


 瞳の色が特徴的なのだ。こんなきれいな金色は見たことがない。ミイシャが人化しないのでほっとしつつも何か事情があるのではないかと思っている。

 とっくに気付いているはずの王子も何も言わない。だから気づかぬふりをすることにした。


 驚くことにミイシャは王子と仲良しだ。あれほど敵意むきだしだったのに今は懐いている。すっかり王子の弟分だ。意外なのはあの王子が子猫を可愛がっていること。意地悪をしない。それとも彼が意地悪なのはフェリシエルにだけなのだろうか。



 のんびりしているとハムスターが訪れた。今夜は新月なのだ。ほれぼれするほど可愛らしい。つぶらな瞳でドングリを抱えている。お腹はすいていないのだろうか。でんちゃんは食べ盛りで遊び盛りだ。


 早速、鳥かごに入れてやると、なかでしゃかしゃかと回し車をこいでいる。本人はストレス解消だと言っていたけれど、楽しくて夢中になって走っている様にしかみえない。部屋にはからからと軽快な音が響く。


 その日もいつものようにペット達に癒されながら、寝支度をした。王子が相変わらず思い出したようにイキッているがハムスターなので可愛いらしいだけだ。



寝静まった頃それは起きた。屋敷に轟音がとどろく。フェリシエルとハムスター、ミイシャが飛び起きた。


「でんちゃん、ミイシャ大丈夫です。必ず私が守ってあげるから」


 ハムスターが目をぱちくりさせ、子猫が小首をかしげる。その時使用人のヘレンとセシルが慌てて入ってきた。


「お嬢様。絶対にお部屋から出ないでくださいませ」

「何があったの?」

「襲撃者です。今私設兵と旦那様とお坊ちゃまが対処に当たっておいでです」


 フェリシエルがさっとカーテンを引く、屋敷に賊が入り込んできたのが見える。さっきの轟音は表門が破られた音だったのだ。そこではすでに戦闘が始まっていた。


「ファンネル家がここまで踏み込まれるなんて……」

「お嬢様、早く窓のそばから離れてください。賊が矢を射ってくるかもしれません」


 セシルが慌てて窓際からフェリシエルを引きはがし、カーテンをしっかりと閉める。


「ヘレン、セシル。いつも私の世話をしてくれてありがとう。感謝しているわ」


フェリシエルが二人の使用人の目をひたと見据えて言う。


「え、お嬢様いったい何をおっしゃっているのです。私どもが最後までお守りいたします」

「それは無理ね。あなたたちは戦えないでしょう」

「それならば盾になります」


 ヘレンとセシルが進み出る。


「いいえ、ファンネル家には家訓があるのです。私はそれに従います」

「はい?」


 ヘレンもセシルもそんな話は聞いたことがなかった。「きっとお嬢様は突然の賊の侵入で混乱してしまっているのだわ」と思った。


「ふふふ、使用人達に日頃の感謝を込めて、主である私たちが、あなた達を守ります! それが我が家の掟なのです!」


「は? ちょっと何を言っているのですか。お嬢様」


 盛り上がっているフェリシエルにヘレンが素に戻ってつっこむ。彼女は深窓の令嬢で幼少のころから、おきさき教育を受けていた。賊と戦えるわけがない。



一方、ハムスターはてんぱってアホなことを言いだしたフェリシエルを使用人達に任せることにした。ファンネル公爵のことだ。襲撃については、城にすでに伝令を飛ばしてあるはず。


 とりあえずミイシャの背に飛び乗り、セイカイテイオーのいる厩に向かった。シャルルやネルソンに加勢しなくてはなるまい。よりによって新月の晩とは……王子は人になれないので、魔法も剣も使えない。馬と子猫の力を借りることにした。



 王子は使用人達がフェリシエルを止められると思っていた。なんだかんだ言っても深窓の令嬢だとなめていたのだ。最近溺愛され過ぎて、うっかり忘れていた。フェリシエルが二人きりの夜の湖畔で、怯むことなく日頃の怒りをぶつけてきた規格外の気丈な少女だということを。




 そのころネルソンは槍。シャルルは剣と魔法を使って襲撃者を撃退していた。日夜、国家の治安を守り犯罪者と戦っている彼らは、そこら辺の騎士より断然強い。


 しかし、襲撃者も負けていなかった。なぜなら 彼らは人ではなく。オオカミとライカンスロープだったからだ。並みの兵士では到底太刀打ちできない。だから、鉄壁といわれているファンネル家の守りが破られたのだ。



 母ウィルヘルミナは灯りを落とした2階の窓からその様子を見ていた。一匹のライカンスロープが表門をすり抜けてやってきた。今屋敷の入り口に迫ってきている。彼女は照準を定めて、銀の矢を放つ。獲物はどうっと倒れた。


「ねずみ一匹たりともこの屋敷には入れなくってよ! ほーほほほっ」


 今でこそ、公爵夫人をやっているウィルヘルミナだが、結婚する前は騎士団の第七部隊の副団長だった。剣術の腕前も相当なものだったが、弓矢は伝説級のうまさだ。更に風魔法が得意なので、放った矢はまさに百発百中。獲物の追尾も可能だ。散歩に行くふりをしながら、ときどき魔獣狩りをしていることはフェリシエルには内緒だ。

 そしてまた新たな敵がわらわらと現れる。


「ふふふ、仕留める!」


 ウィルヘルミナは第二矢をつがえた。

 

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