第40話 トップをねらえ!

 王子はほし草の匂いが好きだ。だから、厩にいる。決してセイカイテイオーが好きなわけではない。時にはフェリシエルのままごと遊びから逃げ出したくなることもあるのだ。


「お前、ここで何してんの」

「ほし草の香りを堪能しているだけだ」

「ふん、貴様、さては厩育ちだな」

「ちがーう!」


 いきり立ったハムスターがまあるく体を膨らませ、威嚇する。実に愛らしい。仕方がないから、馬は折れてやる。


「ほら乗れよ。乗馬したいんだろう?」

「そうではなくて。お前、東の国から連れてこられたって言っていたよな」


「いかにも、私は、エクウスカバルス王国からやってきたのだ」

「いや、つかまって連れてこられたのだろう?そこは正確にいこう。というか今初めてお前の故国聞いたよ」


ちっこいだけにこのハムスターは変なところで細かい。


「で、それが何?」

「今、東方のエクウスカバルス王国から、使者が来ててね。まあ、その国と我が国はいままで国交はなかったのだが、行方不明の第三王子を探しているというのだ。年は二十歳で見目麗しい黒髪黒目の馬の獣人らしい。これがまたおバカな王子で、跡取りの第一王子と喧嘩して「冒険者に俺はなる!」とかいきって出ていったらしい。いつもは一週間くらいでしれっともどってくるらしいが、もう三月以上もどらないと心配していた。全く迷惑な話だ。で、心当たりはないかと」


ハムスターはそこで、セイカイテイオーがふるふると震えているのに気づく。


「ん?どうした。故郷の話を聞いて里心がついたか?」

「貴様、それ与太話だろ」

「ああ?」

 

ハムスターはきゅっと眉間にしわを寄せたようだったが、もふもふでわかりづらい。


「なぜ、ハムスターのお前がそのような情報を持っている? その使者の名は?」


キュートなハムスターがむきっとなる。


「アルフォンソ」


その名を聞いた途端、馬がヒヒンと悲し気にいなないた。


「落ち着け、セイカイテイオーどうしたのだ」


王子は馬の突然の豹変に驚いた。


「じぃ…じい」

「ああ?」

「アルフォンソは、私のじいやだ」

「お前か、間抜けな第三王子は!」


ハムスターはいきり立つ。外交問題とかなんだとか、この先面倒くさい展開になりそうだ。


「間抜けとはなんだ。名乗ったではないか。貴様が私のラストネームを遮ったのだろう!」

「あ」


王子は途中で彼の自己紹介をぶった切ったことを思い出した。


「まあ、いい。で、なんで貴様がそのことを知っている。もしかして、城に住んでいるのか?」

「いかにも私の住まいだ」

「え、どこに? 城の台所か? はっ!お前、王族のペットか! どうりで毛並みがいいと思った」

「違う! 私が王族だ」

「うっそつけ、テラルーシ王国の王族がちっこいハムスターのわけないだろ。あそこの王族はすごい美形の人族だと使用人たちが言っていたぞ。それともあれか? 王城の台所にちっこいハムスター帝国でもあるのか?」


もふもふの王族ハムスターから怒りのどす黒いオーラが立ち上る。


「き、貴様、そこまで私を愚弄するとは! いい度胸だ」


言うが早いかハムスターは勢いよく柱をよじ登り梁にたつ。梁を勢いよく蹴り、ちっさい体を広げ天井高く飛翔した。最高高度に達すると体を丸め、くるくると回転をつけ、セイカイテイオーの鼻面に弾丸のごとくアタックする。セイカイテイオーはその凄まじい威力に倒された。


「痛っ! 貴様、よくも俺の美しい顔に、ブルルルッ。もう、頭にきた! 可愛らしく小首を傾げたってぜってえ許してやんないからなああああ」


尊大だが温和なセイカイテイオーが、とうとういきりハムスターにキレた瞬間だった。


「こぉらららぁ、馬、かかってこいや!」


怒ってまあるくなったハムスターが巻き舌で吠える。かくして、両国を代表した王子同士の戦いの火ぶたは切られた。


 ◇◇◇


「殿下、今日はどこほっつき歩いていたのですか? 真っ黒じゃないですか」


フェリシエルは汚れて帰ってきたハムスターをスープ皿の風呂で洗ってやる。耳に水が入らないように細心の注意を払う。本当はまず砂風呂に入ってほしいのだが、砂風呂を勧めるとなぜかハムスターがナーバスになるのでやめておいた。


「愚か者に天誅を与えていたのだ」

「はいはい」


フェリシエルは適当に返事をするとハムスターの小さな体をタオルで拭ってやる。どこにもけがはなさそうなので安心した。

ひとしきり水気を吸い取るとふわふわの毛並みが戻る。


「これから城に戻る」

「え? うちでご飯を食べて行かないのですか」

「うん、ちょっとやらなければならないことがあってね」


「なんだ。つまらないな」と言いながらフェリシエルは膝の上にハムスターを乗せ、丁寧にブラッシングした。もふもふな毛皮がサテンシルバーに輝く。



 王子は城へ続く秘密の通路をサテンシルバーの毛をなびかせて、ひた走る。

 セイカイテイオーと拳で熱く語り合い、辛くも勝利をおさめた後、干し草の上に寝ころび建設的な話し合いをした。彼は今人化できないという。攫われるとき人化出来なくなる呪いをかけられたのだ。つくづく間抜けな馬である。


 王子は馬にかけられた呪いを解くため、引退して城の一角に住まう呪い師ミカエラに会いに向かう。実は王子の魔術の師匠でもあるのだ。エクウスカバルス王国と外交関係を結ぶのも悪くないが、馬は犯罪に巻き込まれたわけだし、賠償問題にもなりかねない。ここは慎重にいかねば。当面はフェリシエルには秘密だ。というか彼女は馬が獣人だと知ったらまた泣き伏してしまいそう。



 ◇◇◇


 王子が地下通路をひた走る頃、フェリシエルは断罪がなかったことに安堵していた。性格はどうあれ王子は最初の言葉通り揺るがないし、ぶれない。この先、彼が揺らぐことがあるとは思えなかった。


都合が悪くなるととぼけるとか裏表が激しい性格とかいきなり凶行に走るとか性根に問題はあるが、彼はとても意志の強い人だ。それに性格に問題があるのはお互い様。


 ただ、なぜ、ここまで命を狙われるのか。前世でプレイした乙女ゲームは恋愛主体だったから、描かれなかったのだろうか。

 いずれにしても断罪がなかったことにより、フェリシエルの未来はシナリオから逸れてた。前世の記憶など忘れてしまった方が良いのかもしれない。己がおそらく殺されたということも……。


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