第38話 王子毒殺未遂事件の裏側で1

 育ちの良い娘は馬鹿で扱いやすい。ちょっと嫉妬心を煽ってやればすぐに操れる。焦るミランダを見てメリベルはほくそ笑んだ。

 フェリシエルが社交に来ない間に噂を広め、下地は作った。


 それにしてもジークには腹が立つ。あれだけメリベルに夢中だったのに、なぜかフェリシエルに乗り換えた。

 いきなり彼の言動はゲームかられ始めたのだ。

(きっかけは何? 王子とファンネル領にいってから?)

 だが、それではおかしい。そもそもなぜ彼がファンネル領にわざわざ行ったのか。



 そういえば、以前彼は父親のレスター卿と共に一個中隊を引きつれてライカンスロープ狩りに行った。その頃から彼と言葉を交わさなくなったように思う。

 

 加えて王子の攻略がなかなか進まない。のらりくらりと躱されている。彼には私の前世の知識も攻略法も通用しない。

 実の母とは早く死に別れ、今の王妃は自分の産んだ息子たちしか可愛いがらないし、優秀なリュカは煙たがられている。愛に飢えていないわけがない。それなのにメリベルがいくら言葉を尽くしても靡かないのだ。


 王子のキャラクターはゲームそのままで、温厚誠実な紳士でダンスが得意で優しい。いつも穏やかな笑みをうかべているとびきりの美男子だ。


 だが、実際の王子は勤勉で仕事がすきだ。忙しくて恋愛をする暇もなさそう。その点、ゲームの方では勉強も仕事も遊びもほどほどにこなしていてバランスが良かった気がする。しかし、それは現実だからであってゲームとの誤差の範囲内だと思う。

  

 自制心の強いリュカは攻略が一番難しい。だが、攻略に成功すると温厚さは一変して深く激しい愛を注いでくれる。それこそ命まで差し出すほどに……。フェリシエル断罪までまだ間がある。失敗というわけではないはずだ。



 しかし、ジークの心が離れてしまったので、逆ハーエンドの隠しキャラが現れない。とりあえずフェリシエルを早急に陥れなくては……。

 メリベルは傲慢で陰湿なモブキャラのミランダを使うことにした。

 

 ジークをフェリシエルにとられたと思い込んだ彼女はいまやメリベルの言いなりだ。本人がそれに気付いていないのが愉快である。


 もちろんゲームではミランダは敵役だからヒロインと仲良くなるという設定はないけれど、彼女は所詮モブなので問題ないだろう。


「メリベル、よく来たわね」


 この女は特権意識の塊だ。呼び捨ては腹が立つが仕方がない。


「まあ、ミランダ様、お疲れのようで。どうなさったのですか? 何かご心労でもおありですか。よく眠れていますか?」


 いま彼女は優しい言葉に飢えているはずだ。


「悔しくて眠れるわけがないじゃないの。私も見かけたの。王宮でジーク様と楽しそうに話しているフェリシエル様を。それに何なのよ。陛下から褒美まで貰って。あの程度誰にだって出来るわよ。たまたまそのチャンスが私にはなかっただけ」


 延々とミランダの愚痴を聞いてやる。


「フェリシエル様は才色兼備な上に殿方に人気で羨ましいですわ。でも……最近、リュカ殿下のお茶会で、フェリシエル様がなんというか、王妃陛下をないがしろにする勢いで……。ジーク様と仲良くしながら、リュカ殿下に媚びるだなんて。お茶会の間もまるで私たちがいないかのように振舞いますの」


 相手の嫉妬を煽りつつフェリシエルを貶める。ミランダの顔が嫉妬と怒りで土気色に染まった。



「そういえば、不眠に効く良い薬があるのですけれどいかがですか? 私もねむれない夜に使うのです」

「眠り薬?」


 ミランダは急に変わった話題にとまどったようだ。しかし、ここからが、正念場。


「ええ、無味無臭なので紅茶に入れて飲みますの」


 現物を取り出して見せる。小さなガラス瓶に入った透明な液体。


「先日、ついうっかりシロップと間違えてお茶に入れてしまって、昼間から前後不覚になってしまい、思わぬ恥をかいてしまいましたわ。ふふふ」

 

 そんな間抜けはいないと思うが、嫉妬に目が曇ったミランダは疑う様子もない。


「前後不覚? ふーん、そうなの。間抜けな話ね。でも確かにそれシロップのようね。すこし分けてくださらない? 私も最近眠れないのよ」


「ええ、お役に立てて嬉しいですわ」

 もちろん、これはそのために準備した小瓶だ。


「それと、あなた、王宮にコネがあるとか……。そうね。お金に困っているメイドとか侍女とかしらない。ああ、変な勘ぐりは不要よ。ただ、貴族の勤めとして、困っている者に手を差し伸べるべきじゃない」


 かかった。貴族のミランダは自分の手は汚さない。しかし、王宮の茶会を狙うとは大胆というか愚かというか。バレたとき自分が打ち首になると想像できないのだろうか? でも、おもしろそう。まあ、彼女はこれを眠り薬と信じているようだし。今度の茶会では念のために何も口にしないでおこう。



 ――この時メリベルは、このシロップが巡り巡ってフィナンシェに入り王子が飲んでしまうとは思いもよらなかった。



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