第33話 夜会3
すると王子はふわりと微笑んだ。まるで何事もなかったかのように。
「まあ、かたい話はあとで、今は楽しんで」
彼の瞳に柔らかい光が浮かぶ。一気に場の緊張がゆるんだ。その影響力にフェリシエルは腰が引けた。さすが第一王子。威厳が違う。次期国王と目される彼には皆が一目置いている。彼の一挙手一投足は常に注目を浴びるのだ。そして、レスター公爵はジークを引き立てるように会場から出て行く。後には王宮の護衛が続いた。
きっと後で噂になるだろうが、招待客たちは何事もなかったかのように夜会を楽しみ始めた。
しかし、それも束の間、すぐに王子の元に侍従が来る。今度は陛下に呼ばれたのだ。レスター公爵家は騎士を束ねる立場にある。王家にとっては重要な家臣だ。フェリシエルは今の騒ぎで王子が陛下の不興をかったのかもしれないと不安になった。王子に視線を向けると、感情を窺えないいつもの笑みを浮かべている。
フェリシエルを王族専用の控室に放り込むと王子は去っていた。彼女はぽつねんと一人捨て置かれる。王子が少し心配だが、立ち回りが上手い人なのでなんとかしているだろうと思うことにした。
宴もたけなわなので、ここに王族の面々が来ることはない。王妃と鉢合わせなんて絶対に嫌だ。
「結局、断罪はなかったわね……」
フェリシエルは小さく呟く。
気を利かせたメイドが、サンドウィッチ、フルーツに焼き菓子を用意してくれる。お茶を淹れる良い香りがただよう。
会場にいる間は緊張していたので空腹を覚えなかったが、今になって小腹が減ってきた。フルーツをつまみながら紅茶を飲んで一服していると、女官が一人の女性を案内してきた。
「ミランダ様?」
フェリシエルの元取り巻きのアストリア侯爵家令嬢ミランダだった。そして、彼女は過去にドリスを苛めていた。そのせいもあって今は彼女とすっかり疎遠になっている。
だが、なぜ彼女が王族の控室に入れるのだろう。いったい誰の許可で……。そういえば、今日ミランダをエスコートしてきたのはノルド大公の子息で三男のリカルド、彼と婚約が内定したのだろうか? フェリシエルはしばらく社交から遠ざかっていたので噂に疎い。
「お久しぶりです。フェリシエル様」
フェリシエルは彼女がここに一人で来たことに少し違和感を持ちつつも、挨拶を交わし合い、とりあえず席をすすめる。お茶が注がれるとミランダが話し始めた。
「フェリシエル様、素敵なお飾りとお召し物ですね。殿下からの贈り物ですか」
「ええ、ミランダ様も……」
そこでフェリシエルは言いよどむ。彼女の着ているドレスはフェリシエルの着ているものとよく似ていた。その色合いまでも。
よくよく見ると髪の結い方まで同じ。髪飾りも同じもののようだった。ただほんの少しグレードが劣る。
「お似合いですよ。ドレスも髪飾りも」
そういえば、彼女は以前からよくフェリシエルと同じようなドレスやかざりを身に着けていた。ヘレンもセシルもそれを嫌がっていたのだ。二人はどことなく似ている。彼女が似せているのだ。
「フェリシエル様が、何もかもお持ちで羨ましいです。殿下にあれほど寵愛されながら、あなたはジーク様とも……」
いきなり何を言い出すのだろう。フェリシエルは驚きに目を見開いた。
「それはぜったいに違います。あの方は人との距離間が近すぎるというか、おかしいというか、ちょっと変わった方なのでしょう」
フェリシエルは思うままにはっきりと言った。
「ぜったいに違う? それはおかしいですわね。王宮で噂になっていると聞きましたわ。フェリシエル様がお妃教育で王宮に自由に出入りできることを利用して、ジーク様をお誘いしていると」
ミランダのこの発言は実に不快で腹立たしい。カチンときた。
「ジーク様を誘ったことなどありません。私には殿下という婚約者がおりますから、そのようなはしたない真似は絶対に致しません!」
今日はやけにミランダが絡んでくる。どうしたのだろうか? そういえば、ミランダはジークを慕っているという噂があった。彼女はそれでメリベルをたいそう嫌っていると言われている。まさか嫉妬されているの?
するとミランダがいきなり「ふふふ」と笑い出した。その笑顔はやがてどう猛になり、何の前触れもなくカップの熱い紅茶をフェリシエルのドレスに勢いよくぶちまけた。
「いつの間にジーク様を誑かしたのよ! あなたがいるから、私はいつも一番になれない」
そういうとカップを投げ出したミランダがつかみかかって来た。紅茶をかぶったフェリシエルはしばし呆然となる。
王子からもらった髪飾りがとび、床に落ちて砕けた。メイドが慌てて止めに入る。結局、騒ぎを聞きつけた誰かが人を呼びにやり、廊下に常駐していた騎士が錯乱したミランダを取り押さえた。
彼女はそのまま連行される。何らかの罪に問われるのだろうか。取り巻きに愛されていると思うほどフェリシエルはおめでたくはないが、あそこまで恨まれているとは考えてもみなかった。
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