第29話 UMA

フェリシエルがいつものように庭で子猫のミイシャと遊んでいると、ヘレンが昼食の準備ができたと呼びに来た。そういえば、昨夜から遊びに来ていた王族ハムスタ―がいつの間にかいない。フェリシエルは探しに行くことにした。


その頃……。


「おい、無害な馬のふりはやめろ、お前いったい何者だ?」

「ひひん」

 青毛の美しい馬はいなないた。

「おい!」

 更にちっこいハムスターが詰め寄った。


ここはファンネル家の厩。サテンシルバーの王族ハムスターが最近迷い込んできたという青毛の馬に絡んでいる真っ最中だった。


「人語がわかっているんだろう? この家に何しに来た。話によっては力になってやろう」

馬がピクリと反応する。

「それは本当か?」

「やはり通じているではないか」

「ふん、貴様を試したまで」

馬が偉そうに言う。


「そういうのいいから、まず名を名乗れ」

「アルクトゥルス=カノープス=リオデジャネイロ=アルデバラン=ナホトカ=リギル……」

「やっぱり、いいや」

馬が自慢気に名乗るも、あまりにも長いのでハムスターがさえぎる。

「失礼な! 名乗れと言ったのはお前ではないか」

「フェリシエルにはなんてつけられたの?」

「セイカイテイオー」

「なんだと? 私より強そうではないか!」


とたんにハムスターが競争心むき出しでいきり立つ。


 そう、このハムスターは年下のフェリシエル相手に一回もチェスで負けてやったことがない。

当時10歳の彼女と婚約が決まったその日から、チェスでは必ず瞬殺している。


 本当は意外に強いフェリシエルに対して、むきになって全力でつぶしにかかっているのに「ああ、悪いね。手加減したつもりなのに勝っちゃって」などとぬけぬけと言い、申し訳なさそうな笑みを浮かべる。フェリシエルが地団駄をふんで悔しがるのを毎回楽しみにしているのだ。彼はそんな負けず嫌いで屑な一面を持っている。


「ふふん、お前のように、『でんちゃん』などという間抜けな名前ではない」

「なぜ、そうなったのだ!」

「なぜも何も俺はイケメン過ぎる馬だそうだ。だから特別にフェリシエルの大好きだった競争馬にあやかって名付けたそうだ」

「くぬうう。言っていることは全くわからんが、無性に腹が立つ」


 ハムスターがくやしそうに逆毛を立てた……つもりだが、毛足が少し長いので、更にまあるいモフモフになっただけだった。


 残念ながらフェリシエルには王子の人バージョンもハムスターバージョンもイケメンに見えないらしい。人の時は「殿下、今日も素敵なお召し物ですね」と死んだ魚の目で愛想笑いを浮かべる。ちなみにハムスターの時はキラキラした瞳で「可愛い」を連発。


なぜだろう? 私はそこそこいけているはず……だよね?


「おい、そんなことはどうでもいい。ハムスター、とりあえず俺の役に立て」

「その態度のでかさとプライドの高さ。さてはお前ケンタウロスだろ。それに私はハムスターではなく神獣だ」

「ちょっと待て! 俺はケンタウロスではない。あんな馬風情と一緒にするな。それにお前はどっからどう見てもハムスターだ」

「黙れ。馬」


 悪態をつくハムスターは馬の鼻先にいる。多分いななき一つでふっとぶだろうが、乱暴にするには、小首をかしげる仕草とか、モフモフ加減とか、つぶらな瞳がキュート過ぎた。「こんなちっこいのと喧嘩する自分どうなのよ」と思いつつ馬は反論する。



「違う!獣人だ。ちゃんと人型になれる。下半身が馬などという間抜けな姿ではない!」

「結局馬ではないか。で、何が目的でこの家に来たんだ」

「ちっ、人語を話すお前も訳アリみたいだし、あの厩から逃げるチャンスだったからな。途中で乗り捨てられたから、臭いをたどってついてきたんだ」


 正直、馬は、街中に入ったとたん仲良く走り去る猫とネズミを見て焦った。

ハムスターと子猫に乗り捨てにされる俺ってなに?


「いやいや、ついてくるなよ。ファンネル家に迷惑がかかるだろう」

「仕方がないだろ! ここがどこだかわからないんだから」

「迷子か、お前は」

「迷子だよ!」

「……」



 よくよく聞いてみるとセイカイテイオーはここより東の国の草原で平和に暮らしていたが、つかまって気が付くとあの厩にいたらしい。実に間抜けな青毛だ。ハムスターと逃げていなければゆくゆくは、あの廃墟のような屋敷で実験体になっていた模様。


 王子は後ろ足で耳をかく。

「しょうがないな。とりあえずここにおいてやる。動物密輸犯がつかまり次第。国に帰してやる」

「どうでもいいが、どうしてお前、そんなに偉そうなんだ? それと動物って言わないで? 俺、獣人だから。ぶっちゃけお前と一緒だよ。ってか、そもそもお前、人化できるの? ちっこいけど」

 

 馬のそのセリフを聞いたハムスターの青紫色のつぶらな瞳がきらりと光る。


「ほほう、貴様、この私を愚弄する気か? ならばどっちが上か決め……」


 その時、厩の戸がばたりと大きく開け放された。ものすごい勢いで娘が駆け寄ってくる。

「でんちゃん! こんなところにいたの。姿を見ないと思ったら」

 フェリシエルが走り寄り、ぱっと素早くハムスターを捕まえると頬ずりをした。馬は突然の出来事にあんぐりと口を開ける。正直ハムスターが娘に捕食されるかと思った。


「さあさあ、お昼ごはん食べましょうね。今日はジューシーなカモ肉ローストサンドウィッチですよ。ちゃんとハムスター用に小さいサイズでご用意いたしました」


 セイカイテイオーは不思議だった。なぜ、ちっこいハムスターが、人族のとびきり綺麗な娘にかしずかれているのか。しかも高貴な貴族令嬢に。


「フェリシエル、サンドウィッチにするともさもさして食べにくいから肉だけでよい」

「駄目ですよ。ちゃんとレタスや玉ねぎのスライスも食べないと」

「私は肉食だ」


ちびハムスターはわがまま言い放題だった。なぜかこの家の美少女はちっこいのに甘い。だから、つけあがるのだと納得した。そして賢い馬はこの国では人族よりも人語をしゃべるハムスターの方が格上なのだと学んだ。



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