第28話 ヒロイン、メリベルの目覚め

 私が十歳の頃、公爵令嬢フェリシエルと第一王子リュカ殿下婚約の知らせが飛び込んできた。

 

 それを聞いた瞬間、前世の記憶が戻った。私の前世はパッとしないもので、顔は悪くなかったが、頭はそれほどよくなく報われない人生だった。

 そのせいか頭の良い女が嫌いで……私は……。

 

 だが、ここは前世でやり込んでいた乙女ゲーム世界で私はヒロインだ。やはりこの世のどこかに神はいるのだ思った。庶子として育てられた私は、正妻が亡くなったことを機に正式にベネット伯爵家の娘となる。シナリオ通りの順調な人生を歩み始めた。




 十四歳のデビュタントで殿下に出会う。スチルなんて目じゃない。高貴で優雅でとても美しい方だった。イベント通りダンスを踊る。

 その後は第二王子のエルウィン、モーリス、ジーク攻略対象すべてと踊った。後はまだ見ぬ、逆ハーエンドでランダムに現れる隠しキャラが誰なのか楽しみだった。


 その後、ゲームのシナリオ通りに王妃に目をかけてもらい、王宮は出入りは自由となり、順調に攻略対象との距離を縮めパラメータを上げていった。


 しかし、不思議なことに殿下の攻略が進まない。感触は悪くないのに彼とは全く距離が縮まらないのだ。


 そして、ここ最近、ジークの様子がおかしい。


 いままで彼に関して攻略は、順調に進んでいた。だが今は、彼はなぜか悪役令嬢を目で追っている。あんな可愛げのない女のいったいどこがいいのだろうか。

 頭がいいから? 

 いや、違う。確かに彼女は勉強はできるが、育ちがいいせいか人信じやすいきらいがある。それはつまり愚かだということだ。


 ジークの様子が変わったのはフェリシエルが陛下から褒美をもらったあたりか。いや、ファンネル家の領地で水害が起こり殿下について彼女の領地に行ってからだ。あの時ジークはフェリシエルをほめそやしていた。それまでは私に夢中でフェリシエルなど歯牙にもかけなかったのに。


 去年の誕生日には高価な髪飾りをくれた。それが、最近は王宮内ですれ違っても私に気づかないことがあるくらいだ。しかも修練場にあの女を誘っている。下級騎士たちを手足のように使いフェリシエルの情報を集め、まるでストーカーのようなふるまい。


 フェリシエルは、リュカ殿下にも呆れるくらいはっきりと物をいうし、態度も大きい。まさにあの女は悪役令嬢そのものだ。それなのに徐々に彼女の周りに攻略対象者が集まりつつある。


 そういえば最近では、茶会の時私に嫉妬してこなくなった。そのうえ今までのように張り合ってこない。殿下に興味を失くしたの? そんなのシナリオないはずだ。

 フェリシエル・ファンネルは殿下を思いつづけて、最後はみじめに断罪される宿命を背負っているのだから。



 王宮内でジークと二人でいるのをよく見かけるようになった。ジークがフェリシエルに夢中なのはもうわかっている。腹が立ったので王妃に言いつけると、彼女は私に言いふらすように指示した。

 言われるまでもなく、とっくに周囲に触れ回っている。殿下にもそれとなく耳打ちをした。


 フェリシエルは殿下とのお茶会の時にしか会えないが、私は王妃に便宜を図ってもらってフェリシエルよりずっとたくさん彼に会っている。


 そしてフェリシエルは相変わらず殿下にずけずけとものを言う。幸い殿下は温厚なかただから、笑って流されているが、もう間もなくフェリシエルに嫌気がさす。少なくともゲームではとっくにそうなっているはずなのだが……。茶会の時は王妃と仲良く微笑みつつ、水面下で主導権争いをしているばかりで、彼の真意はつかめない。


 未だに殿下から私に何のアプローチもないし、公式行事も粛々とフェリシエルとこなしている。

 もしかしたらゲームより優柔不断なのかもしれない。それとも彼の誠実な性格が行動を鈍らせているのだろうか。


 

 時々あの女、転生者ではないのかと疑うが、性格はまさに悪役令嬢のテンプレ、はっきりした性格で気も強い。それに、もし転生者ならバッドエンドを避けるため、ヒロインを落とし入れ、全力で攻略対象に媚びるはずだ。私なら絶対にそうする。ということはやはり彼女は悪役令嬢なわけで……。



 このゲームの一番良いところはヒロインが一人勝ち出来る事だ。悪役令嬢の言動は前世で気に入らなかった女によく似ている。だから、フェリシエルが断罪される姿を見るのが爽快で、前世で何度も繰り返した。


 断罪まであと少し、もう彼女にはバッドエンドしか残っていないはずだ。幽閉エンドなどという生ぬるいもので済ませない。

 

 私は、殿下の横に立ち、震えながら見物したいのだ。処刑されるあの女の姿を。




 それなのに最近の殿下はフェリシエルを気に入っているようなそぶりをみせる。気のせいだろうか? 確かにあの女は一時期より大人しくなったが、相変わらずきついし、可愛げがない。背筋をぴんと伸ばし、いつもツンと澄ましている。


 やっぱりあの女は目障りだ。はっきり言って邪魔。

 

 こちらから仕掛けるか……

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