第8話 助けてくれたの?

「リュカ殿下は……」


 ハイネス卿が言葉を濁した。王子がどうだというのだろう。フェリシエルは気をもんだ。とりあえず意識があるのかどうかだけでも知りたい。なんでこいつはもったいぶるのかイライラし始めた頃、扉の外が騒がしくなってきた。


 間を置かず、バタンと勢いよく応接室のドアが大きく開く。

 白いシャツにトラウザーズというラフな姿の王子が現れる。フェリシエルは驚いた。毒を盛られて大変な状態だったのでは? 確かに顔色は悪くやつれているが、自分の足でしっかりと立っている。


「ハイネス、これはどういう事だ、なぜ、このような勝手なマネをしている」

 王子の口調は決して荒いわけではないが、周りの空気がピリリと緊張する。


「陛下から、ぜひ、ファンネル公爵家のフェリシエル嬢から話を聞くようにとおおせつかりましたので」

「彼女は関係ない!」

 ぴしりと言い放つ。どうやら庇ってくれているようだ。呆然と立ち尽くしているフェリシエルの腕を掴むと部屋から連れだそうとした。

「殿下、まだ話は終わっていません」

 ハイネス卿が慌てて、引き留めようとする。


「私は彼女の一挙手一投足を見ていた。不審な動きはなかった」

「いや、しかし!」

「私を疑うのか?」

 壮年のハイネス卿を睨む姿は威圧的だった。普段の柔和なイメージとは違い貫禄がある。若くても彼はやはり王族なのだ。この場の空気はすっかり彼に支配されている。フェイリシエルはその様子に息を飲む。


「滅相もない。ただ、タイミングとして、茶か菓子に毒が……」

「めったなことを言うものではない。あの茶も菓子もメイドが準備したものだ。それに菓子は宰相の息子が持ってきたものだ。あれらが私の口に入るまでに何人もの手を経ている。それなのに、なぜ彼女が早々に尋問を受けねばならないないのだ」

 王子がきっぱりと言い切ったが、ハイネス卿も食い下がる。


「そこなのです。問題は毒味も済ませられているものだったということなのです。それにフェリシエル嬢は最近、なにやらメリベル嬢に悋気をおこしているという噂が絶えません。嫉妬のあまり……」


 ハイネス卿が最後までいう事はなかった。


「だから、なんだ? ただの噂だろう。私の婚約者に何を言っているのかわかっているのか貴様はわかっているのか? それ以上は私に対する侮辱だ」

 つまり不敬罪に問うということ。


「申し訳ございません」

 ハイネスは引き下がったが、瞳に暗いかげが走る。

 

 結局、王子が強硬な態度で押し切った。さすがのフェリシエルも緊迫した二人のやりとりに怯えた。


「いくぞ、フェリシエル」

「はい」

 なぜか王子に助けられる形でフェリシエルは応接室を後にした。


 まさか彼が助けにくるとは思っていなかった。だが、廊下を速足で進んでいく彼についていくのは大変だ。ふいにフェリシエルの腕をつかむ手がゆるむ。王子がふらりとよろけた。寸でのとこで倒れずに踏みとどまっている。フェリシエルは慌てて彼の体を支えた。

 しかし、重い。王子が壁に手をついた。顔色が驚くほどわるい。

「少し休まれたら、いかがですか」

 毒が抜けきっていない状態で動いたので、毒がまわったのだ。

「心配してくれるのか?」


 皮肉な笑みをうかべる。すると再び歩き出した。

「当たり前ではないですか。毒を飲んでしまったのに、そんなに動き回っては体にさわります」

 

 するとフェリシエルの腕をしっかりとつかみ引き寄せた。彼は内緒話がしたいようだ。いつもよりずっと近い距離は気になるが、得られる情報があるのなら欲しい。

「その話は秘密だ。軽い流感ということで公務は休んでいる」

「そんな……」

 すぐにでも犯人を捕まえるべきだと思った。そうしなければ、また彼は狙われる。

もちろんフェリシエルは自分が疑われるのもいやだったし、危険すぎる。


「この件は公にはできない」

 王子は頑なだった。


「きちんと追求したほうがよいのではないですか。犯人が分からなければこの先、殿下に危険が付きまといます」

「フェリシエル、私には護衛騎士も付いていて、毒味役もいる。その上で起きた事件だ。公になれば何人処罰されるかわからない。その中には私にとって有益な人物も含まれるかもしれない」

「彼らの為という事ですか?」

 フェリシエルには意外だった。

 彼は短絡的でもなく臆病でもない。殺されかかったというのに冷静だ。婚約者となってから、今までそれに気が付かなかった。彼の美しい外面しか目に入っていなかったのだろうか?


「さあ、どうかな。そうだとすれば君の仕業にしてしまうのが、一番都合がいいのかもしれない」

良い人かと思えば油断も隙もない。

「そうなればファンネル家の後ろ盾はありませんよ」

それどころかファンネル家は取り潰しの憂き目にあう。フェリシエルは脅されているのだ。

「一応言っておくけど、私を毒殺するのは無理だから。王族は子供の頃か毒に慣らされていて頑強にできている。簡単には死なない」

「それは私を疑っての牽制ですか?」

 ならばなぜ助けたのかと……。フェリシエルは怒りに顔がこわばった。


「まさか、きみは、そんなまどろっこしい真似はしない。カッとなって殴りかかっくるか、掴みかかってくるタイプだろう」


 王子のその言葉に内心ムッときたが、澄ましていった。


「私はそんな短絡的ではありません」

「そうだね。君は自分を頭の良い人間だと思っているからね」


 それは王子も同じだと思ったが、それを口に出さないだけの分別はあった。彼の挑発には乗らず、怒りを鎮めた。


「私が殿下のカンに触る人間だということはわかりました。だからもうお部屋へ戻っておやすみください。いくら頑強と言われましても歩きまわれば、毒も回りますよ」

「安心してくれ。今寝室に向かっている」


 いつのまにか王子に腕を引かれてついてきた場所は、初めて来る王族の居住区だった。そして一人でここから出る自信はなかった。なぜなら王宮は内奥に進めば進むほど、外敵の侵入を拒むためにわざと入り組んだ造りになっているからだ。

「安心しろ、帰りは従者に送らせる」

 どうやら顔に不安が出ていたようだ。


「殿下、ゆっくりお休みくださいませ」

その後、人目もあったので二言三言王子と社交辞令的な別れの言葉を交わして別れた。これで王宮を去れると思うとほっとする。


 しかし、それで終わりではなかった。馬車に乗り込もうとしたところ声をかけれた。

「フェリシエル嬢。少し、お話がしたいのですが」

 振り返った先には、この間メリベルをエスコートしていた宰相の子息モーリス・オーギュストが屈託なく微笑みながら立っていた。


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