十三話

「帰りました〜」


 脱いだ薄いピンク色と白のスニーカーの踵を手前に、きちんと揃えてリビングへ。

 

「ああ、おかえり」

「ただいまです」


 リビングのソファーに寝そべって、何かの本を読んでいた心白に返事をしてから、智絵は自室(仮)に戻る。

 持っていた荷物を置いて、部屋着をバッグから取り出す。


 特に何も無い殺風景な部屋だ。

 あるのは折り畳み式のベッドと、智絵のバッグ、それから立て掛けられた姿見とカーテンくらいだ。

 意外と、智絵はこの寂しい内装が気に入っていた。

 何もなくて整然とした様が落ち着くと、そんな風に思う。


「ふぅ……」


 ブレザーの上着を脱ぐ。

 次にワイシャツとスカートを脱ぐ。

 姿見に映った見慣れない下着姿の自分が、少しだけ大人っぽく見えて気恥ずかしい。

 さっと自身の私服に着替える。

 ラフな服を選んだが、お洒落さも忘れない。

 二本のラインが入った桃色のレギンスパンツに、白いオーバーサイズのゆるいスウェット。

 ややスポーティで可愛らしい服装を姿見で確認してから、脱いだ服を手に取って部屋を出る。洗濯機のある脱衣所へ。


(どうしよ…….写真、心白さん撮らせてくれるかな。というか、どう説明したら……)


 既に退路はなく、明日、凛花達に姉が撮らせてくれなかったと言う選択肢は智絵の中にはない。

 

 相手の期待に応える。

 智絵は期待を裏切る事はしないのだ。


 洗濯物を片付け、智絵はリビングへ。

 そしてソファーで寛いでいる心白に、おそるおそる声を掛ける。


「あの、こはくさーん」

「なに?」

「あのですねぇ」


 智絵はきょろきょろと視線を彷徨わせる。挙動不審だ。明らかに怪しい。


 だが心白は知っている。

 

 視線を合わせない時は、何か嘘を吐いているか、これから吐こうとしている時だと。


「その、あたし最近、写真を撮るのにはまってて〜」

「それ嘘でしょ」

「何で分かったんですか!?」

「その言葉、もう自白してるよね」

「ハッ!」


 心白は無言で読書を続ける。

 だが智絵も引き下がらない。

 ここまで来たら前進あるのみだ。

 もう一度よく考えて、次の策を練る。

 そして次こそは大丈夫だと、意気込んで口を開く。


「いや、そのですね。心白さんってほら、凄く美人じゃないですか。あたし凄い憧れちゃって。あたしもこうなりたいなあって思うので、目標としたくて……一枚だけ写真撮っちゃダメですか?」

「ふーん」


 智絵がそっぽを向いてそんな事を言って来たものだから、心白は直ぐに気付いた。


 心白は知っている。


 智絵が顔を背けて話す時は、何かを誤魔化している時だと。


「何を誤魔化してるの?」

「だから何で分かるんです――ハッ!」

「はい、自白した。分かりやすいね本当に。あと面白い」

「……面白がらないで下さい」


 ことごとく見破られ、智絵は早急に手の内を無くした。


「それで、何で私の写真を欲しがっているの」


 ぎくっ。

 分かりやすく肩を跳ねさせてしまう智絵。

 そして気まずそうに視線を彷徨わせるから、心白はその予想が当たっていたのだと確信する。


「いや、ちょっとですね……」

「ちょっと?」


 智絵は恥ずかしそうに頬を赤くして、意を決し白状する。


「ちょっと、というか、大分というか、結構大きな嘘を吐いてしまって」

「学校で?」

「そうです。それも仕方ないというか、止むを得ずというか。咄嗟にこう、口から出てしまったというか」

「そんな気まずそうにしなくていいから、正直に話して」

「えっと……心白さんの事を」

「私を?」

「――あたしの姉だと、嘘を吐いてしまったんです」


 怒られるか、嫌がられるか。

 もしそうだったら本当に申し訳ないし、少し傷付くなと。

 そんな風に智絵は思っていた。

 どんな反応が返ってくるか少し怖くて、智絵は自分の足下から目が離せない。

 

 ……だが、何の返答もない。


 どうしたのかと、不思議に思った。

 そんなに嫌だったのか。

 失礼な事をしてしまったのか。

 智絵は不安になったが、それでも返答がないことの理由を確かめたくて、ゆっくり顔を上げる。

 そこにあったのは、


 それはとても――悲しい表情だった。


 

「え……」


 智絵はそんな顔を見た事が無かった。

 心白の悲しそうな顔を、ではない。

 人がそれ程に心の内を曝け出していることを、だ。

 表情にありのまま反映されてしまっているかの様な生身の感情を、智絵はまざまざと見せつけられる。

 その事がどういう事なのか、智絵には分からなくて、思わず名前を呼び掛けた。


「心白、さん」

「……ごめん、それで、なに?」


 すると心白はまるで、先程の表情は嘘だったかの様に、直ぐに普通の様相に戻った。

 智絵は困惑を隠し切れぬまま、返答する。

 

「それで、それで……えっと、その、姉だと嘘を吐いてしまって、友達にお姉さんの写真を見せてとお願いされちゃって……」

「それで写真が欲しかったと」

「そゆことです」

「そゆこと、じゃないでしょ。そうならそうと言えばいい。何も嘘ついたり誤魔化したり、そんな事する必要あった?」

「いえ、無い、です」

「だよね。だったらもう下らない嘘も誤魔化しもしないように」

「はい……」


 智絵は大人しくその場に立ち尽くす。

 叱られている姿はしおらしい。

 心白はそんな姿に小型犬を幻視してしまい、笑う。


「何で笑うんですか」

「んー、なんでもない」


 ばたんと、膝の上に置いていた本を閉じて、心白はその場で立ち上がる。

 そして、


「はい、どうぞ」

「どうぞ?」

「写真、撮るんでしょ。綺麗に撮ってよ」

「――は、はいっ!」


 嬉しそうに智絵は笑った。





 翌日。

 何時もの中庭に、凛花と深雪と佳純に詰め寄られる智絵の姿があった。

 智絵は手に持っているスマートフォンを操作して、写真を表示する。


「うわっ、美人!」

「クォーターみたいだね!」

「……篠原さんと、よく似てる」

「ええっ、そ、そうかなあっ。そんな事ないと思うけど」


 智絵は嬉しそうに、素の表情で笑う。

 そして全員が、智絵のその顔を凝視する。


「いや、うん」

「どこからどう見ても、ね」

「……明らか、だよ」

「こんなあたしは美人じゃないし、全然違うってえ」


 妙に嬉しそうにしている智絵。

 そんな目の前の智絵と写真を見比べて、三人は思う。


(笑い方、そっくり)


 智絵の笑顔と心白の笑顔は、本当の姉妹の様に、とても良く似ていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

琥珀色のソロル  木乃十平 @jyu-bei0422

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ